第2話 参謀の参謀

 そんな時代に、戒厳令というものは発令されたのだ。

 ただ、戒厳令というのは、あくまでも、

「有事の際」

 に発令されるものである。

 しかし、日本国においては、憲法第9条において、兵力を保持せず、放棄する。そして、専守防衛に限ってのみ、抗うことができるというような趣旨の憲法になっているので、九品的に、

「日本に有事は存在しない」

 ということになっているのだ。

 しかし、軍事クーデターや、暴動のようなものはないのかも知れないが、

「未曽有の災害」

 は存在するだろう。

 かといって、暴動であったり、クーデターのようなものは、日本でもいくらか発生している。それでも、憲法がある以上、

「戒厳令」

 というものはないのだった。

 暴動というのであれば、戦後すぐくらいの、

「日米安保問題」

 における、学生運動などは、あれこそ、暴動だったのではないだろうか?

 学生と警官隊との攻防が続いたのは、もはや、それを知っている世代がほぼほぼいなくなっていることで説明も難しいだろう。

 では、クーデターはどうだろうか?

 さすがに軍事クーデターなるものは今のところ存在はしていないが、それを、

「クーデターではなく、テロ」

 だということにすれば、今から20数年前に起こった、いわゆる、

「地下鉄サリン事件」

 などは、完全に、

「毒ガステロ」

 だったといえるのではないだろうか・

 暴動というところまでは起こらず、警察や救急隊員が何とか収めたが、しかし、犯人グループであるとされた、某カルト宗教集団に、強制捜査が入ったとしても、なかなか証拠をつかむことができずにいたのも、もどかしい思いで見ていた人もいるだろう。

 逮捕し、そこから20年経ったところで、実行犯である全員の死刑が執行され、完全に、

「過去の事件」

 ということになってしまったが、これも、風化させてはいけないことであった。

 もっとも、それから、テロ防止の法律ができたのはよかったのだろうが、現在の日本の体制において、本当にそれで十分なのかどうか、難しいところであろう。

 では、災害においてはどうだろう?

