第4話 連絡支援員は伯母ヴィリディアーナ
アルマナとミリエットが正式に魔女と認定されて一ヶ月後、ブライス伯爵邸に二人専属の
翠緑のドレスに優雅な木陰模様のショールを羽織った四十過ぎの、金髪の巻き髪を揺らす淑女は、父の書斎で緊張していた二人を見るなり大喜びで抱きついた。
「ああもう、もちもちお肌ね二人とも! 可愛い姪が魔女、それも二人ともだなんて、本当にブライス伯爵家史上最大の名誉じゃないかしら」
いくら淑女の細腕とはいえ、まだ五歳の幼児は力では敵わず、抱きしめられながらアルマナは挨拶の言葉を投げかけた。
「ヴィリディアーナ伯母さま、ごきげんよう」
「苦しいから、腕外して」
ミリエットの嘆願に、淑女ヴィリディアーナはぱっと両腕を離して、一歩引いてから
「はい、ごきげんよう、お久しぶり。国王陛下から二人の
まだまだ若々しいヴィリディアーナは、二人へお茶目にウインクする。
一つは高い知性。この国の栄えある貴族の一員として、魔女へ正しい情報と知識を与えられる助言者となれること。
もう一つは信頼関係を築くコミュニケーション能力。魔女はその異能ゆえに孤高の存在となりがちであるため、自身との関係はおろか、国や民と魔女を信頼関係をもって繋ぐ
そのどちらも、ヴィリディアーナは兼ね備えている。伯爵家令嬢として高い水準の教育を受け、社交界では多数のサロンを開いている実績があり顔が利く。何よりも、まだ子どもであるアルマナとミリエットにとって信頼できる大人——できれば近しい親類縁者であることが求められた。
つまり、父方の伯母となれば文句のつけようもない。『
父ブライス伯爵からは「今後必要な本などもあるだろうし、機密事項も多いだろうから、書斎を使いなさい」と二人が言われたところから察するに、どうやらヴィリディアーナは教育係としての役割が大きそうだ。
書斎のスツールを三つ並べて『お話し合い』が始まる前に、ミリエットはヴィリディアーナへこう尋ねた。
「あの、ディア伯母さま。異能って、強くなるのですか?」
「ええ、使うごとに、歳を取るごとに強まっていくと聞くわ。若い魔女でも強力な子はいるけれど、お婆さまになった魔女は本当にすごいのよ。海よりも深い知識と、万の大軍よりも強い異能、太陽よりも暖かな慈愛を携えた、この国の国母たちとも称される存在よ。まあ、もちろんご老体だからそうそうお外には出られないし、私のような
なるほど、とアルマナとミリエットは納得する。要は、使い慣れれば慣れるほど強力な異能が使えるようになる、ということらしい。
ならば、一刻も早く異能を強化するためには、積極的に『過去視』と『未来視』の異能を使っていけばいい。ひとまず必要な情報を得て、二人は異能をできるかぎり強くするという今後の目標を立てていく。
そこへ、思い出した、とばかりにヴィリディアーナがハンドバックから封書を取り出した。
「ああ、そうだわ。『
「えっ、魔女からお手紙……?」
「知らない人なのに?」
「ウィグラッフ侯爵夫人は高名な占星術の大家なのよ。魔女の異能でどんなことも占ってしまえるの、そのお方が進んで占ってくださるなんてすごいわ」
ヴィリディアーナは大層喜んでいるが、アルマナとミリエットには不安しかない。一体何を言われるのか、戦々恐々しながら封書を受け取り、おぼつかない手つきでアルマナは中の手紙を取り出す。
ところが、アルマナは「んん?」と怪訝な声を上げた。横から覗き見たミリエットも、手紙というよりもただ何かのフレーズを並べただけのそれに、不可思議な表情を浮かべる。
文字ばかりの書面をじっと眺めて、ミリエットは自信なさげに正体を推測する。
「これ、人名リスト? 名前ばっかりたくさん書いているわ」
「でも、聞いたことのないものばかりだわ。それに、名字がある人もない人もいる。ディア伯母さま、これは?」
どれどれ、とヴィリディアーナは手紙を受け取る。しかし、中身をざっと斜め読みしたのち、あっさりと降参した。
「答えたいのは山々だけれど、これの真意は私にも分からないわ。ただ、このあたりの名前を見るかぎり、ブライス伯爵家の周辺の貴族たちも名前を連ねているわね。ここは魔女が三人、『炎熱視』のパドレ女大公ラティーナ、『霊圏視』のクルアヴィン女伯爵ウルリカ、『魔術視』のノルゴーツ公爵夫人リディアナイン……そのうちお会いするでしょうけれど、うーん、何の名簿かしらね……知らない名前も多いし」
三人はしげしげと封書と手紙を観察してみるが、封書には宛名と差出人名、手紙にはリストのような人名の羅列しか記載されていない。
ヴィリディアーナの指摘したとおり、手紙は名簿と見て間違いない。しかし、何の名簿かまでは図りかねた。『占星視』の魔女、ウィグラッフ侯爵夫人フィデルマータはアルマナとミリエットへ何を伝えたかったのだろうか——。
そんなときだった。ミリエットが突然、悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「あっ!?」
椅子に座ったままミリエットは頭を抱えて、背中を丸める。すぐに隣にいたアルマナは、手紙をヴィリディアーナへ手渡し、ミリエットを抱えるようにして問いかける。
「ミリエット? どうしたの?」
「う、ううん、何でもないわ。ちょっと、めまいがしただけ」
顔をうつむかせいたミリエットが、アルマナへ視線を送った。
その視線の意図を察したアルマナは、ミリエットに合わせてヴィリディアーナへ嘘を吐いた。
「ディア伯母さま、ミリエットを休ませてもいい? お部屋に連れて行ってくるわ」
「ええ、それならメイドの付き添いを」
「だ、大丈夫! すぐだから!」
ミリエットの背中をさすりながら、アルマナは書斎から退出する。少し離れた二人の寝室まで行く道すがら、ミリエットはアルマナへ耳打ちした。
「アルマナ、あれ。あの名簿は、すごいわ」
「何がすごいの?」
「全部載っているの。この先、私たちが深く関わる人物の名前が」
ミリエットの発言の真意は、アルマナへも伝わってくる。
ミリエットはあの名簿にある名前へ、『過去視』を使った。すると名簿の一番上の名前は、見事に二人の因縁の相手——前世の夫とその不倫相手が転生したこの世界での名前だったのだ。
前世の夫はイヴァン、不倫相手はエラ、それが今の名前らしい。間違いなく、『過去視』で思い出したくもない過去を見て、ミリエットは確信を得たのだ。
『占星視』の魔女は、アルマナとミリエットのためにさりげなく手助けをしてくれた。前世がはっきりとしている魔女以外には分からない方法で、二人の復讐に必要なものをしっかりと届けてくれていた。
それに対する礼は後日するとして、『過去視』の影響で興奮気味のミリエットは、震える声でつぶやく。
「あの男とあの女も、この世界に転生している。必ず探し出して、三人分の復讐をしてやるんだから……!」
もちろんよ、とアルマナは頷く。
ミリエットと同じく『未来視』の異能を使って、復讐相手の未来を探る。
本音を言うなら、今すぐにでも伯爵家の権力を用いて始末しに行きたい。だが、
唇を噛み締め、アルマナは迂遠にしか思えない未来の復讐の道筋を、何度も何度も『視』ていた。
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