第6話

 目を開くと、見慣れた天井があった。

 がばりと起き上がり、辺りを見回し、自分の部屋だと理解する。震える手で顔を覆って、長い息を吐く。

 ——あれは夢だ。全部夢だ。ずっと夢を見ていたんだ。

 そう思うのに、頭から離れない父の叫び声。

『じゃあ、なんで妻は死んだんだ!?』

 ——死んでない! 死んでなんかいない! お母さんは絶対死なない!

 頭の中の父の声を打ち消すように心の中で叫び続けていると、控えめなノックの音が聞こえた。

「お姉ちゃん。大丈夫?」

「美憂……」

「どうしたのお姉ちゃん。体調悪いの? 顔色すごく悪いよ」

 いつも通りの美憂の姿を見て、少し心が落ち着いてきた。

「今何時? それより、今日は何曜日?」

「日曜日だよ。もうすぐ9時になるよ」

「そう。良かった……」

 平日じゃないことに安堵した。平日の9時じゃ、完全に遅刻だ。

「今日ね、お父さんが急な仕事で出勤になったんだ」

「なんで?」

 思わず不満が口から出た。

 私は病院に通うために、部署移動までしたのに。役職に就いている父に、私と同じように定時で帰れとは言わないけれど、休日出勤させるなんて、ひどすぎる。

「お姉ちゃん調子悪そうだし、お母さんのところにはあたし1人で行って来るよ」

「あ……」

 美憂に気を遣わせてしまった。私も一緒に行くと言いたかった。だけど、開いた口からは言葉は出ない。

「ごめん……」

 絞り出してやっと出てきたのは、そんな言葉。

「いいよいいよ。それより、起きてこれる? 朝ご飯、持って来ようか?」

 美憂の優しい言葉に、ずきりと胸が痛む。『一緒に行くよ』と言ってあげたいのに、頭の中の光景がその言葉を言わせない。

「大丈夫。もう降りる」

 罪悪感から目を逸らし、のろのろと着替えを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る