第53話 勇者の独り言(4)

 さあ、奴隷商人の屋敷に殴り込みだ。


 ……。


 ……うん、間違えた。


 勇者という立場上、建前は大事である。


 最初から、殴り込みと表現するのは良くない。


 あくまで、まず穏便に話し合うのが目標である。


 話し合いの末、言葉だけでは決着が付かずに荒っぽいドタバタが巻き起こるかも知れないが、それはそれ。こちら側は対話による平和的解決を模索したのに、相手側が折れなかったという云いわけが……一応、できます。うん。


 そんな風に打算というか、私自身の良心を納得させるだけの理屈を考えていたけれど、残念。


 目論見は、あっさり崩れ去る。


 愛すべき仲間の手で。


「邪魔すんじゃないわよぉーっ!!」


 勇者パーティーの四人そろい踏みで、奴隷商人の屋敷にたどり着いた次の瞬間――。屈強な門番、頑丈な鉄門、鬱陶しい防犯魔法。あれやこれやの行く手を阻むもの、すべて丸ごと、女モンクがぶち抜いた。


 せめて、勇者パーティーであると名乗り上げるぐらいの前置きは合っても良かっただろう。用件を告げて、一言、二言を交わしてからぶん殴ったとして、それでも血の気が多い暴漢みたいなものである。ズンズンと肩を怒らせながら突っ込んでいき、初手でスキル『拳聖』の全力全開なんて、暴走したミノタウロスじゃないんだから……。「いや、ちょっと、さすがに……」と云いかけて、女モンクを止めようと中途半端に手を伸ばしたマヌケなポーズのまま、私はそんな風に思っていた。


 大地を叩き割るぐらいの震脚、怒りのオーラで真っ赤に輝く右拳。


 女モンクが立っている場所は、さながら爆心地。


 吹き飛んでいく門番。鉄くずになる門扉。


 や、やりすぎー。


 これはもう文句なしに、見本みたいな殴り込みである。


「奇襲は成功。それでは、ワシは裏手に回ろう。逃げる者があれば、一人残さず射貫こう」


 女モンクの感情任せの一撃に、なぜか満足そうな女アーチャーはそう云い残してスーッと姿を消した。


 い、ぬ、く、な!


 これまでの情報収集で、諸悪の根源が奴隷商人であることは確定したようなものだけど、だからと云って、この屋敷の使用人など全員に非があるかは不明である。いや、冷静に考えて、無関係の者が大半だろう。疑わしきは罰せず。勇者なので社会的規則に則りたい所だけど、パーティーメンバーで誰よりもアナーキーなのが女アーチャーである。


 エルフという超長命種は伊達ではない。


 大樹のように長生きなので、生命観、倫理観はドライを通り越して真空状態。


 疑わしい? とりあえず、殺すか?


 シラフでも酔っているような調子で、普段から何かにつけて、人間だろうと矢を射かけることに躊躇がない。


「ふ、二手に分かれよう。単独行動は良くない、ということで。モンクは、アーチャーといっしょに行って!」


 女モンクを目付け役として押し付けた。


 怒り心頭でも、女モンクならば罪なき人の命までは、さすがに奪わない。


 さて。


 そんな流れで、私と女賢者が、奴隷商人とその娘に向き合うこととなった。女モンクによるド派手な挨拶(門扉の破壊)は、ちゃんと屋敷中に何事かと響き渡っており、誰もかれも見事にパニック状態。私自身が勇者であると大声で名乗り上げながら屋敷の奥まで踏み込めば、あっさりと目的の人物たちを引きずり出すことができた。


 剣を抜いて、突きつける。


 軽く、脅し文句を吐いてやる。


 すると、彼らはペラペラとすべてを白状した。


 私も、まだまだ未熟者である。未熟である点は毎日のように自省しているけれど、感情の抑えが効かなくなるというのは、ほとんど子供みたいで情けない。


 あそび人が奴隷船に積み込まれて、西方の交易拠点で売り払われる予定というメチャクチャな状況を知ってしまい、まるで魔物を相手にする時のような殺意と敵意を向けてしまった。


 そして、それでも気が収まらずに剣先を震わせていた点も、やはり私の至らない部分だろう。


「うっ、が、ごぼおおぉぉわー!」


 突如として、奴隷商人とその娘が、盛大にえずきながら床をのたうち回り始めた。鼻や喉のあたりを掻きむしりながら、ガタンガタンと椅子やテーブルに身体を打ち付けている。


 え、え、なにごと……? ギョッとしたのは一瞬である。背後から感じる小さな魔力に、なんらかの魔法が発動していることをすぐに悟った。


 私はびっくりしながら振り返った。


「大丈夫ですよ、勇者さま」


 女賢者はパタパタと両手を振りながら、どのような魔法を唱えたのか、学校の先生みたいに解説してくれた。


「基礎の青魔法です。少量の水を生み出す日常生活魔法。ただし、この距離で、魔法耐性もほとんど無いような人たちだったので、スキル『全魔法』の強化補助込みならば狙い済ませると思いまして……鼻腔の奥や気管の近くに水流を生じさせました」


