第13話
「あの、岡田さん……」
「岡田さーん! あ、宮田さん。今、帰りですか?」
私の声を遮って現れたのは、1年下の後輩、杉本さん。
「あ、うん」
「お疲れ様です。今から病院に行かれるんですよね?」
「ええ、まあ……」
私が定時に帰らせてもらっているのは、病院に通うためだ。今日からしばらくは妹が行ってくれるから今日は行かないと、言えなかった。
「私なんかじゃ大した役に立てないですけど、何かあればおっしゃってくださいね!」
彼女が朗らかに笑う。その笑顔にざわつく気持ちを必死で隠し「ありがとう」と笑顔を作って返す。
彼女は、私の代わりに企画開発部に入ってくれた。もともと企画開発部を希望していたとはいえ、急な移動で迷惑をかけたのは私の方だ。彼女を悪く思うのは筋違いだと頭では分かっているけれど、彼の隣に立って仕事の話をする彼女の姿にかつての自分の姿が見えて、胸がざわつくのが抑えられない。
「それじゃ、お先に失礼します」
「お疲れ」
「お疲れ様でした!」
仕事の話をする2人にぺこりと頭を下げ、その場を去ろうとする背中に声がかかった。
「美奈!」
社内では苗字呼びを徹底している彼から名前を呼ばれ、驚いて返事もできないまま勢いよく振り向くと、包み込むような優しい眼差しと合った。
「何時でもいいから、連絡ちょうだい。電話でもLINEでも、どっちでもいいから」
私の様子に、彼が何を感じたのか分からない。きっと、母の看病に疲れ切ってると思っての気遣いだろう。それでも、泣きそうになるほど嬉しかった。彼の言葉が。彼の優しさが。
「うん、する……後で、必ず電話する……」
——彼に話そう。彼に聞いてもらおう。たとえ信じてもらえなくても、この辛い毎日から抜け出す方法を、一緒に考えてもらおう。
彼の優しさに溢れそうになる涙を抑え、そう答えた。
帰りの電車の中、美憂から電話がかかってきた。用件はわかっていた。出たくなかったけれど、出ないわけにはいかなかった。
「お姉ちゃん! すぐに病院に来て!」
その後の展開は、いつもと同じだった。私が病院に着いた時、母の救命処置は続いていた。何をやっても母は死ぬと知っていながら、母の急変に怯える美憂を慰め続けた。父が訪れた時には、母の死は確定していた。
美優の嗚咽と父の怒声を聞きながら、私はずっと彼のことを考えていた。なんとかこの病室を抜け出し、彼に電話をかけに行けないかと。
結局、彼に電話をかけるひまもないまま、翌朝を迎えてしまった。
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