第39話 触手と魚釣り

「で、釣れそうなんですか?」


 奴隷少年は、改めて尋ねてくる。


「どうだろうね? 釣れると良いけれど……」


「そもそも、それは釣りなんですか?」


 奴隷少年の疑問は当然だろう。


 ボクだって、頭のおかしい行為だって思っているよ。


「釣り針も、釣り竿も、何も無いけれど、魚が釣れるならば、それは釣りでしょうが」


「哲学的ですね。釣れるならば、ですね」


「手厳しい。まあ、見てなよ」


 ボクは、釣り竿を持っていない。手ぶらで、釣りの真似事をしている。釣り糸の代わりに何を垂らしているかと云えば、エロ触手である。


 船首像を、じっと見つめる。帆船の先端にあるその飾りは、創生の女神を象ったものである。この世界は二柱の女神が創生したという神話があるけれど、これはどちらの像だろうか? ボクには見分けが付かない。神様には興味がないからだ。


 15歳、神託の日。今でこそ、ボクはスキル『エロ触手』を嫌ってはいないけれど、あの日に人生を狂わされた事実まで許したわけではない。


 スキルは、神様からの贈り物。


 プレゼントの豪華さにバラつきがあるのは、神様の気まぐれで良いだろうさ。平凡なスキルがたくさん用意されている中に、ちょっとだけレアスキルが混ざっている。スキル『勇者』のような超豪華な一点物だって、もしかしたら神様の遊び心かも知れない。


 しかし、プレゼントはプレゼントであるべきだ。


 ボクだけ、プレゼントだと思ってワクワクしていたら、大人のおもちゃが飛び出してきた! まだまだ幼さの残る15歳に、エロって付いたドッキリを用意するんじゃねえ! 倫理観とか道徳観とかバグってんのか。


 というわけで、二柱の創生神については、ボクの中ではどちらも淫乱女神として蔑んでいる。


 さすがに公言すると、大国に等しい権力と武力を持っている教会本部から異端認定されそうなので、あくまで心の中でそう思っているだけ。


 今、虚空の穴を開いて、エロ触手をコンニチハさせている場所が、女神像の股間であることに関しても、ポジション的にそこがベストだったというだけで、他意は無いんだよ、本当だよ?


「冒涜的な光景ですね」


 奴隷少年が感想を漏らしているが、無視。


 ボクは代わりに、今やっていることを説明する。


「エロ触手には、魚に、エロいことしておいでって云ってある」


「……魚に、性行為を。それはとても、斬新というか……。人類種には未知の領域にチャレンジするなんて、さすがご主人様です」


「そうなんだよ。ボク、実は鮮魚フェチで、水に濡れたピチピチの鱗がたまらない……っていうのは冗談だけど。別に、魚の痴態が見たくてやってるわけじゃ無いよ」


 世の中には、魚人好きって特殊性癖の人々もいるらしいけれど、ボクはそこら辺の美的感覚は至ってノーマルである。普通に、美男美女が好き。勇者パーティーの仲間たち、女船長、この奴隷少年などなど、最近はじっくり眺めていられる名画みたいな容姿の持ち主ばかりで、世界が輝きを増したかのようだ。


「ちなみに、ボクのことを無理に褒めなくて良いからね。ご主人様だからって、なんでもヨイショする必要は無いというか、ご主人様でも何でも無いから……。ただの奴隷仲間なんだから、ね?」


 云い聞かせるが、奴隷少年は首を横に振る。


 やれやれ。


「立場や関係性は大事ですよ。僕は奴隷として振る舞うことで、ご主人様の下で働くことができます。それを下手に崩したくはありません」


「奴隷少年は、何歳なの?」


 考え方が、ボクよりもしっかりしているように思えたので、何気なく質問してみる。


 見た目には、十代の後半か?


 ボクより、ちょっと若そうだけど。


「……ク18歳です」


「まあ、やっぱりそれぐらいか」


 エロ触手を海中に解き放ってから、一分以上が経過していた。


 ボクは、手元の懐中時計できっちり時間を計っている。


 暇つぶしで、釣りをやっているわけでは無いのだ。


 まあ、大物が釣れたならば、奴隷船の貧相な食事に少しぐらい寄与できるかもね。


 目的地への到着まで一週間を切り、奴隷船の航路はいよいよ大陸沿いに近づいて来た。外洋のど真ん中ではなかなか魚の生息域を見つけられないため、釣りの真似事にチャレンジするのは本日が初めてである。果たして、どうなるか……。


「お!」


 エロ触手が、勢いよく浮上して来る。


 海面から飛び出したエロ触手の鎌首には、大きな魚が拘束されていた。「ポチ、こっちにおいで」と命令を出してやれば、エロ触手は意を汲んだのか、ボクのすぐ近くに魚を落としてくれた。ピチピチ、ピチピチ……大きくのたうち、跳ね回っているが、これは陸に上げられた魚として当然の反応だろう。エロ触手に海中で攻められて、快楽でビクンビクンしているわけではない。たぶん。


「成功だ」


「性交?」


「違うって」


 釣果に喜んでいるわけではない。


 これもまた、己のスキルを理解するための訓練である。


 釣りの真似事でわかったことが幾つかある。まず簡単な所では、エロ触手は水に濡れることは平気らしい。海中も大丈夫である。吊り上げられた魚は、いつもの粘液でヌルヌルしていることから、水中、海中でも、エロいことの性能が落ちる心配は無さそうだ。まあ、水の中でエロいことを仕掛けるなんて状況はあまり考えたくないけれどね。


 それよりも、汎用的に活用できそうな発見があった。


 ひとつは、エロ触手の効果範囲である。船首から海面まで、船体の高さ分に加えて、さらに魚の生息している深さまで伸びていた。正確にどれだけの水深まで達したのかは不明であるものの、浅い所を探し回っているという様子ではなかった。虚空の穴から、胴体部分がスルスルといつまでも伸びて行く様子に、途中からドキドキし始めたぐらいだ。ポチ……君、どれだけ長いの?


 もうひとつ。


 こちらの方が重要だろう。

 

 ボクは釣りを始める際に、『魚』という不特定多数のターゲットを指定した。その上さらに、ボク自身がターゲットを未確認の状態だった。かなりファジーな条件設定だったけれど、エロ触手は問題なく命令を完遂してみせた。


 この成果から、具体的な状況を想定してみよう。


 例えば、ゴブリンの巣食う洞窟を発見した場合――。


 もしかすると、攻略のために巣穴に足を踏み入れる必要が無いかも知れない。


 洞窟の入口で、「ゴブリンにエロいこと」と命令を下してやれば、ほとんど自動的にエロ触手が片付けてくれる……かも知れない。これもまた、実際に試してみなければわからないことだ。今回は「魚」で問題なかったものの、どこまでのキーワードであれば、エロ触手が認識してくれるかも、色々と試してみたいね。


「ご主人様」


 奴隷少年が、妙に真剣な表情で尋ねてきた。


「最初から、疑問には感じていたのですが……」


 ピチピチと跳ね回る魚を、タイミングよく突いているエロ触手を指差し、奴隷少年は首を傾げる。


「ご主人様のスキル『エロ触手』は、ユニークスキルなのですか?」

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