3:伝説勇者
ユウ達が国境沿いの部隊に合流する数日前。
ノワルア王国にある遺跡では伝説勇者の復活作業が行われていた。
高位の役人らしき男達がその様子を眺めている。
「しかしまさか伝説勇者を復活させるとは……。陛下も大胆な決断をなさる」
「仕方あるまい。魔族どもを統治するために送り込んだ部隊は女神教が撤退した直後に全滅、先陣を切ってビアンカの街に突っ込んだ諸侯軍も壊滅だ。かといって再び女神教に支援を求めれば、今度こそ主導権を握られかねんからな」
ノワルア王国の国教である女神教。
この世界の三大宗教に数えられるこの宗教は、長年に渡って王国の権威付けに大きな役目を果たしてきた。
しかし、それがもたらすのはメリットだけというわけでは無い。
彼らの力に頼れば頼るほどに王国の存在感は薄れ、政治的発言力は低下していくのである。
「左様ですな。とはいえ、少々予想外の事態となったのが気がかりではありますが……」
もう一人の男は一抹の不安を口にした。
「確かに。若返りの封印をされたのは三代目以降の勇者達のはず。それを施されていないはずの初代勇者がなぜ復活出来たのか……」
伝説勇者として封印されたのは三代目以降の勇者達である。
彼らは老人と呼べる程度まで人生を過ごした後、勇者としてのピークの年齢まで徐々に若返っていく封印をされて眠っていた。
当然のことながら、それをされていない初代と二代目の勇者は復活出来ない。
つまり普通の遺体のはずなのである。
事実、二代目の勇者は完全なミイラとなっていた。
問題は初代勇者の方だ。
彼だけは他の勇者とは全く違う、今まで見たことも無いような術式で封印されていた。
幸いに復活の目処まではつけることが出来たのだが、その詳細まではわかっていない。
わかっているのは、どうやら二人を同時に封印するものだというぐらいか。
「それに六代目の勇者と魔法使いもです。こちらは逆に復活どころか、あるはずの遺体すら存在しない。墓荒らしに遭うような場所では無いはずなのですが……」
六代目勇者シルヴァ、そして魔法使いティシール。
彼らは遺体も封印も、どこにも無かった。
彼らと一緒にパーティを組んだ戦士と僧侶がしっかりと封印された状態で見つかっていることを考えると、これは明らかに不自然である。
仮に盗掘を許したのだとしても、この二人だけというのは不自然極まりなかった。
本来復活しないはずの勇者が復活し、逆に本来復活するはずの勇者達はどこにも見当たらない。
これがいったい何を意味しているのか。
他の勇者達は順調に復活作業が進んでいるため、魔王を討伐するという当初の目的を果たすには問題はないが、しかしながら二人は揃って首を傾げた。
★
初代勇者ルカ。
この世界で最初の勇者とされる彼もまた、封印を解かれて目を覚ました。
その体は眠っていた遺跡から王宮の一室へと移されている。
「ここは……?」
ルカは自分が見慣れない一室にいることに戸惑った。
生まれてこの方、こんな上等な部屋で寝たことなどない。
「おはようございます、勇者様」
ルカが自分置かれた状況を理解するよりも前に、彼の目覚めを待っていた女中が横から声を掛けた。
「勇者……?」
ルカは再び戸惑った。
なぜなら彼は生前に勇者と呼ばれた経験などなかったからだ。
「すぐに人を呼んでまいります」
「ちょっと待ってくれ」
彼の脳裏に様々な疑問が湧き上がった。
しかし一番の疑問は、やはり自分がなぜここにいるのかということだ。
「俺は……、どうしてここにいるんだ?」
――自分は”あの男”と共に封印されたのではなかったか?
