第37話 防音
エロ触手がようやく落ち着き、拘束から解かれて、ボクは身だしなみを整える。
ハンカチで顔の粘液を拭った。
ふう……。
心なしか、ピカピカ、ツヤツヤ。
キリっとした表情を作り、気持ちを切り替えていく。
「あれだけぶっ飛んだ後で、よくもまあ、何事もありませんでしたって顔ができるねぇ……」
「お褒めにあずかり光栄ですよ」
「まったく、褒めてないんだけどねぇ……。うん、タフなのは良いことだよ」
さて、気を取り直した所で、女船長に何があったのかを説明する。
ボクがエロ触手と盛大にお戯れしていた件については、誤魔化しても良かったけれど、まあ、女船長だけならば別に良いだろう……。正直に話してしまう。もし誤魔化すならば、日中の屋外にも関わらず、我慢できずにエロ触手と絡み始める性欲の化け物みたいなキャラクターを今後演じていく必要があるので、それはそれでダメージが大きいからね。
スキル『エロ触手』に限らない話だけど、スキルに頼ったバトルスタイルは、対策を練られると色々キツいものがある。そのため、己のスキルに関わる情報はできるだけ伏せておいた方が無難なのだ。ボクは戦闘の専門家ではないけれど、戦闘のノウハウみたいなものは、勇者パーティーの面々との何気ない日々の雑談で学んでいた。
詰まる所、手札を明かすか、明かさないか。
明かしてしまえば、それはもう切り札ではなくなる。
まあ、女船長との爛れた関係を踏まえると、今後にガチバトルで殺し合うなんて展開は起こりそうもない。あるいは、起こしたくもない。そんなわけで、別に良いというボクの判断。エロ触手の「エロいこと邪魔しないでよカウンター戦法」を説明するぐらい、なにも問題はないだろうさ。
「あんた、アホだったんだねぇ」
ドヤ顔でリッチすら屠った戦闘方法を解説したら、これである。
あー、女船長に呆れられるという問題は見過ごしていましたねぇ。
エロ触手、何をやってもドン引きされるという根本的な問題点……。これだけは今後も解決することは無い気がするね。スキル『エロ触手』を手にした者の宿命だろうか。いや、宿命とか、わざわざ恰好付けて呼ぶもんでも無いな。ブサイクに生まれた人間が、鏡を見ながら「これも宿命か……」って恰好付けるようなもんだ。
エロ触手の見た目がアレ過ぎるのが悪いのかも知れないね。
今度、リボンでも結んでやるか。狙ってみるか、キモかわいいってヤツを!
何はともあれ、ボクはこんな風になった経緯をすべて説明してやった。
女船長は、大きく、うなずく。
そして、メインマストに三人の船員をロープで縛ったまま吊るし上げた。
「いや、そこまでしなくても……」
「ケジメは大事だよ! 航行中に他人を襲うなんて、本当は海に放り捨ててやっても良いんだ。あんたが許してやって欲しいと云ってくれたから、これぐらいで済ませてやってるんだよ。おら、このクソバカ共がっ、死ぬ気で反省しなっ! ていうか、死ねっ! 死んじまってから反省しろ!」
女船長は終始、ブチ切れモード。
なぜ、被害者であるボクの方が、必死になだめる側なのか?
ちなみに、三人の船員たちが意識を取り戻した所で、犯行動機や釈明はちゃんと聞いていた。
まあ、だからこそ、ボクも庇う側に回っているというか……。
むしろ、申し訳ないというか……。
船員たちは年齢も、乗組員として働いてきた年数も、当然ながらバラバラである。祖父の代から、この奴隷船に乗っているベテランだって何人かいる。そうした船員は、女船長のことを我が子のように見守っているそうだ。そこまでのベテランでなくとも、何年も働いてきた中堅の船員たちは、女船長に対し、純粋な敬愛の気持ちを持っている。船乗りとして、キャプテンとして、やはり女船長はかなり優れているという証だろう。
それから、ヒヨッコの船員たち。
彼らにとっての、女船長は……。
うーん、なんというか……。
好き好き大好き超愛してる! って感じ?
