第63話 奴隷少年 VS チンピラ集団(5)

 チンピラの一人が、魔法を唱えた。


 おそらく、魔法に関するスキル持ちなのだろう。


 突き出された手から、火球が生み出されていた。


 木剣を振るう奴隷少年に対し、遠距離から的確に仕留めるため……そうであれば、多少は凝った戦闘シーンが描けたかも知れない。残念ながら、大男が圧倒されたことで、残りのチンピラたちは平静を失っていた。恐怖心からの反射的な行動である。ほとんど悲鳴同然の雄たけびを上げながら、チンピラは奴隷少年に向けて火球を放った。


 火球を生み出す所から、投じる所まで、総じて隙だらけ。


 もう一人のチンピラとの連携も何もない。


 うーん、なるほどね。


 ボクは、こんな場面でアレだけど、しみじみ感じ入ってしまう。


 素人に毛が生えた程度の戦い方を目の当たりにすると、勇者パーティーの戦闘シーンがどれだけ高次元のものであったか、改めて気付かされるからだ。パーティーの最後方で、ボクはいつも観戦客みたいなポジションだったけれど、いやはや、凄いものを日々眺めていたのだなぁ……。


 もっと真面目に勉強させてもらえば良かった。個々人の能力もさることながら、それだけではない。何よりもパーティーとしての役割分担が美しい。仲間が魔法を唱える瞬間に生じる隙には、誰かが自然とカバーに入る。魔法が発動する瞬間にも、それが命中するように、素早く攪乱が行われる。四人で、ひとつの生き物みたいな動き。だから、このチンピラたちみたいに、仲間が魔法を唱えているのに棒立ちで見守っているなんてマヌケは起こらない。


 奴隷少年は当然、避けようと思えば、火の魔法をあっさり避けられただろう。


 勇者パーティーの戦闘を見慣れたボクには、とにかくお粗末な攻撃に思えた。


 しかし、案の定と云うべきか――。


 うん。


 奴隷少年は、避けなかった。


 木剣すら放り捨て、片手を無造作に突き出すと、火球を真っ向から受け止めてしまった。地獄甲子園でも観戦させられているのかな? わざわざ火の玉を相手にキャッチボールしなくとも、木剣で打ち返すぐらいで良いのでは……。まあ、ボクも含めて全員、この瞬間は驚愕していた。後から種明かしされた時には呆れるしかなかったけれど……。大男のパンチを喰らった理由と、まったく同じである。回避するよりも、木剣で打ち払うよりも、素手で受け止めてやった方がド派手なのは間違いない。この方が、相手の心をバキバキにできるだろうという狂った判断である。


 なお、この場面についても、後々、奴隷少年にインタビューを行った。


 反省した表情で、こんな風に語ってくれた。


「本当は、魔法抵抗レジストするつもりでした。でも、さすがに舐めすぎましたね……。僕は、本職の魔法使いというわけではありませんから、冷静に考え直すと無茶なんです。僕のスキルは基礎能力が優秀なので、やってやれないことは無いかと思っていましたが……ええ、もう二度とやることはないでしょう。身体が燃え上がる経験は、一生に一度で十分ですから」


 そんなわけで、魔法抵抗レジストで魔法を打ち消す予定が、できませんでした。


 火球を受け止めた奴隷少年の右腕は、思いっきり炎上しました。


 それでも、涼しい表情を崩さない奴隷少年。


 ヤセ我慢である。


 ド根性で耐えている。


 内心を知っていると、奴隷少年はとにかく阿呆なのだけど、表面的には、ものすごい化け物っぷりである。赤魔法が直撃したのに、ダメージを受けた様子がないのは、チンピラからすれば絶望的だろう。実際に、「あっ、あっ……う、嘘だぁ……。人間じゃねえ」などと、腹の底から恐怖した表情となり、ガクガクと足を震わせているチンピラ。奴隷少年は無表情のまま、ゆっくりと近づいて行く。腕が、燃えたままで。ほとんど、ゾンビみたい。


 至近距離まで詰め寄る。


 逃げることもできず、怯えたままのチンピラ。


 奴隷少年は燃える右腕を突き出し、格の違いを見せつけるように、魔法を唱えた。


 極東魔法学園の出身なので、奴隷少年が魔法を使用できることは、まったく不思議ではない。誤解している人間も多いけれど、魔法はスキルに関係なく、学問としてキッチリ修めれば使いこなせる。ただし、他の物事と同じく、魔法関係のスキルを持つ者と、持たざる者では、大人と子供ぐらいに魔法の性能に差が出てしまう。スキルを持たない者が十年以上も必死に学んで覚えるような魔法を、スキルを持つ者は、スキルの効果だけで自由自在に使えたりするのだから、まあ、無情である。


