第二話

 もうその先の選考は見ないと思っていたのだが、十夜にも付き合いというものがある。いつも話している数名が残っているため、二次選考の結果も確かめなければならない。

 鬱々とした気持ちを抱えながらも、その日はすぐに訪れた。

 千から百を少し超えただけに絞られた分ページは軽く、スクロールバーは無情なほどに長かった。検索をせずとも見終えてしまう数に、通過者の中から見知った名前を見つけようと目を凝らす。

 いや、違う。実際は、見知った名前が祈りながら見ていた。

 一次でも二次でも、落ちたという事実に変わりはない。知り合いが全員落ちていれば、自分が一次で落ちたという鬱憤も少しは晴れるだろう。

 しかし、SNSに呟いたのは本心とは真逆のことだった。


「知ってる人が全員二次通ってますように!」


 祈るような顔文字とキラキラとした絵文字を重ね、嘘を華やかに演出する。その後ろにあるドロドロとした感情を覆い隠せるように。


 まずは一人。一作残っていた人の名前はない。

 次にもう一人。この人は三作残っていたはずだが、全て落ちたようだ。

 さらにもう一人、また一人。見つからない名前を見ては安堵する。一次を通っていようとここで落ちていれば自分と同じなのだと、黒い感情が口角を引き上げ、唇が三日月の形になる。


「あっ……」


 あと少しと言うところで、十夜は見つけてしまった。

 一次通過報告に祝福メッセージを入れた際、来年は絶対に十夜も通ると励ましの返信を送ってきた彼女の名前が、通過者一覧の後ろのほうで燦然と輝いていた。

 SNSを見れば、彼女が通過報告をしており、次々と祝福の花が咲いている。十夜もおめでとうを言わねばと思うものの、親指がなかなか言うことを聞いてくれない。

 悔しさと怒りで頬を赤らめながらも、なんとかメッセージ入力画面を開き、とだけ入力してあとは予測変換から選択する。一次通過のときに書いたものと一言一句たがわぬ文章を送れば、すぐに返信があった。


「まさか残れると思わなくて、ちょっと信じられない気持ちですが……本当に嬉しいです!」


 喜びの顔文字を憎々しく見ながら、嫌な予感に腕が泡立った。

 何故だか、彼女はこのまま賞を取れるような気がしたのだ。十夜のこういうは、たいてい当たるのだ。

 事実、数週間後に発表された受賞者一覧の中に、彼女の名前はあった。

 大賞は惜しくは逃したものの、副賞として書籍化が約束されている賞を見事に射止めていた。同時にコミックス化の賞もダブル受賞しており、近いうちに文庫本の発売日とコミックスの作画担当が発表される予定らしい。

 大賞受賞者はすでにプロで活躍している小説家だったため、おのずと話題は次に大きな賞を取った彼女へと向けられた。

 賞を取る前まで、彼女の話には感想やレビューは数えるほどしかついておらず、PVも多くはなかった。それなのに、知る人ぞ知る名作と大々的に持て囃され、一気に十夜の話のPVを抜き去ると、毎日のように感想やレビューがついた。


 十夜も受賞報告の時はお祝いの言葉を送ったものの、それ以上は彼女の話題から極力離れようと努力した。見てしまえば、どうしても苛立ってしまう。彼女の話が受賞出来て、自分の話が一次すら通らなかったことに怒りを覚えてしまう。

 心の平穏を守るために触れないようにと気を付けていたのだが、どうしても目に入って来るのだ。


「こんなすごい作品を見逃してたなんて!」

「これで処女作だって言うんだから、今後が楽しみ!」

「予言しとく。数年後にはアニメになってる!」


 絶賛の嵐は留まるところを知らず、普段はネット小説など見ないであろう人々の耳にまで届き始めた。それほど評判が良いのならと目を通した人々の口コミから、さらに読者が増えていく。

 事実、小説などほとんど読んだことが無い十夜の姉百花ももかの耳にすら彼女の噂は届いているらしく、ある晩の夕食時に尋ねられた。


「ねぇ十夜、胡桃こもも胡桃くるみって人知ってる? なんか、凄い小説書いてるらしいじゃん」


 猫の顔が描かれたお茶碗を片手に、一心不乱に生姜焼きを食べていた百花が、ふと何かを思い出したように咀嚼を止めるとそう言って箸先を十夜に向けた。

 ぼんやりとみそ汁を啜っていた十夜は、思いもよらなかった人物からの予想外に質問に動揺しながらも首を振った。


「そっかぁ、知らないのかぁ。あんた本好きだし、スマホ肌身離さず持ってるし、そう言うの詳しいと思った。それにさ、部屋の中でなんかカチャカチャキーボード叩いてる音聞こえてるし、小説でも書いてるのかと……」

「か、書いてるわけないだろ。ゲームだよ」

「ゲームぅ? あれって、そんなにキーボード使うものなの?」

「マウスだけで出来るのもあるけど、俺がやってるのはキーボードで移動したりするやつだし、チャットも打つし」

「ふぅん」


 大して興味のなさそうな生返事をして、百花がお茶に手を伸ばす。その指先にはゴテゴテとした装飾が施された長い爪があり、蛍光灯の光を反射して鋭く光っていた。


「どうせなら、十夜も書いてみたら良いのに。バイトもしてなくて暇なんだから、ネット小説? だっけ、それやってみれば良いじゃん。あんた昔から国語の成績だけは良かったし、案外簡単に賞取れるかもよ?」


 百花に特に他意がないことは分かっている。本当は小説を書いているのに、書いていないと嘘をついたのは十夜自身だ。しかし、一次すら通ることができなかった賞を簡単に取れると言われてしまうと、怒りを抑えることが難しかった。


「そんな……」

「そんな簡単に取れるものじゃないわよ」


 十夜のセリフにかぶせるように、凛とした声が響いた。振り返って見れば、長女の千早が帰ってきたところだった。

 都心の会社で働く千早は、普段は会社近くのマンションに住んでいるのだが、激務を理由に食事を怠り、さらには夏バテが合わさって体調を崩して以来、こうして週末になると実家に帰ってくるようになった。

 コケていた頬もふっくらとし始めており、最初はお茶碗に軽く盛られたご飯を食べきれずに残していたのだが、今ではお代わりをするまでに回復していた。


「あ、お姉帰ってきたんだ。おかえり」

「ただいま。途中からしか話聞いてなかったけど、賞なんてなかなか取れるもんじゃないのよ。そんなこと言うなら、百花がやってみれば良いじゃない」

「お姉、あたしの国語の成績知ってるでしょ? 小説なんて無理無理。読書感想文の原稿用紙一枚すら埋められなかったんだから、何万字も書けるわけないじゃん」

「そうでしょう? 小説を書くのって、難しいのよ。まして賞なんて、ほんの一握りの人しか取れないんだから」

「もしかして、お姉も小説書いてたり?」

「私じゃなくて、知り合いがね」

「へぇ、お姉の知り合いに小説家がいるんだ?」

「ううん、小説家じゃなくて……小説家になりたかった人、かな」

「なぁんだ、昔小説書いてたってだけの人か。あたしの友達にもいるよ、昔趣味で漫画書いてたって子。ま、そう言うあたしも昔はお絵かき好きで、将来の夢はイラストレーターですなんて言ってた時あったけどね」


 笑いながら言った百花のセリフが、十夜の胸にズシリと重たい影を落とした。

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