第3話 結婚結婚

「……まだ、何も言っていないんだがね」


「どうせ、結婚話でしょう?」


「まぁ、そうなんだけどね。いい加減、君も身を固めたらどうだ? 心配しているんだと、お父様もよく私へ連絡してくるんだ。女の影はないのかってね」


「ありません、要りません、必要もありません」


 教授は学生時代、親父の後輩だったらしい。

 互いに医者となってからも付き合いは続いていて、今でも連絡をよく取っているそうだ。

 お陰で教授は俺を殊更気に懸けてくれる。


 正直、このコネクションはデカい。

 医者はコネクションや伝手が非常に有利に働く場面が多い。

 インテリヤクザと揶揄されるのも、頷ける話だ。

 教授にも、人間関係など諸々で助けて頂く場面は多いのだが……。


 結婚は、仕事の邪魔にしかならない。


 この話を毎度される時間すら、無駄で惜しむべきものだ。

 この話がなくなり業務効率が上がれば、1人でも多くへ巡回が出来ると言うのに……。


「南先生は、今年で医師になって何年目だっけ?」


「8年目です」


「それなら、十分に身を固める適正時期だろう。今年で救急科専門医試験きゅうきゅうかせんもういしけんを受験するカリキュラムだって、修了するのだろう?」


「このままプラン通りに進めば、そうですね」


 専門医というのは、医師としてその分野に関連する臨床、研究について知識や技量が十分であると認定された医師のことだ。

 専門とする診療分野の所定カリキュラムや、実績を積まなければいけない。


 認定医よりも更に高い基準を満たす必要がある。

 第三者機構だいさんしゃきこうが評価してくれるので、1つ売りになる看板や広告が増えたと思って良い。


 しかしメリットばかりではない。

 デメリットは面倒で複雑、学会費などが高くつくことなどだが……。


 それでも、患者が信用するのは称号だ。

 医師資格がない者が、これは健康に良いというより、医師資格を持つ者が良いと言えば説得力が増す。

 それは健康関連書籍などの売り上げからも明確な事実だ。


 ましてそこに、専門医とか教授といった称号が加われば、より説得力と信用度が増す。


 俺はどうしても、それが欲しい。


「南先生だって、もういい歳だろう?」


「今年で、36歳になりましたね」


「何時までも異常な節約生活と自己研鑽じこけんさんばかりせず、家庭でも幸せを掴む区切りだろう? メリハリは大事だよ?」


「俺にその余裕はありません。父の開業している診療所が、今どうなっているのか。教授も状況はご存じでしょう?」


「それは、そうなんだけどね」


「俺は結婚している暇なんてないですし、向いてないですから」


「間違いなく向いていないとは、私も思うが……」


「そうでしょう?」


 隙あらば、教授は俺に縁談を持って来る。


 俺が子供の頃から見て来たから、未来を心配しているのだろうが……。

 正直、良い迷惑だ。


 それに、俺は知っている。

 偏屈な俺を結婚まで導いた者は英雄だ、そう医局内で囁かれているのを。


 つまり、俺の結婚は娯楽の1つとして扱われているんだ。

 だから色んな人が女性を紹介してくる。


 我慢強さに定評があるとの売り文句で女性を紹介してきて……。

 まるで俺と結婚するのは罰ゲームのように言いやがる。


 結婚という業務と一切関係がない話に掴まるだけでも面倒なのに、罰ゲーム扱いされたら気分が悪い。

 勘弁して欲しいものだ。


「確かに、南先生は間違いなく結婚には向いてない。だがね、結婚することで人間は成長するのも事実だ。新しい世界も見えるんだよ?」


「……そうですか。すいません、自分にはやるべきことがあるので。論文の添削、ありがとうございました。近いうちに、再提出させて頂きます」


 深々と頭を下げてから、足早に教授の前を去る。


「……全く、にべもないなぁ」


 小声で呟く教授の声に聞こえないふりをしながら、自分の机へ向かい歩く。


 論文へのアドバイスは、絶対に忘れないようにしよう。

 自分の院内スマホと私用スマホにメモ、念の為、二つにメモをしておくか。

 自席に戻り、引き出しのカギを開く。


 自分のスマホの電源を入れると、親父からのメッセージが来ていた。


「……は? なんだ、これは」


 緊急だろうか。『メッセージを見たら直ぐに電話をくれ』と書かれている。


 受信時間としては、今朝の6時……。

 今が午後の5時だから、11時間無視をしていたことになる。


 規則では問題ないのだが、勤務中は気が散る時もあると私用スマホを持ち歩いていなかった。

 それが裏目に出たか……要改善だ。


「……くそ」


 親父もお袋も、高齢だ。

 もう年齢は70近い。

 何かあったのだろかと、慌てて個室トイレへと駆け込み、電話をかける。


「早く、出てくれ。頼む!」


 何か大きな病気か、事故だろうか。職業柄、焦るとそっちにしか頭が行かない!



―――――――――――

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