第2話 先輩魔女より
再度ブライス伯爵家を訪れたコンスタンツェは、国王より発せられた公式書類の数々とアルマナとミリエットへ魔女の証である髪飾りを携えていた。
当代一の工匠の手によって作られた極細の金細工と瞳と同じ色の宝石をあしらった髪飾りには、アルマナへはアメジストを、ミリエットにはアクアマリンが使われていた。その美術的価値は貴族令嬢として不足ないどころか、一国の妃や王女さえも手に入れることはできない見事な造形の逸品だ。しかしまだ二人には大きすぎるので、長い髪を結えて髪留めにしておくことになり、コンスタンツェ手ずから二人の髪に櫛を通し、しっかりと結い上げた。
ブライス伯爵以下家族たち、親しい使用人たちが見守る中、幾重もの最上級コットンでできた特注のドレスと真紅のベルベットケープでおめかししたアルマナとミリエットは、誇らしげに胸を張る。
魔女となった可愛らしい双子の姉妹へ、賞賛の歓声と拍手は惜しまれず贈られる。伯爵家の屋敷のエントランスは盛大なお祝いムードに包まれ、領民たちにも臨時の祝い金が配られるなどお祭り騒ぎだった。
その最中、コンスタンツェはブライス伯爵へ耳打ちする。
「伯爵閣下、二人と話がありますので、場所をお借りしても?」
「もちろん。そこに応接間があります、どうぞ」
「ありがとうございます。おいで、アルマナ、ミリエット」
きょとんと顔を見合わせた二人は、父ブライス伯爵に背中を押され、コンスタンツェの手招きに応じて応接間へとてくてく入っていく。
アルマナとミリエットは勧められるままにソファに並んで座り、コンスタンツェが扉を閉めたのち、対面の一人がけソファに座るのをまじまじと眺めていた。赤と黒の魔女らしい、そして大人の女性らしいドレス姿は優雅な貴婦人そのものだ。己を磨くことを欠かさないであろうコンスタンツェは化粧も上手く、際立った美人というわけではないものの、思わず話しかけたくなる麗しき淑女の鑑と言える。
そのコンスタンツェは、緊張する二人の若き魔女を前に、大事な話を切り出した。
「さて、アルマナ、ミリエット。私は魔女、あなたがたと同じです。つまり……あなたがたと同じ、転生者なの」
異口同音に、二人は「えっ?」と驚きの声を上げた。
アルマナは思い切ってコンスタンツェへ尋ねる。
「私たちと同じ?
「ええ、そうよ。魔女は全員そうなの、前世の記憶とともに多種多彩な異能を持つ。それがエスティナ王国の魔女の特徴よ。でも、それは口外しないでね。前世の記憶を転生した今世で活かすことはかまわないけれど、生まれ変わりに関しては何一つ原理が分かっていないし、余計な詮索を生むだけ。これは魔女たちを守るためでもあるわ。お分かり?」
にっこりと、しかし真剣にコンスタンツェは二人へ確認を取る。
エスティナ王国では魔女は敬称だ。その異能を讃え、国への奉仕が期待される女性たち。しかし、どこに行っても同じ、というわけではない。むしろエスティナ王国は例外で、他国での女性の地位は概ね低く、圧倒的男性優位の社会が築かれている。
それに、異能を持つということは、イコール強大な力を持つということだ。古来よりどんな人間も自分よりはるかに強い者を恐れ、排斥したがる。
ましてやそれが見下し
であるならば、魔女もその口実を与えてはならない。いつかもし転生の理屈が判明して、悪意あるもの、不吉なものではないと証明されるまで、黙っているほうがいい。
アルマナとミリエットは、こくりと小さく頷いた。
「「うん。分かった」」
「いい子ね……と言うのも失礼かしら、レディズ」
「「ううん。
それはわずか五歳の子どもが口にするような言葉ではなく、そしてこの世界にはない名前を初めて口にした瞬間だった。
アルマナとミリエット、二人の魂は元は一つ。二人の前世である糸魚川静という女性の魂が二つに分かれたものだ。
ゆえに、コンスタンツェは微笑んだ。二人が魔女であることの確かな証拠であり、魔女たちは皆、前世の記憶をもとに——己の使命を持っている。
魔女同士にしか分からないその使命は、彼女たちが果たさなくてはならないものだ。前世との決別のため、思い残したことをやり遂げるため、まずは己が持つ使命に手をつけなくてはならない。
「そう、じゃあそれを終えてから『
そう言い残して、コンスタンツェは去っていった。
コンスタンツェの去ったあとには、彼女のつけていた香水の残り香がほんのりと漂っている。甘く咲き誇るダマスクローズは、彼女にぴったりだ。
アルマナとミリエットは少し俯いて、隣り合う手を握る。
「ミリエット。今は、私は私で、あなたはあなただけど」
「うん、アルマナ。こればっかりは、二人で成し遂げなきゃいけない」
いつか二人は香水の似合うコンスタンツェのように、エスティナ王国の魔女らしい大人になるだろう。
しかし、その前にやらねばならない。
魔女の異能を使ってでも、アルマナとミリエットは使命を果たすと互いに誓う。
「「あの子たちを探し出して、今度こそ幸せにしないと」」
——そう、前世の自分、糸魚川静の無念を晴らす。
その思いは、間違いなく二人で一つのものだった。
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