受賞作のフルコース

第一話

 ドキドキとワクワク、そこに自信から来る余裕が少し。

 遅々として進まない短針とにらめっこをしながら、北上きたかみ十夜とおやは刻一刻と近づいてくる運命の時を今か今かと待っていた。


(さすがに、一次くらいは通るだろ。大丈夫、大丈夫、絶対通ってる)


 一万以上の作品から一割に絞られる一次選考とはいえ、逆に考えれば少なくとも千は残るのだ。


(読者からの評価だって悪くはないし、内容だって今すぐに書籍化しても大丈夫なくらいの傑作だ)


 二巻三巻続いても問題ないくらいの文字数はすでに書き上げている。

 一次選考は、小説として問題ないかどうかがみられるだけと聞く。文章が支離滅裂でない限りは通るのだと、以前ネットの噂で見たことがある。


(大丈夫、さすがにそのくらいはクリアしてる。大丈夫だ、絶対大丈夫)


 心を落ち着けるように何度もそう言い、SNSを開く。

 発表三十分ほど前までは賑やかだった仲間たちも、時間が近づくにつれて徐々に口数を減らしていき、今ではポツポツと思い出したように呟くだけになっていた。

 ザっとスクロールして仲間たちの会話を覗き見した後で、発表後に出そうと思って保存していた文章に間違いがないかを確認する。

 最初は無事に通ったという報告、読者へのお礼、最後に「二次選考からが本番だと思っているので、この先も残れるように頑張ります!」とあった。何度もチェックしたため、誤字脱字はない。

 スマホの時刻が、発表の時を示す。

 最初の数分は繋がりにくいだろうからと自分に言い聞かせ、五分ほど待つとホームページを開き、発表のページの上にカーソルを合わせた状態で息を整えた。

 意を決してクリックすれば、読み込み中を知らせるマークがクルクルと踊った。

 みるみる短くなっていくスクロールバーに、期待が膨らんでいく。ページの上部に表示された通過数は例年と同じくらいで、やはり千を越えていた。

 これを一つ一つ見ていくのは骨が折れるため、ページ内検索で“南原なんばら朝日あさひ”とペンネームを入力する。

 検索はすぐに終わったのだが、検索結果はゼロ。そんなはずはないと、ペンネームの一部だけを入れて再度検索にかけるが、やはり結果はゼロだった。


(嘘だろ……。いや、何かの間違いだ。だって、俺の話が一次落ちするはずない……)


 検索を諦め、上から順番に名前を確認していく。

 一度見ても見つからなければ、もう一度最初から。それでも見つからないので、今度はタイトルで検索をかける。類似タイトルがいくつか引っかかったが、全て十夜の書いたものではなかった。


(そんな……)


 諦めきれずに、タイトルを上から順番に見えていく。やはり、十夜の書いたタイトルは見つからなかった。

 呆然と画面を見続ける十夜の手元で、スマホが振動する。放心状態のまま開けば、執筆仲間からメッセージが届いていた。


「僕も落ちてました。今回、結構落ちてる人いるみたいですね。来年頑張りましょ!」


 僕と言うことは、彼は自分の名前を探した後で、十夜の名前も探したのだ。

 数年前から同じ投稿仲間として仲良くしていたため、自身の落選を知った後で十夜の当落を知ろうとしたのだろう。常に周りを気遣い、仲間を大切にしている彼だからこその行動だったのだが、自身の落選にショックを受けていた十夜としては”余計なことをしやがって”と言う怒りのほうが先に立ってしまった。


(お前の話と俺の話を一緒にするんじゃねえよ! あんな流行を追いかけてるだけの中身のない薄っぺらい話なんか、落ちて当然なんだ。でも、俺の話は違う!)


 怒りのままに打ちかけた文章を、送信一歩前でなんとか理性で押しとどめると削除した。

 火照った頬に手を当て、頭に上った血を心臓に送り返すように深く息を吐く。彼に怒りをぶつけたところで、落選の事実は変わらない。何とか冷静さを取り戻すと、手早く返信を打ち込んだ。


「あ、そうなんですか? 今日発表だって覚えてなくて」

「あっ……すみません、見る前に僕が言ってしまって。南原さんならもう見に行ってるかと」

「いやいや、見に行く手間が省けて感謝してます! 先週までは覚えてたんですけど、色々と忙しくて」

「月末が近いと、何かと忙しいですよね。お疲れ様です!」


 他愛のない会話を続けながら、全体に向けてのメッセージを打つ。


「残念ながら落選してしまいましたが、来年はもっと良い話をぶつけて一次突破したいと思います!」


 すぐに各方面から反応があり、同じく落選した仲間たちからメッセージが飛んでくる。落胆や来年に向けての抱負を眺め、返信はせずに読んだ印だけをポンポンと返して行く。

 それからは心を無にして、関係がある人たちの突破メッセージに祝福のコメントを打っていく。一つ一つにお礼の返信が付き、そこに何も返さずに読んだ印だけをつける。


「ありがとうございます! でも、南原さんの話なら一次通ると思ったのですが……。来年絶対通りますよ!」


 軽快に反応を返していた親指が、そんなメッセージの上で止まる。

 普段からよく話し、更新するたびに読んで感想をくれる彼女は、本心からそう言っていると分かっていた。しかし、一次を通った彼女と通れなかった自分の間にできた壁は高い。

 勝者の愉悦から来る哀れみに感じてしまい、忘れかけていた怒りが息を吹き返す。


「くそっ!」


 机を叩き、スマホを投げる。

 さすがに床に叩きつけるほど我を忘れてはいなかったため、放り投げられたスマホはベッドの上でポヨンと跳ねた。

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