おしゃべりなガレット・デ・ロワ
第一話
たっぷりのマスカラに、発色の良いアイシャドウ。口紅は落ち着いた色のもので、チークは控えめなピンク。
髪は服に合わせて毛先を少しだけ巻いて、今話題のアニメに出てくる可愛いウサギのぬいぐるみを顔の横に押しあてた。
スマホのカメラに映る自分を見つめ、ライトを微調整してからシャッターを押す。
一回、二回、三回。
少しだけ顔の角度を変えて、また一回、二回、三回。
その作業を十回近く繰り返し、一息つくとぬいぐるみをテーブルに置いて撮ったばかりの写真を眺めた。
可愛く撮れている数枚絵を選び、色彩の補正をかけて納得の一枚を作り上げたところでSNSにアップした。
すぐに間を置かずに、コメントがついて行く。
「ユッキ、今日も可愛い!」
「それって、アイシャのぬいぐるみだよね? ユッキに似合ってる!」
「その服、どこで買ったの?」
「アイシャドウ、良い色! ブランド教えて」
次々と賞賛の花が咲くのをしばらく見た後で、
(はぁ、お兄が帰ってくる前に片付けないと)
開いたままのアイシャドウパレットを閉じ、少し考えてから紙袋に入れる。
(これ、色は可愛いけど発色良すぎて普段使いは難しいんだよね)
続いてマスカラも袋に入れ、チークと口紅はポーチに仕舞った。
(このマスカラ、ボリュームとカール力は良いんだけど、ダマになりやすいからちょっとなあ。ウォータープルーフなだけあって、落とすのも大変そうだし。チークと口紅は普段使いしても良さそうかな。学校につけて行っても良いかも)
柚月の通う高校は校則が緩やかで、派手でなければカラーリングやお化粧をしていても問題にはならなかった。柚月も普段は軽くアイメイクと色付きリップくらいはして行っていたのだが、このチークなら使っても良いかもしれない。
色素が全体的に薄い柚月は、時々体調不良でもないのに顔色が悪いと心配されることがあった。
今は色を見せるために少し多めに使ったが、学校にして行くならもっと薄く使うことも出来る。
汚れたコットンとティッシュをまとめてごみ箱に捨て、カールアイロンのコードを束ねていたところで、玄関が開く音がした。
「ただいまー」
疲れ切った声は語尾が掠れており、ため息も混じっていた。
鏡に映る派手な化粧をした自分にしかめ面を返した後で、ポーチに滑り込ませる。化粧を落としておきたかったのだが、今から顔を洗っても兄の
「おかえり!」
あえて明るい声で返事をすれば、スーツを着込んだ竜胆が入って来た。
本来なら今日は有休を取っていたはずなのだが、急に会社から呼び出されたと言って、渋々ながらも出社していた。昨日の夜、明日はお休みだから新作のゲームを思う存分やるぞと意気込んでいたのに、パッケージを破る暇もなく出かける羽目になっていた。
「柚月、またSNS用の写真撮ってたの?」
「新作コスメの紹介してたの。前から気に入って使ってるブランドのが出てたから」
「あ、今回は案件じゃないんだ?」
「違うよ。お気に入りのブランドだから、少しでも売り上げアップに貢献出来たら良いなって思っただけ」
「ふーん」
気のない返事をした後で、竜胆は柚月の顔をまじまじと見つめると、小さく首を振った。
「にしては、柚月が普段しないような色してる気がするんだけど?」
「まあ、そうなんだけどさ」
紙袋に仕舞ったばかりのアイシャドウを取り出し、唇をへの字に曲げる。
高校入学前からパッケージが可愛くて目をつけていたブランドだった。色も落ち着いたものが多く、気に入っていたのだが。
(最近、派手目の色が流行ってるから、ここも発色良すぎる色になっちゃったんだよなあ。どうせまたナチュラルに戻るんだろうけど、暫くは使えないかな)
今回もケースは柚月好みの控えめながらも可愛らしいものだったが、中身とのギャップが激しかった。
「その紙袋のは、また叔母さんにあげるの?」
「うん、ユキ叔母さんならうまく使ってくれると思うから。帰ってきたときにまとめて渡そうと思って」
「叔母さん、今どこにいるんだっけ?」
「あー……フランスだかイギリスだか、なんかその辺だったはず」
ヨーロッパのお店を任されていると言うことは知っているのだが、それがどこの国までかは覚えていなかった。
「何にせよ、新年には帰って来るでしょ」
「甥っ子と姪っ子にお年玉をあげるのが生きがいとか言ってたからな。もう俺、お年玉貰うような歳でもないのに」
苦笑しながら、竜胆が鞄から財布を取り出すと、五千円札を一枚引き抜いて柚月の前に出した。
「はい、これ、叔母さんにあげる分の化粧品代」
「え、いいよ別に。そんなに高いものじゃないし、叔母さんにお年玉貰うだろうし」
「お年玉は貯金して、これでまた新しい化粧品買えば良いだろ」
「もう、お兄は甘いんだから」
渋々といった顔でお札を受け取る。臨時のお小遣いに、あれこれと買いたいものが浮かんできて内心では喜んでいたのだが、そこはグッと我慢して顔には出さないでおく。ただでさえ柚月に甘い竜胆のことだ、派手に喜んでしまえば、何度もお金を渡してくるだろう。
兄が稼いだお金は兄の物で、自分のために使ってもらいたい。
「たった一人しかいない妹に甘くて何が悪い」
「お兄、シスコンって言われない?」
「外では”妹にお金渡してるんです”なんて言ってないから大丈夫なはず」
悪戯っぽい笑顔でそういう竜胆にお礼を言って、柚月は閉じていたスマホを開いた。
SNSにあげた写真への反応が、ズラリと並んでいる。
膨大な量の可愛いに紛れて、ごくわずかに容姿を貶すような言葉があるが、そんなことは気にしない。SNSに写真をあげると決めたときから、批判的なメッセージが送られてくるのは想定済みだった。
「それにしてもユッキ、フィルター使わないんだね。目を大きく加工して、鼻を少し小さくすればもっと可愛いのに」
そんな言葉に、柚月は内心で舌を出した。
(加工しちゃったら、私の顔じゃなくなっちゃうじゃん)
無加工でも十分可愛いから良いんです! と思いつつも、小鼻をきゅっと摘まんだ。
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