第三話

 最初にモヤモヤとした感情を抱いたのは、高校で仲良くなった友達に対してだった。

 派手な見た目の森里もりさと千冬ちふゆとは、一年生の時に同じクラスで、どちらも同じSNSをやっていた縁ですぐに仲良くなった。

 可愛い系が好きで、小物やメイクもふわふわとしたパステル調の物を好む柚月と、綺麗系で格好良いものが好きな千冬。好み自体は正反対だったが、不思議と性格は似ていた。

 互いに気を使うポイントが同じで、けれど主張したいことはきちんと言えて、一緒にいても窮屈ではない距離感だった。

 それは千冬も感じていたようで、毎週末のように一緒に遊びに出かけていた。


「うちら、最強だよね!」


 そう確かめるように聞かれるたび、柚月は「当たり前じゃん」と返していた。

 阿吽の呼吸のように絆を確かめ合っていたのだが、ほんの些細な事件をきっかけに疎遠になってしまった。


 その日、柚月は竜胆からもらったストラップをポーチにつけてきていた。

 可愛いのか可愛くないのか分からない微妙な顔立ちのクマがだらしない体勢でスマホを弄っているそれは、柚月の基準としては可愛くないのだが、一般的にはブサ可愛いに分類されるキャラクターのようで、最近一部でプチブームが起きていた。

 竜胆が仕事帰りにふらりと寄ったモールの一角にカプセルトイが並んでいる場所があり、小銭を消化する目的で何回か回してみたらしい。竜胆自身もそのキャラクターに何の思い入れもなく、ただ目についたからやってみただけだと言っていた。


「これ、休日の柚月に似てる」


 笑いながらそう言ってプレゼントされたそれを、柚月は好きになれなかった。そもそも、こんなだらしない格好でスマホを弄っていたことなどないはずなのだが。

 頬を膨らませ、唇を尖らせて抗議の意を示したのだが、竜胆は「フグのマネ? 似てる!」と笑うばかりで、全く通じなかった。

 いらないと言って断ることも、引き出しの中に仕舞って忘れたころに処分することも考えたのだが、プレゼントを突き返すことや一度も使用しないまま捨ててしまうことに罪悪感を覚え、数日だけと心に決めてポーチにつけた。

 何日か使ったという記憶があれば、そのあと引き出しに入れて数年後に処分してもあまり心は痛まないだろう。


(外に出られるのは一週間だけだからね!)


 ブサイクなストラップにそう心の中で言い聞かせたのだが、学校に連れて行った初日に千冬の目に留まってしまった。


「あれ? それって“だらしなクマおじさん”じゃん!」


 ストラップを指さし目を大きく見開いた千冬に、柚月は首を傾げた。


「だらしな……えっ、なに?」

「だらしなクマおじさん! 今超人気じゃん!」


 一部界隈では人気だという認識はあったものの、その界隈は限定的だったと記憶している。事実、柚月はキャラクターを見たことがあっても、名前までは知らなかったのだから。

 外から眺めている分には、ごく少数の人々が騒いでいるだけでも、その渦中にいる人からすれば“超人気”と映るのだろう。


「えっ、えっ、もしかして柚月、だクじさんファン?」

「だクじさん? だらしなクマおじさんってそんな略し方するの?」


 絶妙に言いにくい。

 せめて、だらクマさんだったら言いやすかったのにと思っていると、千冬が目を輝かせながらストラップの頭部分を撫でた。


「このガチャガチャ、人気ですぐ完売しちゃったんだよ! 柚月、どこでガチャったの?」

「私じゃなくて、お兄ちゃんがやったんだよ。小銭が貯まってて、減らしたくてガチャったみたい」

「えぇーっ、柚月のお兄さん、超幸運の持ち主じゃん!」


 正直、竜胆はどちらかと言えば運がないほうだ。

 楽しみにしていた予定が雨で流れる確率は高いし、初めて入った料理屋で頼んだメニューが失敗だったことも多々ある。極めつけは、有給を取っていようが容赦なく呼び出してくるブラック企業勤めだ。他にも何社か内定を受けていたにもかかわらず、よりにもよって竜胆はそこを選んでしまった。

 思い出してみれば竜胆は、新年のおみくじで末吉以上を引いたことが無い。良くて末吉、悪くて凶だ。


「もしかしなくても、千冬ってだらしなクマおじさん好きなの?」

「大好き! 絶妙なブサカワさと、あるあるなだらしなさが癖になるんだよね」


 そう言われてもう一度ストラップを見て見るが、柚月には良さがわからなかった。可愛くないクマが、ダラリとスマホを弄っているだけにしか見えない。しかもよくよく見れば、うっすらと口の周りに青ヒゲが描かれている。やはりどう見ても、可愛くはない。


「千冬、好きならこれあげるよ」

「えっ、良いの!? ……いや、待って、それお兄さんからのプレゼントだよね?」

「まあね」


 休日の柚月に似ていると言いながら渡されたことは、言わないでおく。


「さすがにプレゼント貰うのは悪いよ」

「プレゼントって言っても、本当に適当に回して、なんとなく渡されただけだから。……あ、そう言えば他にも何種類かあったけど、そっちあげよっか?」


 リビングの小物入れの中に適当に突っ込まれたストラップを思い出し、柚月はポンと手を打った。


「スマホを弄ってるのはなかったと思うけど、なんかいろいろあったよ」

「お兄さん、何回かやったんだ?」

「なんかね、お会計のときに後ろの人を気にしてお札出しちゃう癖があるみたいで、気づくと小銭が貯まって財布が重くなってるんだって」

「お兄さん、気遣いの人なんだね。でもわかるよ、後ろ並んでると焦っちゃう気持ち。早くしろって圧が凄いときあるもんね」


 それでも私は小銭キッチリ出すけどねと、千冬が苦笑しながら呟いた。


「千冬、どんなのが欲しいの? あるかどうかは分からないけど、あるなら持ってくるし。……いや、なんなら残ってるの全部あげるよ」

「それは悪いから良いよ。うーん……そうだな、柚月がコレって思うものを一つくれると嬉しい。柚月のセンスを信じる」

「それは責任重大だね」


 正直何でも良いという千冬と、顔を見合わせて笑う。

 どんなものがあっただろうかと朧げな記憶をたどる柚月の前で、千冬が嬉しそうにストラップをつついた。


「まさか柚月とお揃いの物が持てると思わなかったよ!」


 晴れやかな笑顔で喜ぶ千冬だったが、翌日柚月があげたストラップが彼女の持ち物の横で揺れることはなかった。

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