 記憶に残っていて、トラウマになるほどの忘れられない災害というと、皆が皆口を揃えていうとすれば、

「平成に起こった大きな地震」

 つまりは、

「阪神大震災」

「東日本大震災」

 ということになるだろう。

 東日本の震災に関しては、10年経った今でも、テレビ番組で特集されたり、ドラマが作られたりとして、意識の中に残っている。

 阪神大震災は、すでに四半世紀経っていることで、記憶として残っている人は、一定の年齢以上の人ということになるだろう。

 何しろ、衝撃的な映像が信じられないような状況だったのだ。

「国道の高架が、落っこちて、下の鉄道の線路を塞いでいる。ビルの途中の階が潰されて、少し傾いている。ある商店街一体が、火事で数日燃え続けている」

 などと言う光景をいくつも見せられた。

 ただ、何が衝撃的といって、

「高速道路を支える支柱が折れてしまい、高速道路が完全に横倒しになっている光景」

 であった。

 あの光景を見て、

「まるで、この世の地獄だ」

 と思った人も多いだろう。

 しかも、その場所が、人口密集地の住宅街である、阪神間だったことは、衝撃以外の何者でもなかった。

「阪神間というと、災害がほとんどない、住みやすいところだ」

 という伝説のようなものがあったのに、そんなところで、関東大震災に匹敵する。いやそれ以上の大地震が起こったということで、衝撃だった。

 そして、そのそれ以上という部分で、設計家の想像をはるかに超えた耐震強度が求められるということを知ったが、後の祭りだったのだ。

 ほとんどが、想定以上だったことで、ほとんどの建築物が崩壊してしまった。それが悲劇であったのだろう。

 さらに、東日本大震災においては、

「地震もさることながら、津波の恐怖があった」

 ということである。

 今まで、日本は、地震が起こっても、臨時ニュースなどで、

「今回の地震で、津波の心配はありません」

 ということで、ほぼほぼ、気にすることはなかったのだが、地震が大きくなると、今度は津波がもろに襲ってくる。

 阪神大震災における震源地は、幸いなことにというべきか、目の前には四国があり、紀伊半島があった、そのおかげで、瀬戸内という、

「内海」

 になっていることで、津波が発生しなかったのだろうが、東北地方は、目の前にあるのは、大きく開けた太平洋だったのだ。

 防ぐものは何もない。その状態で津波が発生すれば、一気に襲ってきた津波を、避けることは不可能だ。

 できるだけ高台に避難するしかなく、それもほぼ無理であった。

 そのため被害は広がった。特にひどかったのが、

「原発事故」

 というものも発生し、しかも、それが

「人災だった」

 ということが大きかったのだ。

 しかも、当時の政府は、それまでの政府から初めて変わった野党が、与党の腐敗した政治の間隙をつく形で、政権を取ったはいいが、野党の間の威勢のいい言葉というのが、

「口だけだった」

 ということが露呈していた。

 政策をいろいろ出してはいたが、そのどれもが、ひどいもので、ほとんど、公約すら果たせないということで、完全に、

「国民の期待を裏切った」

 という形になり、とどめにこの地震の対応が、

「住民に寄り添って対処しなければいけないのに、被災者から少し政府に対して文句をいう人がいると、何とそれに対して逆ギレするという、とんでもない議員がいたりしたくらいだった」