 結局のところ、魔法をわざわざ好んで使用する者は、魔法に関係したスキルを持つ者が大半ということだ。


 逆に云えば、スキルが関係ない人間は、魔法に興味を持つことも少ない。


 スキルが無ければ魔法を使えない、というイメージが一般的なのは、そんな理由である。


 奴隷少年のスキルについて。


 詮索するつもりは無いけれど、やっぱり自然と考えてしまう。


 曰く、「本職の魔法使いではない」。すなわち、奴隷少年のスキルは、魔法だけのスキルではない。剣術が達者である一方で、魔法にも精通していることは間違いないけれど……うーん、スキル『魔法剣士』とか? 鍵開けの魔法とか、あるのかな……? 考えすぎると沼にハマるので、これぐらいにしておこうか。


 チンピラに対して、奴隷少年が使用したのは赤魔法。


 燃える右腕から、炎まで打ち払う勢いで、雷が爆ぜた。


 離れた距離から見守っていたボクまで、目がくらむ。


 火球を投じる魔法とは、たぶん数段階はクラスが違うね。


 チンピラは一瞬で戦闘不能……というか、気絶していた。恐怖に引き攣った表情のまま、地面にバタンと倒れ込む。大男に続いて、二人目。もはや勝敗は決しているに等しいけれど、奴隷少年は最後まで恐怖と後悔を煽り続ける。ペラペラと口数の多かったチンピラに向けて、ゆっくり距離を詰めて行く。


 奴隷少年の右腕、雷の勢いで炎は消し飛んでいた。


 衣服はボロボロに燃え尽きていたものの、腕には火傷など負っていないようだ。


「ま、待て、待ってくれや! わ、悪かったわ。オレらが悪かったから、勘弁してくれ。見逃してくれたら、上の方にはええように云うとくから……なあ、頼むわっ! オレは戦闘系のスキルちゃうねん。お前みたいなもんに殴られたら、ほんまに死んでまう。や、やめてくれやぁ!」


 間合いを詰められて、遂には腰を抜かしてしまったチンピラ。


 わめき散らしていたが、奴隷少年は何も答えない。


 無言のまま、チンピラに圧をかけている。


 そうしている間に、奴隷少年の衣服の燃えカスになっていた部分が、ちぎれて落ちた。火球で燃え上がった右腕には、ダメージの痕跡はまったく無い。我慢と根性で耐え抜いたらしいけれど、スキルの基礎能力が高いとも語っていた。痛いのは痛い、熱いのは熱い。それでも、ダメージが残る程では無かったということだろう。


 剥き出しになった奴隷少年の右腕。


 それを見て、チンピラは絶句した。


「……そ、それ。……はあ? な、なんで……わけわからんぞ」


 奴隷少年の右腕には、二の腕から大きく、精緻なタトゥーが入っていた。


 ボクも、初めて見る。


 奴隷船の囚人服の頃から、今まで、奴隷少年は袖のある衣服しか着ていなかった。ほとんど素肌を見せないというか、露出は好まないようで、室内でもきっちりした服装ばかりである。うーん、タトゥーか……。礼節やマナーがしっかりしていて、気品すら感じさせる奴隷少年には、ちょっと似合わないかも。……まあ、でも、『夜露死苦』なんて彫られているわけでは無かったので、ギリギリのセーフ。図柄は、あれ、なんだろうか? 世界樹? それと、二柱の神の象形か?


 のんびり考えているボクに対して、隣の女船長は息を呑んでいた。


「はあ? おいおい、こいつは……」


 チンピラと同じく、驚愕している。


 ……あれ?


 ボクだけ、わかってない感じ?


 何やら、奴隷少年のタトゥーが途方もないって感じ?


「これを見られたからには、あなたは生きて返せないですね」


 奴隷少年は死刑宣告のように云い放ち、チンピラの顔面を蹴り上げて、その意識まで吹き飛ばした。


「ご主人様」


 奴隷少年は振り返り、深々と頭を下げてくる。


「面倒になりそうなため、この男は始末してもよろしいですか?」


「うん。それは仕方ないね、サクッと殺っておしまい……なんて、云えるわけないでしょう。ボクだけ状況把握できていないから、まずは説明を頼むよ。奴隷少年がタトゥーを入れるぐらい、若い頃はバリバリのヤンキーだったとか、ここからいきなり不良漫画みたいな血と涙の回想シーンが始まったとしても、ボクはドン引きしないからね」


 冗談を云って、場を和ませようとしたものの――。


 女船長の表情は渋いままだった。


 奴隷少年も、言葉を選んでいるのか、何も答えない。


 後から思い返せば、ターニングポイントのひとつだったかも知れない。砂漠の街で、ボクが新しい会社を立ち上げたこと。これから想像以上に……うん、ヤバいぐらいに稼いでしまうのだけど、商売がグングン軌道に乗り始める中で、この小競り合いが発端となり、商会との笑えない関係性が生まれてしまうこと。その後の大騒動まで含めて、すべて――。ここまでは部外者の顔で、あくまで陰に立ちながらサポートに徹していた奴隷少年だけど、ここから先は表に出て来てもらわなければいけない。ボクの隣に並び立ってもらわなければいけない。


 チンピラたちを、まるで物語の主人公みたいに薙ぎ倒してみせた。


 ボクには真似できない格好良さ。


 腕に隠していたタトゥーの秘密も含めて。


 主人公みたい、ではなく。


 彼は、正しく、主人公である。


 それこそ、女勇者みたいに。

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