第38話 奴隷少年
目的地の砂漠地帯に向けて、航海は順調に続いていた。
件の襲撃事件が落ち着いて以降、目立った問題は起きていない。再びの平和な時間の訪れに、ボクの気分もまた緩むかと思われたが……まあ、そこそこ引き締めつつ、がんばっているよ。
目的地に到着するまで、既に一週間を切っていた。
このまま航海が順調ならば、という条件が付くものの、たふん大丈夫だろう。女船長のスキル『海越え』の効果で、多少の悪天候ならば無視できるそうだ。さすがに嵐が来たらダメだけど、見渡すかぎり雲ひとつ無い。昨日も、本日も快晴なり、明日もきっとそうだろう。
「釣れそうですか、ご主人様?」
「ご主人様ってのは、やめて欲しいなぁ……。何度も云っているけど、ボクらは同じ奴隷なんだから」
真昼の船首で、釣りごっこに興じているボク。
背後にぴたりと立っている彼は、不思議そうに続けた。
「でも、ご主人様を呼ぶのに、それ以外の言葉は思い付きません。ご自分のことを奴隷と云われるのは、悪い冗談ですね。この船で一番偉いのは、たぶんご主人様ですから……」
「いやいや、それは船長だよ。当然でしょう?」
「その船長は、ご主人様の云いなりです」
うーん、人聞きの悪い。
まるで、女船長の方が奴隷みたいである。
女船長もアレで最後の一線は越えていないぞ。
例えば、ボクが今すぐ奴隷船を沈めろと無茶な命令をした所で、女船長が考えなしに従うとは思えない。というか、「なにをアホなこと云ってんだい」とぶん殴られるだけだろう。
「ご主人様はいつも、極端にふざけた考えで誤魔化しているような気がしますね。どう考えても、あの船長は虜ですよ。ご主人様が本気でそうしようと仕向けるならば、どんな無茶でも云い聞かせることができるはず……」
「そうだとしたら、ボクが無茶を云わないようにするから大丈夫だよ」
先ほどから、互いに反論の繰り返し。
ただし、この会話は、まったく険悪なものでは無い。
相手の丁寧で落ち着いた声色は、育ちの良さを感じさせるものだ。毎日こんな風にだらだら話し込んでいると、やはり知識も常識もあることがわかって来た。
奴隷らしくない奴隷である。第一印象からそんな感じだったので、ある意味、期待通りの人材がスカウトできたとも云える。
ボクのボディーガード。
あるいは、執事。御側付き。家来。
表現の仕方なんて、まあ、なんでも良いのだけど、襲撃事件があって以降、ボクに四六時中付き従う仕事をやってもらっている。
「それ以上でも、それ以下でも……いえ、それ以下はありませんね。それ以上の何者でもなく、僕はご主人様の奴隷です」
「だから、ボクも奴隷なんだって!」
「奴隷の奴隷……。まさしく、それ以下の存在はありませんね」
うまいこと云ってやった、と嬉しそうな表情が、彼の若さである。それと、人間味かな。自然体ではあるものの、ちょっと恰好付けな所があるのだ。
それでも許されるのは、彼が本当にめちゃくちゃ恰好いい顔をしているからだろう。イケメンだったら何を云っても許されるってヤツだね。……ん、ボク? 二人並ぶと、まさに月とスッポンですよ。死にたい。
奴隷少年。
奴隷美少年と表記するのは、さすがにクドいので。
ボクの身を守りつつ、身の回りも任せられるような一挙両得の人材を探し求めて、船底に押し込められている奴隷たちを見に行ったら、真っ先にズキューンと彼の姿が目に飛び込んできた。
というか、ゴミ捨て場に咲いた白百合のようだった。やつれ果てて、生気を失った奴隷たちがひしめく中で、この少年だけは真冬の三日月みたいに、鋭利な輝き、美しさを放っていた。
思わず、見惚れるぐらいに。
まずはスキルを確認して、使える人間か、使えない人間かを判断するという最初のステップ。それを完全に無視したボクは、奴隷少年に「君に決めた!」と勢いよく話しかけていた。
うん、そうだね。
これは、ボクが何もかも悪い。
奴隷少年は優秀な人材だったので、結果としては正解だったものの、見た目や雰囲気だけで採用を決めるなんて、ボクが会社の人事をやったら現場が即死である。ちなみに、ボクに前置きなく話しかけられた奴隷少年は、何事かと目を丸くしていた。ドン引きされなかった事だけが幸いである。
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