2:お前が言うな


 ニアクス王国軍は、ゲーマルクの街から東の国境付近に少し向かったところに展開していた。

 サキに対して新たに与えられた任務は彼らの支援だ。


 指揮官に挨拶をした後、ユウとサキの二人は指示された通りに部隊の右翼へと向かった。

 指示されたと言っても別に指揮下に入るというわけではなく、遊撃部隊としてその付近を担当するというだけだ。


 他の異世界勇者達は、部隊の左翼と中央にそれぞれのパーティを率いて既に待機しており、戦闘開始後は各自の裁量で動くことになっている。

 純粋に軍事的な意味では、指揮官も彼らを自分の指揮下に置きたかったのかもしれないが、そこは政治的な力学が及んだ結果だ。


 後から来たということもあってか、ユウ達は注目を集めていた。


「あれが三人目の勇者か」


「聞いたか? 普通の勇者が三人がかりで勝てなかった敵を倒してきたらしいぜ」


「マジかよ。やっぱすげぇんだな、異世界勇者って。……なあ、一緒いるのって誰だ? 勇者……、にしては装備が微妙だよな?」


「パシリじゃね? ほら、一緒にいた勇者は死んだわけだし。他の勇者とパーティを組ませたらまた死ぬかもしれないだろ?」


「ああ、なるほど」


 最悪の場合は死んでも構わない使い捨ての小間使い、あるいは雑用係。

 ユウに対する兵士達の評価はそんなものだった。


 見るからに上等な武具を身に着けたサキに比べ、ユウの装備はそこら辺の冒険者と大して変わらない。

 マシなのは武器の『水の剣』だが、それとて勇者を基準にするなら極端に上という風にも見えない。


 エフトを倒したのがユウであることを知らない以上、彼らがそう考えるのも無理からぬ事だった。


「よう、お前もやっと来たのか」


 指示された場所に到着した直後、一組の男女が近づいてきた。


「うげっ!」


 その声を聞いて、露骨に嫌そうな表情をしたサキ。

 幸いに背を向けていたので彼らにはバレなかったが、正面にいたユウにはバッチリ見えている。


(そんなに嫌なのか……。)


 酒が入らない限り、サキは外面がいい。

 その彼女にこんな顔をさせるとはいったいどんな奴なのかと、ユウは逆に興味が湧いてきた。


 身につけている装備から判断すると、少年の方が異世界勇者で間違いない。

 サキ同様に、勇者教の精鋭部隊に準拠した防具を身に着けているからだ。 


 少女の方は勇者教とは関係なさそうな格好をしているが、しかし防具の品質が明らかに違うので、やはりそれなりの貴族であるのは間違いないだろう。

 サキが平静を装って振り返った。 


「片山さんですか、それにカティさんも」


「聞いたぜ? パーティが全滅したんだって?」


「ええ……、まあ……」


 流石にサキの反応は芳しくない。

 彼女にとっては仮にも一緒にパーティを組んだ仲間だ。


「まあ普通の勇者ならそういうこともあるだろうな。お前のパーティは特に弱そうな奴ばっかりだったからな」


「流石はヒデオ様! 強者の余裕ですね!」


(下の名前ヒデオっていうのか。……さすひで?)


 一緒にいるカティと呼ばれた金髪の少女が、しきりに彼を持ち上げている。


 ゴマすりというよりは恋する乙女という表現の方が正しそうだ。

 その視線は殆どヒデオの方向だけ見ていて、瞳孔の形がハート型になっていた。


 ヒデオが異世界勇者の余裕を打ち上げては、それをカティが持ち上げる。

 そんな目の前でやり取りを散々繰り返した後、満足したのか、持ち場である右翼へと戻っていった。 


「はあ、疲れました……。ちなみにもう一人も、かなーり、ウザイですからね?」


「お、おう……。」


 ユウは「お前が言うな」という言葉をなんとか飲み込んだ。


「もうドサクサに紛れてあれも殺しちゃっていいですからね? 私が許します」


 本当にそんなことをしたらユウは間違いなく第一級のお尋ね者である。

 いくらサキが異世界勇者といえども、かばいきることは不可能だろう。


 この世界には勇者教という勇者第一の宗教が存在するので、きっと過激派――、もとい大変熱心な教徒の皆様が連日昼夜を問わずに殺到するに違いない。


(シャレにならんぜ……。)


 しかしその頃、指揮官のところには本当に洒落にならない報告が舞い込んでいた。


「なに?! 伝説勇者?!」


「はい! どうやらノワルアは封印されていた伝説勇者達を全員復活させたようです! 彼らを切り札として魔王軍を粉砕しに行く模様!」


 伝説勇者。


 それは過去に魔王の討伐を始めとする偉業を成し遂げた勇者達である。

 異世界勇者ではないにも関わらず勇者の加護に高い適性を持つ彼らは、勇者の中の勇者とも呼ばれ、来たるべき危機に備えてノワルア王国内に封印されていた。

 

「国際問題だ……。勇者教が黙っていないぞ……」


 彼らの存在は軍事的だけでなく、政治的、そして何よりも宗教的に極めて大きな意味を持つ。


 勇者教にとってもっとも重要な存在である伝説勇者。

 それを女神教を主教とするノワルア王国が自国の都合で無断で復活させたとなれば、火種となるのは明らかだ。


 女神教は勇者よりも女神を重視しているため、勇者教とはあまり仲が良くない。


 軍事的均衡、政治的利害、そして宗教的対立。

 いずれの観点からも状況を一変させる、まさに劇薬の投下だった。

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