第一章:魔王復活編

1:新たな魔王

 エフトと戦ってから一週間後。


 サキはニアクス王国の王都にある王宮に来ていた。

 クラーニの街を壊滅させたエフトの撃破、そしてサキ以外の勇者達の死を正式に報告するためである。


「ただいま戻りました、陛下」


「うむ、ご苦労。手強い相手だったと聞いている」


「はい……。他の三人は呆気なく……」


 その瞬間を思い出したサキは、言葉を最後まで言い切ることが出来なかった。


「そなただけでも生き残って何よりだ。できればゆっくり休めと言いたいところではあるのだが……、宰相」


「はっ」


 国王が横で立っていた宰相に話を振ったのを見て、跪いたままのサキは嫌な予感がした。


(ふぇぇぇー! なんかまた厄介事の予感がするよぉー! やだぁー!)

 

 彼女の脳内にもう一人のポンコツサキの叫びが木霊する。

 もちろんそれを聞いたのは彼女自身だけだった。



 さて、サキの脳内でもうサキが絶叫している頃、ユウはといえば、王宮の手前にある待合所で呑気にお茶を飲んでいた。

 サキに傭兵として雇用されてここまで一緒来たのはいいものの、平民の身分である彼は王宮に入れないからだ。


 年下の少女に貰った金でお茶を飲む。

 ……なんだかヒモになった気分である。


 とはいえ仕方がない部分があるのもまた事実。


 異世界勇者のサキでも手に負えなかったエフトを撃破したことを公にすれば、不要な注目を集めてしまうのは必然だからだ。

 そこでサキと話し合った上で、彼女の手柄ということにした。


 その代わりということで相場よりも高い金額で雇われたのだが、結局はユウを一緒に連れていきたかったサキに上手く言いくるめられた気がする。


 というわけで、待合所としても使われているこの建物でしばらく時間を潰していると、王宮からサキが戻ってきた。 


「ユウさん、お疲れ様です」


 周囲には他の人間もいるので、今の彼女は普通に見える。

 彼女に言わせれば、これが【相川さんクールビューティーモード】で、酒の入っている時が【サキさん本音全開モード】らしい。


 長いので、ユウは【残念なサキ】と【ポンコツなサキ】と呼ぶことにした。

 もちろん今は残念な方のサキだ。


「終わったのか?」


「終わりました。ただ……」


「ただ?」


「また次の仕事を押し付けられちゃいました。……今度もちょっと大変そうです」


 サキはしょんぼりとしてユウの飲みかけのお茶を取ると、躊躇いなくそれに口をつけた。

 念のために確認しておくと、黙っていれば彼女は相当な美少女である。


 ……そう、黙っていれば。


(美少女勇者、相川さんとの間接キス! これならどんな男の子だってイチコロですよぉー!)


(――とか思ってんだろうなぁ……。)


 サキの中身が大変残念なことを知っているユウは内心で溜息をついた。

 そしてその推測は正しい。


 ――が、それを知っているのはユウだけである。


 周囲でさり気なく二人の様子を伺っていた若い衆は、サキの行動を見て顔を赤くしている。

 その中には嫉妬と羨望の眼差しが多分に含まれているから質が悪い。

 

「で? 次の仕事ってなんなんだ?」


 ユウは美少女との間接キスイベントを完全スルーした。


「ゲーマルクっていう街に展開している部隊の増援だそうです。ノワルア王国との国境近くですね。ノワルア側のビアンカっていう街が魔王軍に占領されたので、牽制のためって言われました」

(……あれっ、もしかしてスルー? ユウさーん。相川さんとの間接キスですよー? おーい?)


「魔王軍? そうか、それでか。」


 魔王やビアンカ、それに占領という単語は、サキを待っている間に何度もユウの耳に入ってきていた。


 長年に渡り、ノワルア王国の奴隷としての地位に甘んじていた魔族達。


 少し前に彼らの一部が起こした反乱を契機に、ノワルアが魔族全体への締め付けを強めた結果、逆に反乱の火が魔族全体へと一気に広がったらしい。

 大陸の北東を領土とするノワルアの中でも最北東に住んでいた彼らは、駐留していた王国軍の部隊を壊滅させた後、北部の街ビアンカに進軍したということだ。

 

 魔族の全面的な反乱だけでも一大事ではあるのだが、それ以上に重要なのは反乱軍を率いている男の存在だった。


 ビアンカを取り戻そうとした貴族達率いる諸侯軍を、凶悪無比な大規模魔法で薙ぎ払った赤い悪魔コルドウェル。

 敗走する諸侯軍に対して彼が魔王を名乗ったことにより、事態の深刻さはその程度を一変させた。


 数百年振りとも言われる魔王の出現。


 諸侯軍の犠牲によって既にその実力は証明され、真偽を疑う者はいなかった。

 過去の歴史に無関心な人々の反応は緩慢であったが、当時の被害規模を知る貴族達や金の匂いに敏感な商人達には、大きなニュースとして瞬く間に伝わっていった。

 

「私以外の異世界勇者も既に現地に向かったそうです。……できるだけゆっくり行きましょうか」


「ん? 急がなくていいのか?」


 てっきり「さあ! 急ぎましょう!」と言い出すと思っていたユウは、拍子抜けしてサキを見た。

 ……明らかに気乗りしない表情をしている。


「あの二人がいるのかー……」


 サキはため息をついた。

 

 数ヶ月前に彼女と一緒に召喚された異世界勇者は二人。

 どうも彼女はこの二人があまり好きではないらしい。


(そんなに嫌なのか……。)


 彼女が他の二人とあまり関わりたくないと思っているのが、ユウにも容易にわかった。

 もっとも……。


 サキの口元が僅かに綻んでいるのを、ユウは見逃さなかった。


(サキの鼻息が荒い。また何か残念なこと考えてるな……。)


 未だに待合所内の視線を集め続けているサキだったが、一見して凛々しい表情の下の本性に気がついたのはユウだけだ。 


(相川さんと二人旅! これはもうユウさんがサキさんにベタ惚れしてしまう展開ですよぉー! 相川さんってば罪作りぃー!)


 ……なんかもう、本当に残念な子である。

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