第10話 仮契約
「……
「……はい。一緒に生活し、恋人のフリをするんです。そうすれば両親は諦め、同僚も結婚や交際に関する圧をかけて来なくなるかと……」
「しかし、若い女性とそれは……」
「私も今年で30歳を超えてしまいましたので……。それに、互いの勤務先まで知っているのです。もしどちらかが間違いを起こそうなんて気が生じても、それが楔となるのではないですか?」
それはそうだ。
この人の危機管理意識には、感心してしまう説得力がある。
一見すると、よく知らぬ男女が偽装とはいえ1つ屋根の下に住むのだ。
警戒すべきだろう。
だがしかし、お互いの勤務先を知っているという大きな武器がある。
もし問題行動を起こせば、お互いに職を失いかねない。
もっと言えば、だ。
この婚活パーティーが原因で犯罪にでもなれば、主催者側にも多少なり責があるだろう。
参加者の身分や連絡先は把握しているはずだし、誤魔化しも効かない。
大したプランだ。
より一層、好感が湧いてきた。
「成る程、俺に関してはその通りです。一時の情欲なんかの為に、医者の資格を失う訳にはいかない。……ですが、同棲までする必要があるのですか?
「私の両親は、娘想いが行き過ぎてる節がありまして……。同棲ぐらいにならなければ、きっと別れた時の為に代役を用意させようとします」
「それは、なんとも……。凄いご両親ですな」
「ええ、愛情を持って育てて頂いたことは感謝しているのですが……。私は仕事に集中したいのに。個々人のライフスタイルを、受け入れてはくれなくて……。結婚は幸せで、するのが当然と。少し古い考えには、賛同が出来ないのです」
「それも、お気持ちはよく分かります。……しかし、同棲。同棲、か……」
「もしよろしければ、貴方……南さんのお家に住まわせて頂けないか、と。私の部屋では、手狭なので」
「……我が家に、ですか」
同じ私的空間を、共にする……。
防犯的には、身元を更にハッキリさせて、逃げられないようにすればむしろプラスかもしれない。
あの家はいつも誰も居ないとなれば、空き巣にも目をつけるかもしれないし。
人の気配がするだけで違うだろう。
家には書籍だけでなく、実印も置いてある。
逃げ道は塞ぐとは言え、やはり他人を置くというのは……。
やはり、断るか。
不安要素なら、消した方が良い。
「私の給料では足りないかもしれませんが……。勿論、家賃や光熱費は
「やりましょう」
「え?」
「偽装同棲は、犯罪でもルール違反でもない。互いにとって、メリットのある行為です。俺も心から、そう思いますよ」
「……あ、ありがとう、ございます?」
川口雪華さんは不思議そうな表情を浮かべている。
何をそう不思議がるんだ。
貴女が提案したことだろうに。
そして貴女の提示する条件や説得が素晴らしいから、俺も同意をした。
唯それだけのことだろう?
「で、では……その。偽装同棲と同時に互いの両親へ挨拶をして、恋愛圧力問題の解決を図りませんか?」
「ほう、それは素晴らしいですな!」
これで俺の親が勝手に婚活パーティーなどへ申し込むこともなくなるな。
相手側への挨拶は面倒だが……。
その程度で煩わしさから解消されるなら、休日を少し削るぐらい、なんてことはない。
おっと。
偽装とは言え、同棲するならばだ。
確認しておかねばならないことがある。
「その前に……。俺はどうやら
一緒に生活をするのだ。
お互いに無理なく、生活でもストレスが溜まらないような相手でなければいけないだろう。
確認はしっかりとせねば。
「倹約家、ですか? ふふっ、大丈夫ですよ。それでも、私の年収の何倍もございますでしょうし……。いえ、収入なんて言う無粋な話、失礼しました」
「ほう……。問題ない、と?」
「ええ。私の仕事は、結婚式費用を抑えたい倹約家な方にも、幸せで記憶に残るウエディングプランを提案し、笑顔を提供致します。なんの問題もございませんよ」
「なんという、素晴らしい言葉だ……。それでは本当に、俺と偽装同棲を?」
「ええ、貴方さえよろしければ、是非ともお願い致します」
素晴らしい……。
素晴らし過ぎる。
俺が倹約家だと言っても――むしろ、当然だろうと余裕な顔をして笑っているとは。
ここまで来ると、運命論さえも信じたくなる。
親父が勝手に申し込みした街コンで、同じ悩みと価値観を共有出来る相手と、利害関係を結ぶ。
それもお互いに抱えている苦悩を消す、素晴らしい相手だ。
しかも仕事が第一だから、面倒毎に発展するリスクも極めて低い。
素晴らしい、素晴らし過ぎるな……。
「貴女のように利害も一致して、好感の持てる素敵な方と出会えるなんて……。今日は参加して良かったです」
「こちらこそです。それでは、詳細については……。あ、そうです! 連絡先を交換しませんか?」
「ええ、それが良いでしょう。互いに仕事もあるでしょうし、転居関係や両親への挨拶日程は、メッセージでやり取りするのが好都合でしょう」
「分かりました。それでは、お互いの利を得る為――これから、どうぞよろしくお願い致します」
「ええ、こちらこそ、ですよ」
そうして連絡先を交換してから、川口雪華さんは頭を下げて会場を後にして行った。
最後まで残らなかったのも、目的を遂げたからなのだろう。
彼女は俺の住む部屋に転居してくるつもりらしいからな。
手続きなど諸々で忙しくなるからと、帰ったのかもしれない。
その思い切りの良い判断力も、また人として好ましい。
「素晴らしい時間だった……」
なんて利害関係の一致した良い交渉が出来たんだろうか。
なんの期待もしていなかったパーティーで、思わぬ拾い物だ!
両親や同僚に余計なことを言われず、仕事に集中出来るようになるのは、実に素晴らしい。
「だが――何よりも生活費が半額になるというのは、最高だ! 偽装同棲すれば、換気頻度も上がって家の風化も防げる!」
そうか。
婚活パーティーへ参加するというのは、こういう利点もあったのか。
参加費が7600円というのは割高だと思ったが、先行投資と思えば悪くない。
詳細はまた、メッセージで詰めるということだが……良い出会いだった。
後は、後日こっそり本当に在籍しているかを確認すれば良い。
嘘であれば、この話は全てなしだ。
もっとも、嘘はないと半ば確信しているが。
まぁ、それは後日するべきことだ。
「……さて、思いがけぬ幸運にも恵まれた。最後にもう少し栄養を吸収すれば、文句なしだ」
最初に食事を口にしてから、既に1時間以上が経過している。
会場に残っている料理は少ないが、少し休憩した今なら、胃にまた詰め込める。
気を抜けば、コクコクと船を漕いで意識が落ちそうだが……。
もうひと踏ん張りだ。
耐えろ、俺。
元を取り、栄養を蓄える為にも、締めの食事と行こうじゃないか――。
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