まあ、真面目に考察するならば、シンプルに憧れの気持ちが強いんだろう。そこに、しっかり美人な女船長にちょっと恋焦がれる気持ちが入り混じり、なんだかややこしい感情になって行く。好きだけど、どうにかなりたいわけではなく、手を出すこともなく、手を出すことなんて恐れ多いみたいな……。
何はともあれ。
この奴隷船の船員たちは全員、女船長になんらかハッキリとした感情を持っている。
これまで絶対不可侵の聖域みたいな存在だった、女船長。
土足で踏み荒らすような、ボク。
夜が来るたび、船長室で繰り広げられる狂演。
三人の船員たちに、大粒の涙を流されながら訴えられてしまった。
いや……。
うん。申し訳ないと思いましたよ……。
云われてみれば、当たり前なのだけど、オンボロの奴隷船、船長室だからって防音がしっかりしているはずも無いのだ。ドラを鳴らすぐらいの大音声で、あえぎまくる女船長。毎晩、甲板から船倉まで、響き渡っていたらしい。「しゅごいっ! しゅごいっ!」とか「もっとぉー、もっともっとぉー、イジメてぇぇえーっ!」、「ンッ、イッ、グウウウッッー!」などのメス豚リサイタル。
前述の通り、船員たちはみんな、女船長に強めの感情を抱いている。
たくさん並んだハンモックに揺られながら、波の音、船体のきしみ、あえぎ声を聞きながら、彼らは全員、すすり泣く夜を過ごして来たらしい。もう耐えられません! ダメだ、耐えろ! だって、船長が……! 黙れ、あんなに喜んでいる船長の声を聞いたことがあるか? 船長の喜びは、俺たちの喜びだ! 笑え! みんな笑え! 泣くんじゃない、泣くんじゃ……ウッ、ウッ……。と、ボクのまったくあずかり知らぬ所で、そんな人間ドラマが繰り広げられていたらしい。
そんなドラマのクライマックスとして、今回の襲撃事件が起きてしまったというわけだ。
……うん。
なんか、ゴメンね?
「死ね! 反省しろ! ちゃんと死んだら降ろしてやろうじゃないか!」
マストに吊られた三人に対し、怒涛の罵倒を繰り返している女船長。
スゴい。
珍しく、ボクの方がドン引きしている。
三人の船員たちから嗚咽まじりの話を聞かされた後でも、そんなことは知らねぇんだよ、みたいな調子で、ひたすら襲撃事件のことだけをピンポイントで叱責しているのだ。人の上に立っている者の胆力ってヤツかな? ボクなんて被害者なのに、なあなあであっさり許しているけれど……。どちらが正しいのか。あるいは、どちらが良いのか。よくわからないね。
恥ずかしいアレコレが、船員たちに漏れなく生中継だった事実については、どうなんでしょうか?
今さら、恥ずかしがることでもないのかな?
あるいは、もしかしたら、怒りで自分自身を誤魔化しているのかも知れない。今晩あたり、ベッドの上で我に返って、ギャーとゴロゴロしている女船長の姿が目に浮かぶ。これまで通りならば、「頼むから、忘れさせて欲しい」とエロ触手を求められる気がするけれど……。うーん、これは急いで防音の方法を考えないといけませんね。
「ねえ、あんた……。これはちょっと、今後の対策が必要だねぇ」
「そうですね。ひとまずドアや窓の隙間をきっちり塞ぐなどして……」
「音漏れの話じゃないよ。そっちの対策も必要だけどさあ……うぅ……」
女船長は頭を抱えながらも、ボクに提案して来た。
このまま順調に航海が進んだとして、目的地まで一週間以上ある。その期間に、また同じようなトラブルが起きないとは云い切れない。船員全員を厳しく躾けなおすつもりらしいけれど、根っこは感情の問題だからね。女船長がボクを手元に置き続けるかぎり、短期間で根本的な解決は難しいだろう。
それゆえ、だ。
女船長が提案したのは、ボディーガード。
奴隷たちの中から、ボクの身を守る者を選ぼうという話になった。
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