第3話 あまりにも悲惨な前世

 それはコンスタンツェがやってくる少し前のこと。


 『過去視』と『未来視』の異能を得たアルマナとミリエットは、まずは前世の記憶を確かなものとするために、ミリエットの『過去視』で糸魚川静の人生を遡ることにした。


 結論から言えば、糸魚川静という女性の最期は、凄惨なものだった。


 夫と不倫相手の女性から殴る蹴るの暴行を受け、あまりの遺体損壊の激しさから死因は特定できなかったほどだ。しかも、静は胎児を身籠っており、当然ながら母親とともに死亡した。


 内気で穏やかな性格の静は、夫にとって都合のいい女だった。不倫しようがどうしようが何も言えない、なぜなら静は天涯孤独の身の上で、働きに出ることも許されなかったから手元にはほとんど金がない。唯々諾々いいだくだくと夫に従い、そして出した食事が気に入らなかったという些細なきっかけで殺された。


 そこまでが、『過去視』の異能を持つミリエットが知った前世の記憶だ。


 アルマナとミリエットには、朧げにしか前世の記憶が残っていなかった。なので、ミリエットは己の前世である過去をすべて『過去視』したのだが——実際のところ、あまりにもひどすぎてポロポロと記憶から抜け落ちていたようだった——終わった途端、うなされるように泣き出した。


「……ひどい、ひどすぎる。どうして誰も助けてくれなかったの? どうすれば助かっていたの? 分からない、あの男とあの女は笑いながらと子どもを殺した」


 震えながらそう語るミリエットを、アルマナは抱きしめた。糸魚川静の記憶の悲惨さ、その理由は魂の繋がりによって情報を共有するアルマナには痛いほど理解できる。


 自分たちと子どもは、信頼すべき人間に裏切られ、人を人とも思わぬ理不尽な暴力によって人生を閉ざされた。それを知っただけでも、すでに胸が張り裂けそうだ。


 それに、ミリエットは糸魚川静の過去を見る上でもう一つ、重要な情報を掴んだ。


「アルマナ、あのあと……令詩れいしは事故死していたみたい」

令詩れいしが!?」


 深刻な表情で、ミリエットは小さく首を縦に振る。アルマナは、前世でのもう一人の我が子の死の知らせに驚いてそれ以上声が出ない。


 糸魚川静が死んだとき、息子の令詩はまだ三歳だった。その日、幼稚園へ迎えにいく前に静は死んでしまい、どうなったのかは皆目見当もつかなかった。ショックのあまり薄れていた記憶が少しずつよみがえり、一緒に繋いで歩いたまだ小さな手を思い出す。


「私もまだ信じられない。私たちが死んだあと、五歳の誕生日に家を出て、車にはねられてって……あの男が、まともに育てられるはずもなかったのよ。だから、喧嘩してお母さんを探そうとして、飛び出て」


 ミリエットも、それより先を口にすることはさすがに憚られた。


 どうしようもない人生だったが、子どもたちにまで不幸を背負わせてしまった。そう思えば、悔やんでも悔やみきれない。


 そこで、アルマナは閃いた。


「そうだわ。二人の『未来』を『視』れば……!」


 紫の瞳が鬼気迫る生気を得た。ミリエットの取得した前世の記憶から縁を辿り、子どもたちが次の人生、つまり『未来』でどうしているかを探る。


 何となくだが、アルマナは彼らがこの世界にいるのではないかと思った。そうでなければ、いかに異能であっても別の世界の人間の未来まで『視』ることさえ叶わないだろう。


 案の定、その勘は当たった。


 アルマナの脳裏には、一人の少年の後ろ姿が浮かぶ。身なりのいいシャツとズボン、切り揃えられた赤茶色の髪、女の子のように白い肌。


 その少年が令詩だ、とアルマナは確信した。母親の直感というべきか、それとも前世と雰囲気が酷似しているというべきか、とにかくまずは無事転生して良家の子女らしい格好をしていることを喜ぶべきだ。


 それと、もう一人。名前も付けられなかった胎児のと縁はごくごく薄く、この世界に存在はあるようだがかなり曖昧だった。無理もない、しかしもっとアルマナの異能が強まれば確定できるはずだ。


 アルマナは気色ばみ、身を乗り出してミリエットを安心させるために大袈裟に振る舞う。記憶を共有し、情報を共有する身だから二人のあいだで誤魔化しは効かない。しかし、事実は事実、それなら沈んだ気分を浮かび上がらせるため、双子の姉として、もう一人の自分として励ますことは有用だった。


「大丈夫、令詩はこの世界にいるわ。うっすら見えた、転生先はこの国のどこかの貴族よ。きっとまた会えるはず」

「お腹にいたあの子も?」

「ええ! もうちょっと情報を集めないと正確なところまで分からないから、待っていてね」


 ミリエットは涙ぐみ、「うん、うん」と何度も確かめるように頷いた。


「ちゃんと、私の目には未来は見えているから」


 アルマナには、己の『未来』も当然ながら『視』えている。ただし、自分がそれを知って変えられる部分もあるため、確実にその未来が訪れるというわけではない。


 であれば、アルマナの『未来視』を用いて慎重に行動し、望む未来を手繰り寄せていく。それが常人よりもはるかに簡単にできるのだ。ミリエットの『過去視』も併用すれば少しでも縁のある人物の人生を垣間見ることさえできていき、やがて地球上のすべての人物の過去、未来を把握することも夢ではない。


 二人はどうやって異能を強化するのか、それを知るための未来へ近付いた結果、コンスタンツェと出会い、魔女として得られる支援の一つ——連絡支援員ルーターの紹介を受けたのだった。

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