第36話 エロ触手 VS 三人の船員
女船長は、船員たちからの信頼が厚い。あるいは、信仰も強い。暴言を吐かれても、暴力を振るわれても、それでも従順に付き従うだけの関係性が、女船長と船員たちの間には最初から出来上がっていた。
そこに颯爽と登場した、ボクという異物である。
奴隷のクセに、女船長からの寵愛を受けて、真っ昼間から人目をはばからずにベタベタベタベタ……いや、ボクじゃないよ! 絡んで来るのは、女船長の方だよ。エロ触手を絡めるのは、ボクの方だけどねっ!
最初に暗雲が立ち込め始めた頃も、船員たちからはお嬢様学校のイビりみたいな嫌がらせを受けたというのは、以前にもちょっと触れただろう。思い返しても、デカい虫入りのスープは嫌だったなぁ……。さすがに悲鳴を上げた。他はまあ、全然大したこと無かったけれど。
なにせ、欲望の街でトップを張っていた時代の嫌がらせは、もっと陰湿でねちっこいものだった。組織の後ろ盾があったので、命を狙われるような大きなトラブルには見舞われなかったものの、逆に、同業のライバルたちの嫉妬による小さなトラブルに関しては、そんなもん、てめぇでなんとかしやがれみたいな扱いだった。
お客さんからのプレゼントを装って、豚の生首とか届いたことがある。これぞ、超本格派の嫌がらせだろう。手間暇と、情熱のかけ方がダンチ。欲望の街のドロドロ具合は、やはり世界一である。
何はともあれ、ボクが大抵の嫌がらせに平然としていたためか、女船長から盛大なお叱りを受けたためか、船員たちからの口出し、手出しはある日を境にピタリと止まった。穏やかな日常の訪れ。正直な所、ボクは日向ぼっこする野良猫のように、のんびりと油断していた。嵐の前の静けさと気付くべきだったね。
あれやこれやの嫌がらせで鬱憤を晴らしていた船員たち。
遠くから見守ることしかできなくなった彼らの胸中はどんなものだったか。
マグマのようにドロドロと焼け付く想いを抱えたまま、一週間、二週間……噴火は時間の問題になっていたわけだ。そうとは知らないまま、日課となっている昼の散歩に出ていたボクは、一人きり、わざわざ目立たない船尾の物陰に足を踏み入れてしまった。
突如として響き渡る、複数人の雄たけび。
お、俺たちの船長を返せええぇぇーっ!
「うわわっ!」
なんだなんだ?
……いや、本当になんぞ?
禿頭の大男たちが三人連なって、号泣してグシャグシャの顔で突撃して来る。棍棒をぐるぐる振り回しながら。癇癪を起したお嬢様のごとき、甲高い悲鳴が尾を引いている。キエェー! キイィー! 胸に押し込んでいた感情が爆発した乙女だろうか。それにしては物騒である。普通に、撲殺されそうな勢いだった。
あまりの衝撃的な光景に足が止まっていたボクだけど、ハッと我に返る。
「ポチ!」
三人同時に止められるか?
一人でも漏らしたら、撲殺だぞ?
