第4話 結婚結婚結婚……婚活パーティ?

『――もしもし、昭平しょうへいか?』


「親父! 大丈夫か!?」


『は? どうした、昭平。そんな慌てた声で』


「いや、親父が直ぐに電話を寄越せって……。何かあったんじゃ、ないのか?」


『確かに、あったと言えばあったな。いや、重大なことがあると言うべきか……』


「重大なこと、だと? なんだ、もしかして入院か? それとも、親父の診療所に何か……」


『いやいや。――まちコンだ』


「……は? 街コン?」


 街コン……。

 聞いたことはあるな。

 確か……病棟でナースたちが話していた。


 要は出会いを求める男女が集まる婚活パーティーってやつだろう。

 それを街の店とか、色んな形式でやる合同コンパってことだよな。

 それが一体、どうしたと言うのだろうか?


『今日の20時が受付開始時間だ』


「……親父。お盛んなことに文句を言うつもりはない。だが、お袋にバレたら怒鳴られるぞ?」


『何を言っている。――昭平が参加するんだよ』


「は?」


『ほれ、URLを送ったぞ』


 ポンッと親父からメッセージが送られてきた。


 リンク先のタイトルは『エリート限定。男性プレミアムステータス限定』。

 なんとも、開きたくなくなるタイトルだが……。

 仕方なしにリンク先へ飛ぶ。


「な、なんだこれは!?」


 リンク先のHPへ飛んで、思わず目が丸くなる。


 会場は俺でも知っている有名ホテル。

 しかも、参加者のイメージ写真にはフォーマルなスーツやドレス。

 見るからに高価で贅沢そうじゃないか。

 なんて言う無駄遣い……。

 顔を顰めたくなる光景だ。


「いや、親父。俺はこんな婚活パーティーに参加する暇はないんだ。今は仕事が第一だって、いつも言っているだろ? 結婚なんざ、考えている余裕も暇もない」


『今日の17時半からは、休みだよな? 9日ぶりの、完全非番だろうが』


「……何故バレているんだ」


『お前にシフト勤務カレンダーアプリを紹介したのは私だぞ。細かい昭平のことだから、キッチリと書くだろうと思っていた。予想通りだったな』


「いや、そうじゃなくて!……なんで俺がカレンダーに書いた勤怠記録きんたいきろくが、親父にバレているんだ?」


『あのアプリはな、指定した相手との相互共有機能があるんだよ。知らなかったのか?』


「……知らなかった。記録帳としか思っていなかった」


『今朝になっても、今夜から明日の朝にかけては新たなシフトが入らなかったからな。さすがに急患でも来ない限りは、10日目に突入することはないだろう。だから、当日予約をしておいたんだ』


 なんてめざとい親父だ。

 36時間前後の連続勤務には慣れている。


 だが9日間帰れないのは、さすがに疲れた。

 論文だって、早く修正して、また教授に提出しなければならないのに……。

 結婚なんて言うクソみたいな契約をするつもりもまだないし、完全に時間と金の無駄だ。

 やっていられるか!


「……俺は論文を書き進める予定だったんだ。親父には悪いが、そんな集まり――」


『場所は昭平の住んでいる品川区のお隣、赤坂あかさか。参加費は7千6百円でビュッフェとアルコール飲み放題だ』


「さ、参加費だけで7千6百円だと!? ふざけるな、俺は絶対に――」


『私のおごりだ』


「――仕方ないから行ってやる。今回だけだぞ」


 全く、親父には困ったもんだ。


 だが無料でビュッフェの食事にありつけてアルコールも飲めると言うなら悪くない。

 1週間以上は病院に籠もりっぱなしだったし、栄養が足りなくて困っていた所だ。

 ビュッフェなら、不足していた栄養を摂れるだろう。


 親父が払う金の元を取るだけ飲み食いするには……。

 頭の中でプランニングする必要があるな。

 必要栄養素を摂りつつ、酒税でコストの高いアルコールを飲む。普段は絶対に飲まないからな。

 ……たまには、悪くない。


『……昭平。お前は本当にケチだな』


「親父。俺はケチなんかじゃない。計画性があると言うんだ。目標があるから、プランを立てて必要な倹約けにゃくをしている。それだけだ。親父こそ、無駄遣いはもう止めてくれ。先々のこともあるんだ」


『これは無駄遣いなんかじゃあない。昭平には早く結婚して欲しいんだ。私も母さんも良い歳だからな。息子の結婚式にだって出席したいし、孫の顔も――』


「ああ、分かった分かった。その話、長くなるだろ。仕事に戻るから、またな」


 返事も待たず、通話を切った。

 全く、親父と連絡を取るといつもこれだ。


 36歳になって独身というのを、いつも責めてくる。

 晩婚化している社会に反し、親父は考えが古い。

 もはや結婚は義務という風潮じゃない、結婚しないで仕事を頑張るというのもスタンダードな選択肢になっていると言うのに……。


「仕事や夢に向かって集中することの、何が悪いんだ。上司にしても、同僚にしても……。独身であることを悪し様に責めやがって。わずらわしくて、業務の能率が落ちかねん。命の現場で少しでもパフォーマンス低下に繋がることは、排除したいが……」


 手っ取り早く周囲が黙るのは、誰かと結婚を見据えた交際をすることだろう。

 だからと言って、男女交際や結婚なんてクソみたいなことに使う時間も金もない。

 俺は医者としてやりたいこと、やらなければならないことがある。


 初期研修医期間しょきけんしゅういきかんの終了後、2分野における専門医を目指す研修制度、ダブルボードカリキュラムに従って整形外科専門医せいけいげかせんもんいは既に取得出来た。


 だが、救命科専門医試験が受験可能になるのは、今年だ。

 今年は色々な意味で勝負の1年だと言うのに……。


「どいつもこいつも、恋愛だ結婚だのと……。俺は、そんなことに時間を割くほど余裕がないと言うのに」


 今夜参加する街コン情報が開かれたHPを見て、吐き捨てるような言葉が出てくる。

 スクラブのポケットにスマホを仕舞い、俺は病棟へと戻る。


 金を支払ってしまったものは仕方がない。

 20時からの開始に間に合うよう、後3時間で仕事を不足なくやり遂げねば……。



―――――――――――

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