 しかも、その議員は現地で、被災者と直接やりあっているのである。

 完全に、

「国民すべての人を、敵に回した」

 と言ってもいいだろう。

 しかも、それが引き金の一つとなり、一期で、また政権が元与党に戻ってしまった。

 確かに、

「あの政党よりマシだろう」

 といって、野党にやらせてみたが、そのまさかが起こりひどい政権だったことで、

「どんなにひどい政権でも、与党の方が経験があるだけマシなのか?」

 ということになり、それ以降、野党は、完全に底辺を蠢いているに過ぎない存在になった。

 だからこそ、政権与党はやりたい放題。

 野党も批判はするが、もう国三は、

「どうせ口だけだ」

 ということが分かっているので、野党に賛同もしない。

 だから、世論は、政府を批判したり、支持率を少し下げながらも、何とか生命線を維持し、国民も、

「もう絶対に野党に政権を渡してはいけない」

 ということが政治の最優先課題になってしまったのだ。

 今の日本のこのひどい政府を作り、そしてそれをのさばらせている原因の主要な一つが、この、

「野党のだらしなさである」

 ということに他ならないのだろう。

 さて、そんな世の中であったが、それでも、日本は、

「日本国憲法を守り、戦争放棄国家として君臨してきたが、どうにも世界情勢がそれを許さない状況にもなってきた」

 と言えるだろう。

 まわりでは、日本の領土を脅かすかのように、恫喝してくる存在の国もあったり、平気でミサイルを実験と称して、ぶっぱなすところもある。

 そんな問題が日本には、出てきたのだ。

 さらに、ここ数年の、

「世界的なパンデミック」

 においては、さすがに、東日本大震災の時の、野党政府のように、国民に対して、

「逆ギレ」

 などという、とんでもない政治家が出てはきていないが、相変わらずの政策のまずさで、国民は、嫌気が刺している。

 一番の問題は、最初の水際対策の失敗で、政府が信用できないと思ってしまったことは政府には痛手だっただろう。しいていえば、

「それでも、野党よりはマシだ」

 ということから、何とか政府が生き残っているというだけで、

「首の皮一枚」

 という状況に違いはない。

 つまり、国民もそうだが、政府も、

「平和ボケ」

 しているのだ。

 このパンデミックで、人がどんどん死んでいったり、患者が増えすぎて、

「医療崩壊を起こした」

 と言っているのに、ほとんどの人はそこまで危機感を持っていない。

 どちらかというと、

「経済を回して、自由に生活ができるようになる方が優先だ」

 と言っているのだ。

 救急車を呼んだら、少なくとも病院まで最短で行ってくれて、最高の医療体制で見てくれるので、

「もし助からなかったとすれば、それは、ある程度仕方のないことだ」

 ということが言われるに違いない。

 しかし、救急車が来てくれても、受け入れ病院が見つからないのだ。

 つまり、救急車の中で、患者が苦しみながら死んでいくのを、できるだけのことをしても、助けることができず、見ているだけなのだ。

 家族にすればたまったものではない。

「少しでも、患者が少なかったら」

 あるいは、

「患者が増えても、それをまかなえるだけの医療体制を政府が拡充していてくれていれば」

 と思うのは当然である。

 しかし、上限には限界というものがある、

「いくら拡充しても、この増え続けている患者がここまで異常になるとは想定していなかった」

 と政府はいうであろう。

「だったら、患者を増やさないようにするのが、政府の仕事なんじゃないか?」

 と被害者側は思うだろう。

 つまりこれは、

「政府の政策への怠慢が起こした人災だ」

 と言いたいのも無理はないに違いない。

 そもそも、患者がどんどん死んでいっているというのに、国民は、

「やれ、旅行だ」

「やれ、祭りだ」

 といって浮かれている。

 政府とすれば、

「そろそろ経済を回さないと、そっちで行き詰って、自殺者が増えてしまえば、本末転倒だ」

 とでも言いたいのだろう。

 しかも、こともあろうに、せっかく今まで水際対策をしっかりしていたのに、渡航制限を緩和し、外人どもを受け入れるというのだから、

「何を考えているんだ」

 ということである。

 まさか、

「流行り出したら、また制限を掛ければいい」

 などという甘い考えでいるのではないだろうか?

 そんなことだから、パンデミック対策で、支持率を下げるのだ。

 最近では何を考えてか、その支持率をアップさせようということからなのか、行動制限をなくして、

「マスクも表では義務付けをしない」

 などということを言い出した。

 国民もバカだから、

「ああ、政府のお墨付きができた」

 ということで、マスクを外して歩いているバカな連中が増えたのだった。

 だが、政府とすれば、

「どうせ国民は政府が何をいおうともいうことなんか聞かないんだ」

 ということで、支持率アップを目指すのだ。

 いうことを聞かないという根拠としては、

「ワクチン接種率」

 にあるのではないだろうか?

 政府がワクチンを、

「摂取してください」

 と言っているのに、若い連中がほとんど摂取しない。

 もちろん、マスゴミによる、摂取に対してのいろいろな批判があることで、国民が煽られているというもおある。

 そもそも、マスゴミというのは、事実ではなくても、

「売れる記事」

 であれば、いくらでもでっち上げるという、ある意味一番、ポリシーのない業界ではないか。

 戦争前には国民を戦争に煽り、軍に抑圧されると、ウソの記事を書く。社説などで、過激なことを書くと、それを信じる国民もいる。

 そもそも、学者のお偉い先生が社説を書いていて、国民のほとんどが、学者が書いている社説を理解できるかどうか分からない状況においてそれでも書くのだから、それは、

「まったくのムダ」

 というべきか、

「本来の目的とはかけ離れた結果をもたらすことになる」

 ということを考えさせられるということなのだろう。

 マスゴミというのは、本当に、

「マスメディアというものを大義名分としたゴミでしかない。だから、マスゴミなんだ」

 と言われても仕方がないだろう。

「一体、マスゴミというのは、我々国民を、どこの地獄に連れて行こうとしているのだろうか?」

 と言っても過言ではないだろう。

 今までに起こった、人間による事件のほとんどは、

「マスゴミに扇動された」

 あるいは、

「洗脳された」

 と言ってもいいのではないだろうか?

 とにかく、今も昔も変わらず、

「悪は悪」

 として君臨するものもあれば、

「今の世の中だから存在するものもある」

 というものも存在しているのだった。

 今のこんな時代において、先々代がいくつかの時代を乗り越えて、今の会社を作ったことで、山中家は、富豪の地位に登りつけた。

 すでに父である先々代は、この世にはおらず、山赤平八郎も、社長の座を息子の勉に譲り、会長となって、まだ会社の実権を握っていた。

 表向きは社長がすべてを取り仕切っていることになっているので、社長には、参謀をつけるようにしていた。

 名前を小平修平といい、修平は、専務に就任していた。元々、自分が社長をしていた頃から、

「有望だ」

 ということで、若いうちから、

「異例の出世」

 をさせ、一時期、他の会社に出向させて、そこで経営手腕を学ばせるような、

「荒療治」

 も行った。

 その時にも、先代が自分につけてくれた教育係を彼の参謀として、一緒に出向先に出向かせ、一から、

「参謀学」

 を学ばせたのだった。

 そういう意味では、今回の小平は、

「参謀の参謀」

 と言ったところであろうか?

