第7話 前世の性分は今世にも(胸糞注意その1)

 エスティナ王国西部出身のイヴァンという男は、生来賢いものの暴力を好み、幼いころから実の弟を虐めては両親の頭を悩ませていた。


 しかし、賢さというものが同世代どころか街の大人よりはるかに上で、ゆくゆくは王都の学校に通って官僚になるだろう、と褒めそやされて育った。平民の出世となれば商売で稼ぐか官僚になるかの二択だ。イヴァンの両親は小さな私立学校の教師であったため、イヴァンへ勉強の大切さを説いて、大事に育てていた。


 だが、年齢を重ねるにつれ、体が大人に近づくにつれ、イヴァンの言動や行動は目に余るものとなっていた。


 十一歳のとき、イヴァンは初めて強盗罪と暴行罪で捕まった。たった十一歳では異例のことだったが、何せ子どもを集めて集団的犯罪を行わせ、従わない者には見せしめの私刑リンチで殴る蹴るの暴行が繰り返されていたという。複数人で裕福そうな商人や年配者を狙って襲い掛かり、金品を強奪するばかりか、抵抗されたからと寄ってたかって乱暴し、二度と歩けない体にされた被害者さえいたのだ。


 ところが、イヴァンはその後、あっさりと釈放された。担当判事にいわゆる『司法取引』を持ちかけ、対立するその街の有力者を引き摺り下ろす手助けをしたのだ。


 釈放後もイヴァンは「子どものやることに目くじらを立てるな」、「被害者も悪いやつらだった」などとまるで反省の色はなく、徐々にそのやり口は巧妙化し、街全体に己に逆らえない空気を作り出していった。家のある子どももない子どもも、真っ当な職人も商人も、イヴァンの両親や弟さえも、街の悪人たちにコネクションを作って好きなときに好きな人間を殴って犯してとやりたい放題に振る舞うイヴァンにほとほと手を焼いていた。


 あまりの素行の悪さに、イヴァンは十四歳のとき両親から絶縁を言い渡された。そのきっかけは、弟に対する暴行が日に日に血を見るものになっていき、ついには弟をかばう両親さえもイヴァンの暴力に怯えるようになったからだ。


 すでに大人と変わらない体格と、妙な自信をつけていたイヴァンは、両親からの絶縁宣言に対して弟の殺害という報復を行なった。それも、縄で縛られた両親の目の前で、という猟奇りょうき的な殺人だ。そうして満足したイヴァンはすぐに家を飛び出し、犯罪の積み重ねによって街で集めた金を手に逃亡の旅に出たのだった。


 十人中十人が碌でもない人間だと言うであろうイヴァンだが、ここからの足取りは途絶えている。


 なぜならイヴァンは名前を変え、ときに他人になりすまし、冷酷非道に犯罪に手を染めて——人殺しさえ躊躇ためらわないどころか、その証拠隠滅や逃亡方法があまりにも巧妙であったため、同一人物の犯罪であると認められるところが少なすぎたのだ。何よりイヴァンは同じ集団に長期間所属することはなく、ある日足取りが忽然と消える。その繰り返しをされれば、いかに優秀な判事や警察官であろうと人物同定や追跡は困難だ。


 とはいえ、裏社会の人間なら大抵その犯行が『イヴァン』のものだと分かる。そのくらい、イヴァンは常識外れの知恵を回して、人生を謳歌おうかしていた。のちに似たような理由で放浪中だったエラという女性と出会い、意気投合して行動を共にするようになれば、その犯行度合いはますます過激化し、潜在化していく。


 こうして、世紀の連続殺人犯シリアルキラー『イヴァンとエラ』は誕生した。

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 ……ここまでが、ミリエットの掴んだ情報だった。


 他領の犯罪に関する資料を徹底的に集め、判明している『イヴァン』の出身地の警察官たちをあらゆる手を尽くして発奮させて指揮した。


 アルマナの『未来視』や自身の『過去視』も使い、数年かけて各地に協力者を地道に増やしたミリエットは、ブライス伯爵家令嬢として信頼のおける領主代理人となって司法関係者をまとめ上げるほどとなり、この『イヴァンとエラ』対策を着実に進めてきていたのだ。


 それは自分たちのための復讐が大前提だが——そもそもで得た知識を最大限悪用し、己の欲望のままに他人を傷つけ、命さえも奪っていくような悪人たちを放っておいてはいけない。


 元々私情で復讐を企んだ身としては、正義や大義のためとはとても言いたくないが、ミリエットはそう旗を振らざるを得なかった。それほどまでに、『イヴァンとエラ』……いや、糸魚川静いといがわしずかの前世の夫とその不倫相手の行いは、度し難い。許し難い。


 ミリエットは、あくまで人間として決意する。


 決して、そんなやつらを生かしておいてはいけないのだ。

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 夕刻までにミリエットは領都中心部にある警察署に捜査本部を立ち上げ、領内から集めた優秀な警察官や兵士たちの行動を開始させた。


 一度自宅に帰っていた『鍵師』ダイレが警察署に駆け込み、見事『イヴァンとエラ』に接触して合鍵を渡したと報告が入ったとき、捜査本部では歓声が上がった。目標が罠にかかり、ここからが本番だ。


 数便に分けて、腕に覚えのある警察官と兵士をブライス伯爵邸に移動させ、潜ませる。領都から怪しい人物が出られないよう監視を強化し、あえて伯爵邸付近は平常の警戒体制を維持する。


 すると——多くの人々が寝静まった夜更け、三日月が沈むころ。


 今は滅多に使われないブライス伯爵邸の裏門の扉が、招かれざるものの待ち望まれた客人たちの手で開かれた。


 フードで顔を隠した、ひと組の男女だった。

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