第12話

 終業のチャイムと同時に席を立ち、まだ仕事をしている人たちに「お先に失礼します」と声をかける。

「お疲れ様」

「お疲れ」

 まだ仕事中の上司や同僚に見送られ、更衣室へと向かう。

 母が倒れてすぐ、病院に通うために定時で帰れる部署への移動を申し出た。その希望はあっさり叶えられ、同時に私の家の事情は職場内に知れ渡ってしまった。

 ありがたいけど、やりづらい。それが、正直な気持ちだった。

「宮田さん」

 更衣室に向かう途中、後ろから名前を呼ばれた。

「岡田さん!」

「お疲れ」

 振り返ると、彼が片手を上げて笑っていた。久しぶりに会えた嬉しさから、彼の元に小走りでかけていく。

「なんか、久しぶりだね」

「そう、ですね……」

 母が倒れる前、私は彼と同じ企画開発部にいた。難しくもやりがいのある仕事、厳しくも優しい先輩たちに支えられ、とても充実していた。

 事務に移動になってからは、彼とほとんど顔を合わすことがなくなったから、こうして顔を見られただけで、とても嬉しい。

「こんな聞き方すると変だけど……元気?」

「はい……元気、です」

「本当に? なんか、疲れた顔してるよ」

 彼の鋭くも優しい言葉が、私の胸を打つ。

 母が最初に死んだ日のように、全てを打ち明けたくなった。その胸にすがりついて、泣きたくなった。母の死を目の当たりにし、妹の慟哭と父の怒声を耳にする毎日に、疲弊しきっていると。だけどそんなこと、言えるはずがない。信じてもらえるわけがない。看病疲れで、おかしくなっていると思われるだけだ。

 だから私は、最近板についてきた作り笑顔を浮かべ、こう返す。

「体力的には、やっぱりきついです。でも、それだけ。土日はダラダラして休んでるから大丈夫」

「そう? それならいいけど。最近、電話もLINEもくれないから心配してたんだ」

「あ! ごめんなさい」

 母の死に振り回され、彼とまともに連絡を取れていないことにも気付かなかった。

「いいよ。でも、あんまりほったらかされていると、俺、拗ねるよ」

 彼はわざとらしく唇を尖らせた後、恥ずかしそうに笑った。その笑顔に、私も自然と笑顔になる。

 いつもそうだ。彼はいつも優しく、気遣ってくれる。だからまた、彼にすがりたくなった。あの日のように、泣いて全てを話して聞いて欲しい衝動に駆られてしまった。

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