 しかも、小平がどれだけ優秀だったのかということは、自分を教育してくれたことでも分かった。

 しかし、本当は、

「社長の片腕」

 としての手腕を持ち合わせていたので、参謀の育成に、どれほどふさわしいのは未知数だった。

 しかし、実際に、他に適任者がいるわけではない。

「しいていえば」

 ということで白羽の矢が立ったのは、小平しかいないではないか。

 ちなみに年齢としては、会長である平八郎は、58歳。長男の勉は36歳になる。そして、小平は、52歳であった。

 ということは、社長になるために日夜帝王学を勉強していた頃の平八郎が、今の勉くらいの年の時は、まだ20代だったのだ。

 平八郎も心の中で、

「将来社長となるこの俺が、まだ20代の若造にいろいろ教えられなければいけないだなんて」

 と、プライドが許さないという気持ちになっていた。

 しかし、実際に教わっていくと、彼の教え方。考え方は、それまで自分が必要としてきたことや、考えていたことを超越していた。

「俺にはとても思いつかない」

 ということを思っていたのだ。

 そんな小平も、実は家族が、一種の参謀華族だった。

 父親も別の会社の専務に収まっていて、会社のナンバーツーになっていた。

 そのことを聞きつけた先代が、修平を引き抜いた形になったのだが、実に正解だった。

 小平家は、山中家よりも、世襲はもっと昔からだった。

 戦後の動乱を社長と切り抜けることで、先々代くらいの人が、参謀となってから、代々世襲が行われているようだった。

 ただ、小平家の考え方として、

「先代の地盤を決して受け継がず、息子は別の会社で参謀となる」

 ということを家訓のようにしていた。

 初代が考えていたのは、

「参謀を世襲で続けていくと、会社に慣れ切ってしまい、下手をして、会社が何か問題を起こし、社長一家に禍を起こさないという理由で、参謀である自分たちが、会社の犠牲になってしまうことはないように」

 というのが理由であった。

 その代の時であれば、それまで散々、参謀に助けてもらっていたことで、それ何かが起こったとしても、

「参謀を裏切ることは、自分たちの滅亡を一三する」

 と考えることで、参謀を守りながら、参謀に、その危機を切り抜けることを考えてもらおうとするだろう。

 しかし、これが世襲となり二代目となると、どうしても、先代と比べられ、世襲であれば、

「しょうがない、自分たちが生き残るためだ」

 ということで、会社に裏切られる可能性が高いということであった。

 そのことを、初代は予見していた。

 特に会社が世襲の会社であることから、先代に対して、

「尊敬はしているが、どうにも納得がいかない」

 という二代目は、意外と多かったりする。

 そのため、二代目は先代がやっていたことを継承しなかったりする場合もあるが、それは、参謀としても同じである。

 ただ、参謀がいなければ、自分一人では何もできない。ただ、そのうちに自分も立派な社長になるだろうから、その時になって、

「先代のやっていたことをことごとく、辞めてしまえば、きっと参謀の男は、社長や会社のいうことに歯向かってくるだろう」

 ということであった。

 そうなってくると、いつでも首を切ることができ、

「先代の遺産」

 というような、

「カビの生えたものを一掃できる」

 と思っているのかも知れない。

 ただ、まだ今は先代も、元気で、最近は、病院に通うことも多く、入院も時々しているようだが、まだまだ元気だという話だ。

 だから、

「先代の目の黒いうちは、何もできない」

 と勉は思っていた。

 平八郎も、初代の父親に対して、少なからずの不満を持っていたことはあった。

 そのことは、参謀である小平も分かっていた。

 しかし、分かっていながら黙っていたのは、

「これくらいならまだマシだ」

 と思ったからだろう。

 確かに、小平という男は、人心掌握術には長けていた。小柄で、腰が低く、どこか昭和の臭いがすることから、平八郎は、敬意を表して、

「サル」

 と呼んでいた。

 これは、小ばかにしたかのように聞こえるが、ここでいう、

「サル」

 というのは、織田信長における、

「木下藤吉郎」

 のことである。

 農民から武士になりたいということで、信長のところにやってきて、信長の目にかなった木下藤吉郎。

 彼は、元々、信長の草履取りだったというが、そこから一気に出世を重ね、浅井家攻略と、浅井家に嫁いでいた、信長の妹の

「お市に方」

 と、その三人娘を助けたことで、大名に取り立てられ、近江の琵琶湖のほとりである長浜に城を建てたところから、武士としての、彼の実績が築かれていくのであった。

 そんな木下藤吉郎と呼ばれていた時代から、信長は、

「サル」

 と呼び、

「武士らしい名前」

 ということで、苗字を、織田軍団の重鎮、丹羽長秀と、柴田勝家から一字ずつもらい、

「羽柴秀吉」

 と名乗るまでに至ったのである。

 そういう意味で平八郎は、自分の参謀となるべく先代が引き抜いてきたこの男、

「小平修平」

 を、敬意をこめて、

「サル」

 と呼ぶのだった。

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