第四話
柚月があげたストラップをつけなかったからと言って、特に仲違いするようなことはなかった。柚月も千冬も、ストラップの件には触れずに冬が過ぎ、春が訪れた。
二学年に進級し、柚月は一組に、千冬は九組に分かれてしまった。
廊下の端と端に位置するクラスは交流もあまりなく、自然と付き合いが疎遠になっていった。
(クラスが離れちゃったんだもん、仕方ないよね)
そう心の中で言い訳をして、柚月は新しいクラスで千冬とは違う子と仲良くなり、その子たちと遊ぶようになった。
柚月がやっているSNSのファンだという
彼女たちは前々から柚月のことをSNS名であるユッキとして覚えており、何度柚月と呼んでほしいと頼んでも、数時間後にはユッキ呼びに戻ってしまっていた。
「うちらさ、ユッキのことはユッキって覚えてるから、どうしても柚月って呼び慣れないんだよね」
「そうなんだよねえ。正直、みんなユッキのことはユッキだと思ってるよ。先生くらいじゃない? ユッキのこと篠宮柚月って認識してるの」
何度目かの注意の後で、美咲がため息交じりにそう言い、月が同調した。
(そんなことないもん。千冬は柚月って呼んでたし、今も柚月って呼ぶはず……)
そう思い、途端に不安になる。二年生になってから、千冬とは一度も連絡を取っていない。もしかしたら、彼女ももう柚月のことをユッキと呼んでいるのかもしれない。
高校入学と同時に始めたSNSは、一年も経たずにかなりのフォロワー数になっており、チラホラと企業から声がかかるようになっていた。企業とのやり取りは母親に一任しているため、全てを知っているわけではないのだが、柚月でも聞いたことのあるような有名な会社からも依頼が来ているようだ。
今やユッキは、篠宮柚月よりも有名だった。
同級生のみならず、上級生や下級生、ときおり知らない人からもユッキと呼びかけられることがあった。
(確かに、SNSではユッキだけどさ、今はユッキじゃなく篠宮柚月なのに)
押し黙る柚月に、美咲と月が顔を見合わせて眉根を寄せる。
「まぁ、ユッキが嫌だって言うなら柚月って呼ぶようにするけど……ねえ?」
「うん、正直、何度も言い間違えちゃうと思うから気長に待っててほしいなって」
その顔にはでかでかと、面倒くさいと書かれていた。
呼び方ひとつでぐちぐち言わなくても良いじゃんと言う、不満も見て取れる。
柚月は無理に笑顔を作ると、軽い口調になるように気を付けながら肩をすくめた。
「ごめんごめん、出来ればってだけだから、別にユッキでも良いよ。その代わり、外では大きな声で呼びかけたりしないでね」
「もちろん、それは気を付けるよ。ユッキ人気者だから、変な人が近づいてきたりなんかしたら危ないし」
安堵した二人の顔に、もやもやとした気持ちが広がる。言葉にできない陰鬱とした感情を必死に顔に出さないように努める柚月に、話は終わったと判断した美咲が全く別の話題を出す。
「そう言えばユッキ、この間アドレットの新商品使ってたじゃん?」
アドレットと言われても、すぐには思い出せずに目が泳ぐ。しばらく考えた後で、新規ブランドの新商品を紹介してほしいと依頼を受け、サンプルを受け取ったことを思い出した。
「ファンデーションのこと?」
「そうそう。あれ、前から気になってたんだけど使い心地どうだった?」
「あー、あれね……」
どんな使い心地だっただろうかと、記憶をたどる。
(とろみのあるテクスチャーで伸びとカバー力は良かったんだけど、スポンジに結構ついたから、加減が難しかったんだよね。私は使い心地良かったけど、美咲は肌がしっとりしてるタイプたから、あのファンデだと浮いちゃって化粧崩れしそう。うーん、でもそう言うアドバイスってしても良いのかな? 単純に美咲はファンデーションの使い心地を聞いてるだけだし……)
「ユッキ? なんか固まっちゃってるけど、もしかして使い心地悪かったとか?」
「ううん、違う違う。考え事しちゃっただけ。あのファンデーションだけど、かなり使い心地良かったよ。普段使い用に買うのもありかなって思った。美容成分配合だから、ちょっと肌荒れしちゃってるときでも罪悪感抱かないで使えるし、美白力アップとか、ツヤ感アップとか、種類も豊富で用途別に使い分けるのも良いよなって」
「聞いてる限り、かなり良さそうだね。値段も手ごろだったし、一つ買ってみようかな」
「私も買ってみようかな。ユッキお勧めの化粧品なら、間違いないだろうし」
月が美咲に同調し、スマホでアドレットのファンデーションを検索すると、どれを買おうかと楽しそうに話している。
(月は乾燥肌気味だからあのファンデくらいしっとりとしてて丁度良いんだろうけど、でも敏感肌なんだよね。配合されてる美容成分、天然由来の物だけど結構馴染みのないのも多かったし、肌に合わないと荒れる原因になりそう。……でも、そこはパッケージの成分確認して月が自分で判断するよね)
考え込む柚月を横に、美咲は美白タイプ、月はツヤタイプを選ぶと早速今週末に買い物に行く予定を立て始めた。
残念なことにその日は別の予定がある柚月は、二人と一緒に出掛けることは出来ない。
残念がる二人に、再来週の週末なら空いていると告げ、その場で遊ぶ約束を取り付ける。ついでに、買ったファンデーションを来週つけてきてねと一言付け加えた。
「分かった、月曜日につけてくるよ」
美咲も月もいたって軽い調子でそう了承したのだが、翌週の月曜日、二人がアドレットのファンデーションをつけてくることはなかった。
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