「……あー、鼻がツーンとしたり、ゲホゲホむせたり?」


「だから大丈夫です、これで死ぬ人はいません」


「うん、そうだね。そうだけど……」 


 鼻や口に水が入っただけにしては、苦しみ方がド派手である。


 沈黙する私に対して、女賢者は付け足した。


「より詳しく云うならば、数秒に一回、大さじ一杯ぐらいの水が流し込まれます。そして、この魔法の効果は、最低でも三日は続きます」


「……終わりなき拷問かな?」


 たぶん、普通に死ねる。


「魔法、解除してあげて」


「……そうですか。残念ですが、わかりました」


 最年少ながら、パーティーの良心である女賢者。


 前述の通り、社会のルールを逸脱する傾向の女アーチャーのストッパーを務めることも多い。なにかとパーティーの暴走を抑える立ち位置である(本当に、年下の女の子に申し訳ないかぎり)。


 今日は珍しく、暴走する側。


 いつもニコニコの爛漫な女賢者が、怒りを滲ませているのは珍しかった。


 おかげで、私も改めて冷静になることができた。


「正式な手続きを取らず、国民を人身売買することが違法なのは、奴隷商人であるならば当然知っているだろう。私は、勇者だ。ここでお前たちを斬り捨てても、それが正義として片付く。だが、今はやめておこう。許すわけではない。裁きは受けさせる。まずは、ちゃんと王国法の下で――そして万が一にも、奴隷船に乗せられた私の仲間が許されざる目に遭っていたならば……その時こそ、私は今一度、お前たちの汚い首を刎ねるために戻って来るだろう」


 私は剣を収める間も、最後まで怒りを抑え込んでいた。


 冷静になれ。


 まだ、混乱している。


 それでも、考えなければいけない。


 考えることは多いのだから。


 不幸中の幸いと云えるのか、この奴隷商人は羽振り良く、手広くやっていたものの、あの商会に所属しているわけではなかった。大量の奴隷の売買と西方貿易、この二つのキーワードが飛び出してきた時、真っ先に思い浮かんだのが商会という巨大な影である。


 権力でもなく、信仰心でもなく。


 財力という武器を携えて、大陸中に影響力を持つのが商会という大組織。


 西方にある砂漠都市は、古くからの交易拠点であり、それゆえ富の集まる土地であり、商会の本部拠点が位置することでも知られている。もしも、今回の厄介事を引き起こした奴隷商人が商会の所属だった場合は大変だっただろう。こちらに物事の道理があったとしても、商会の利にならないならば、大組織が敵対的に動き出す可能性もあったからだ。


 ひとまず、最悪は避けられた。


 ただし、奴隷船の向かう先は砂漠都市である。


 仲間を取り戻すため、商会と何らか関係することは避けられないかも知れない。


 そして、もうひとつ。


 どちらかと云えば、こちらの方が大問題である。


「西方の砂漠……よりによって、か。それとも、これも幸いと考えるべきか?」


 奴隷商人たちを縛り上げてから街の治安組織に引き渡した後、私たち、勇者パーティーの四人は今後の方針を話し合った。勇者パーティーの魔王討伐の旅――その次の目的地については、私たちの意見はぴったり一致する。女モンクと女賢者は、あそび人の救助を最優先にすべきと主張した。私もそれに異を唱えるつもりは無かったけれど、本来の目的を見失ってはいけないと、パーティーのリーダーとして諭すことも忘れなかった。


 あそび人を迎えに行くこと。


 魔王を打ち倒すこと。


「どちらにしろ、だな」


 勇者パーティーの次の目的地は、砂漠の街。


 勇者パーティーの活動の大半は、死力を尽くした戦闘でも無ければ、胸躍るような冒険でも無い。様々な都市や組織を巡り廻りながら、会議や社交場に参加しては人と人が手を取り合えるように言葉を尽くす。そんな日常は、本来の勇者の在り方を忘れさせそうになる。それも良いと時々思うけれど、忘れかけた頃には狙いすましたかのように、血で血を洗うような現実が突き出されるものだ。


 王国から緊急で知らされた情報がひとつあった。


 それは、魔王配下の四天王の一人が、砂漠の街で目撃されたというものだった。



 ◆ ◆ ◆



 END

 【間章】


 NEXT

 【第5章 大交易地のエロ触手】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る