第11話 真偽調査
翌日の夕刻。
業務を終えた俺は、病院を出た足で
自転車で病院からは15分程度。
通勤手当が出るのであれば、俺が賃借契約しているマンションからの電車通勤にも便利な立地だろう。
「本当にそんな女性が勤務しているのなら、だがな」
結局、昨日の夜――意識も
朝に『おはようございます』などと送られて来ても、見ていないふりをしている。
「もしも川口雪華の勤務先が嘘ならば、メッセージもブロックだ。詐欺が濃厚となるからな」
ホテルに入りウェディングコーナーへと向かう。
華やかな場所だ。
いつも歩いている病院の、無機質で白く、硬い床や壁とは違う。
靴が沈み込むほどに柔らかな絨毯に、煌びやかな調度品。
壁の意匠だって、贅が凝らされている。
「こんな足場では、歩くのに体力を使うだろうに。機能性が乏しい。雰囲気を重んじる、ということなのだろうか? 理解が出来んな……」
さて、到着したは良いが……。
唯、突っ立っていたのでは目立つだろう。
どこか居ても不自然でない場所をと思い辺りを見渡す。
「カフェスペースか。あそこなら、俺が居座っていても不自然じゃないだろう」
ウェディング会場のスタッフは何人も通っているが、川口雪華さんの姿はまだ見えない。
腰を据えてかかるべきだと思い、カフェスペースへと歩み寄る。
「な、なんだと!?」
だが立て看板を見て思わず目を剥き、声を上げてしまった。
「ただのコーヒーが――一杯で600円だと!? なんだ、これは……。ふざけているのか!?」
一体どんな豆を使用すればそんな価格になると言うんだ!
一般的に飲食店の原価率は3割が平均と言われている。
コーヒーカップ一杯なんて、精々が120ミリリットルちょっとしかない。
350ミリリットルペットボトルの半分にも満たない量で、600円を払えというのか。
完全にぼったくりだろう!?
コーヒー一杯に挽かれる豆は、概ね10グラム。
この店が平均通りの原価率だとしたら、豆は180円計算になる。
吹けば飛ぶような1グラムで18円もするコーヒー豆なんぞ、豆じゃない。
砂金か、金粉なのか!?
利益率は一体、どうなっているんだ!
「これはダメだ。あり得ん……。こんな無駄遣い、出来るか。スーパーで税込み355円で売っているコーヒー豆なんて、360グラムも入っていると言うのに。1グラムだと1円以下。一杯にすると、たった10円以下だと言うのに!」
憤りが隠せない。
しかも、こんなぼったくり価格にも関わらず、カフェスペースには結構な人々が居るじゃあないか。
信じられん……。
搾取されていると気が付いていないのか?
それとも、それだけの値段を支払う価値があると思っているのか。
やはり病院に住むような俺には、理解が出来ん世界だ……。
「こんばんは。お待ちしておりました」
「川口さん、ご無沙汰しています。よろしくお願いします」
居た。
名前が聞こえてバッと振り向けば、あの時の川口雪華さんが働いていた。
ビシッとした制服を着て、にこやかな笑みを浮かべている。
あの日は眠気と酔いで、顔もうろ覚えだった。
だが声を聴いて間違いないと確信した。
どうやら、ここで勤務しているというのは嘘ではなかったようだな。
目の前に居る暗い顔をした男は、客だろうか?
俺は立て看板に隠れるように屈んで様子を伺う。
決して悪いことをしている訳ではないのだが、川口雪華さんに見つかれば説明が面倒だ。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。それでは、あちらで打ち合わせを――」
「あの……。今日は妻が居ないからこそ言えるのですが、実はキャンセルをしたくて。ここまで進めて頂いたのに申し訳ないんですが……」
なんだと?
そうか。
こういった仕事だと、キャンセルもあるのか。
それは収益が減少して大変だろう。
病院のように、キャンセルなど基本的にはない業種には考えられない苦悩だ。
彼女はウェディングプランナーだったな。
ならば自分が担当している客がキャンセルするとなれば、損失の責を問われるかもしれん。
どれだけの経費がこれまでにかかっているのかは知らんが、その補填としてキャンセル料だって請求するだろうな。
ウェディング業界だって、商売なのだから。
だが一番収益になるのはそのまま開催させることだろう。
気の弱そうな男だし、説得にかかるかもしれんな。
「そうですか、それは誠に残念です……。正式なキャンセルには、ご夫婦で来場して頂く必要がございますので……。誠に申し訳ございませんが、本日直ぐにキャンセル手続きが出来ないのを、私も心苦しく思います」
「は、はぁ……」
なんだと?
貴様、それでも営利を目的とした法人の一員か?
そう簡単に引き下がるなど、スタッフとしての自覚が足りないんじゃないのか!?
……これが給料泥棒、というやつか?
―――――――――――
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