だがその疑問は、直後の女中の言葉によって発生した新たな疑問で上書きされた。
「勇者様には、新たな魔王と戦って頂くために復活して頂きました」
「……魔王?」
初代勇者。
後世においてそう名付けられた男が”魔王”の単語を初めて知った瞬間だった。
★
役人達から現状の説明を受けた後、ルカはイマイチ納得がいかないまま訓練場に連れて行かれた。
先に目覚めた他の伝説勇者達が、互いの戦力の確認も兼ねて力比べをしているらしい。
確かに歩いている方向からは、木剣がぶつかり合っているような音が聞こえてくる。
「ちっ! 折れたか」
「そこまで! 勝者、八代目勇者レオノーレ殿!」
ルカが訓練場に入った瞬間、場内で歓声が上がった。
一般の兵達も観戦しているらしく、二階の客席は満席だ。
立ち見の者も多い。
「すげぇ!」
「なんてハイレベルな戦いだ!」
レオノーレに負けた戦士ジークは、折れた木剣を悔しそうに投げ捨てた。
彼はいかにもパワーファイターと言わんばかりの、鍛え抜かれた肉体をしている。
「折れなけりゃもう少しやれるんだがな」
「武器に合わせた戦い方をするのも実力の内だよ」
勝者となったレオノーレが自分の木剣を軽快に振った。
彼女はジークとは対称的にテクニカルファイターのようだ。
もちろん細身とはいえ、その肉体はしっかりと鍛えられている。
「確かにその通りだ。返す言葉もねぇ」
「じゃあ、剣の優勝者はレオノーレで決まりね」
対戦表の書かれた紙を覗き込んだのは、五代目勇者パーティの魔法使いイヴァだ。
ちなみに魔法の勝負で最高威力を叩き出したのは彼女である。
「皆様、初代勇者ルカ様がお目覚めになられました」
案内した役人の声で、訓練場にいた人々の視線が一斉にルカに集まった。
「おい、初代勇者だってよ!」
「やっぱり強いのか?」
ちょうど力比べをしていたところとあって、観客達はさっそく騒ぎ始めた。
関心はもちろん彼がどれぐらい強いのかだ。
「はじめまして。五代目パーティの魔法使いやってるイヴァよ。ちょうど剣術で誰が一番か決めてたんだけど、よかったら一勝負いかが? あ、もしかして魔法の方が得意?」
話しかけてきたイヴァがルカに木剣を差し出した。
「いや……。剣だけだが、大したことはない」
そう答えつつも木剣を受け取るルカ。
気乗りはしないのだが、先程聞いた話では戦力の確認も兼ねているという話なので参加しなければならないのだろう。
(この雰囲気では断りにくいしな)
周囲は既にルカが参加するものと思っている。
期待の視線を集めてしまっているので渋々応じることにしたが、彼はあまりそういうのを好む性分ではない。
「八代目勇者のレオノーレだよ。よろしくね、初代さん?」
「ルカだ。ロートルなのでお手柔らかに頼む」
ルカはあえて初代勇者とは名乗らなかった。
正直言って、自分が勇者と呼ばれるのは違和感しかない。
「一本取れば勝ち、剣を折られれば負けです。では構えて! ……始め!」
審判の兵士が開始の合図をした直後、レオノーレはまずは距離を詰めようと足に力を込めた。
(さーて、初代勇者様はどれぐらいのものかな?)
次の瞬間、レオノーレの視界の中央にいたルカが消え、それと同時に彼女は首筋を何か固いもので軽く叩かれた。
「……え?」
釣られるようにして後を見ると、いつの間にかルカが背後から剣を突きつけているではないか。
「俺の時代だとこれで勝負有りだったんだが……」
無言で首筋を触るレオノーレ。
状況からみて、おそらくは剣で首を斬られたのだろうと推測した。
確かにそれならば勝負有りだ。
訓練場が一瞬にして静まり返り、見ていた全員が目を丸くしている。
「おい、見えたか今の?」
「いや……。気がついたら背後で剣を構えてた」
「俺は残像が少しだけ。レオノーレの右側から後ろに回り込んでたな」
最初に他の伝説勇者達がざわつき始めた。
「えーと……?」
審判も何が起こったのかわかっていないようだ。
彼にはルカの動きを一切捉えられなかったらしい。
「……私の負けだよ。流石は初代勇者。伝説を始めた男は伊達無いじゃないってわけね」
レオノーレはそう言って木剣を落とした。
「しょっ、勝負有り! 勝者、初代勇者ルカ殿!」
審判の叫びで観客達も我に返った。
「決まったのか?! 何が起こったんだ!」
「全然見えなかったぞ?!」
イヴァを始めとした後衛陣もまた、ルカを興味深そうに見ている。
「初代勇者ルカ。その業績には疑問符がついていたけど……。単独での魔王討伐っていうのも、デマじゃなさそうね」
復活した伝説勇者達がビアンカの街に向かったのは、この翌日のことである。
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