ぽんぽん丸

枯樹生華

送迎の車は今日も用意されていなかった。眠らない街という言葉は事実ではなく、始発の時間は繁華街も静かになる。時々道の傍らで眠っている人がいる。この街も確かに眠っている。


キャバクラで働き出してから6年になる。男に体を触られて、かわりにお酒をすすめて暮らしている。


綺羅びやかな世界は私からはもう遠くなってしまった。年齢を重ねる度に綺麗な場所から自然と離れてしまう。


今では私と似た古いお店でずっと年下の女の子に気を遣いながら過ごしている。


送迎の車は毎回いろいろな理由で来なくなった。新しく入ったボーイの男の子は私に言いにくそうに車が来ない理由を伝えると、決まってすぐに店長のところへ戻って行く。


「言われたとおりに言ってきました!」


実際に聞こえたことはないけど、そう思わないほどバカではない。嘘を共有すると人間は仲良くなるから、きっと店長は嘘をつかせることであの子を操ろうとしている。私はボーイを1人懐柔するための出汁になっている。そのうち私が自ら辞めると言い出すと2人の絆は完成するだろう。


マンションの下に着くと静かにドアを閉める人を1人は見かける。私も彼等に習って誰もいない部屋へ静かに帰宅する。


家に帰ると眠たくなるまで興味のない動画を流す。分厚い遮光カーテンの内側で朝に撮ったような綺麗な世界がスマートフォンから漏れてくると落ち着く。暗い場所に私のサイズの朝がある。


初めはゴールデンレトリバーを飼う夫婦の動画を見ていた。もしかしたらゴールデンレトリバーの動画も家庭的な料理の動画を見ていてたどり着いたのかもしれないし、家庭的な料理の動画も無人島でナイフだけで過ごす女性を見ていたからかもしれない。


そういえば今抱いている抱き枕はゴールデンレトリバーの家族が使っていたのと同じ物を買った。だけどあの可愛いワンちゃんが今も生きているのかは知らない。無人島の女性はあの調子だと死んでいるかもしれない。


興味と無関心を繰り返してどうやってたどり着いたのかはもうわからないけど、私は奈津子先生にたどりついた。


茎が生花鋏で断ち切られる。剣山に刺す。作品の全体像が映される。


「同じ背丈のお花をこうして整えて流れをつくるとすごく良くなりましたね。花道では丈比べと言って…」


顔出しをせずに花道の解説をする奈津子先生の動画はちょうど良い。興味のない知らない世界が好き。睡魔がやっと迎えにきてくれたときに、すんなり忘れて身を委ねることができる。私には睡魔もなかなか迎えに来ないから。


私を迎えにくるものは、車も睡魔も人も、しばらくない。


動画は放おっておいても次々に再生される。


「お花には顔があります。向きを意識してあげるだけで…ほら!こんなにも変わります」


私にも顔があるのだろうか?眠たい脳で考えていると次の動画が始まる。


「一度萎れたお花もきちんと手を入れればまた元気になります。枯れたお花を元気にする様子を例えて、枯樹生華という言葉があります。困難なことをやり遂げるという意味ですが、とっても簡単に出来るのでぜひお試しください」


また次の動画。

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ぽんぽん丸 @mukuponpon

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