ならば、こっちだ――。
「ボクに、エロいことを!」
三本のエロ触手と、三人のハゲの大男が、刹那の緊迫感でスローモーションになった世界の中で、徐々に迫り来る。……うーん、なんだこれ? 極限の集中力を発揮して、こんな光景を見つめたくなかった。思わず、瞳を閉じようかと考えてしまうぐらいだけど、いやいや、アホなことを考えている場合ではなかった。
ボクはギリギリで気付く。
「あ!」
蘇るのは、エロ触手がスケルトンの群れを薙ぎ払った一撃。
エロ触手の格違いの攻撃により、スケルトンたちは塵も残さず消滅した。そう、塵も残さないほどの圧倒的パワーである。そんなものが人体に思いっきり向けられたら、どうなるか? 甲板に特大のトマトを潰した飛沫が三つ分、できあがりだ。
「ポ、ポチ、手加減して!」
ボクにできるのは、叫ぶことぐらい。
エロ触手は基本的に、よい子である。ボクの命令が意に沿わないものだった場合でも、テンションが下がるものの、ちゃんと従ってくれる。自由にしてヨシ、というフリーオーダーでも、ボクの顔色を窺いながら、細かい所まで加減を考えてくれる。うん、可愛いやつ。愛玩動物みたいな飼いやすさ。皆さんもご家庭に一本いかがですか、とオススメしたくなるね。
犬か猫かで例えるならば、ハッキリと、これは犬である。
どれだけ賢い犬でも、まったく手が掛からないなんて事はあり得ないように、触手にも問題はいくつかある。そのひとつは、テンションが上がり切った時には自制が効かなくなる点だろう。イヤッホーと駆け回る犬のように、命令を受け付けなくなる。それから、何もかも全力全開になってしまう。
今にも、「なんだこいつら、邪魔だなぁ」と放たれかけている、触手の薙ぎ払い。
こんな寸前で、ボクのお願いをちゃんと聞き届けてくれるか……かなりハラハラしたものの、吹っ飛んでいく三人の大男たちを見て、まずはホッと安心した。
四肢が千切れて飛び散ったり、首がぐるぐると捻じれたり、目を覆いたくなるようなスプラッタが展開されなくて、本当に良かったよ。しばらくうめき声が上がっていたものの、彼らは気を失ったのか、すぐ静かになった。
正当防衛?
別に、手加減の必要はなかったかな?
そうだったとしても、ここまで同じ船で顔を合わせていた人々を殺したくはない。
あれもこれもエロ触手に頼り切りで、ボク自身の強さなんて風には胸を張れないけれど……。殺意を込めて挑んで来た相手にも、殺さないという選択肢が選べるのは、とても良いことだろうさ。身に余るぐらいの力を自覚しているけれど、相変わらずの甘ちゃん。圧倒的な力に酔い痴れるダークヒーローみたいな立ち位置は、ふざけたボクにはたぶん似合わないからね。まあ、仕方ないさ。許してほしい。
さて。
突発的な事故みたいなものだったけれど、大きな収穫。
エロ触手のカウンター攻撃、威力の調節ができると確認できたのは、今後の立ち回りの幅がかなり広がる。前々から実験する必要があるとは思っていたものの、失敗の可能性がある以上は、人間相手に試すことはできなかった。ぶっつけ本番でやってしまった感じだけど、結果オーライ。それこそ正当防衛なので、気にせず喜んでおこう。
人間相手にも――。
殺したくない相手にも、エロ触手で攻撃可能である。
新たな発見に対して、ボクが朦朧としたまま感じ入っていると、散歩から帰って来ないことを心配したのか、あるいは相変わらず片時も離れたくないのか、女船長がわざわざ探しにやって来た。
「な、なんだい、これは……?」
船尾の片隅に広がっていた光景に、さすがの女船長もギョッとした様子。
三人の大男は、完璧にノックダウンされた状態で倒れている。
ボクの方は、ただただ一人、エロ触手に嬲られている。
「オワァァアー!」
何があったか説明したいけれど、あえぎ声以外を発せない。
……うん、最初に発見してくれたのが、女船長で良かったと前向きに考えよう。
普段は、こちらが痴態を見ているので。
こちらの痴態を見られても、お互い様ということで、どうかよろしく。
「な、なにが……。どうすれば、こ、こんな意味のわかんない状態に……?」
女船長は呆然としたまま、つぶやいている。
うん。
ある意味で、凄惨な殺人現場よりも目を覆いたくなる光景だろうさ。
ボクは理性すら尽き果てそうな状況なので、名探偵にでも代わりをお願いしたいよ。真実はいつもひとつかも知れないけれど、「嫉妬に狂ったヤンデレ船員たちに襲われて、エロ触手のカウンター攻撃を発動させるために自爆エロを決行したボク」という状況をぴたりと推理できる人間は、たぶんこの世にいない。もし存在したら世も末だろう。詰まる所、やっぱりボク自身で説明するしかないのだ。
気合を入れろ。
さあ、口を開け。
「オッ、オッ、オワァァアー!」
無理でしたごめんなさい。
エロ触手が落ち着くまで、もうしばらくお待ちください。
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