第138話 燻る欲望

 人を殺すことに慣れてきてしまったのだろうか、とルノルノは思う。


 トニアを処刑してから最初の一週間は泣きはらしていた。しかしそれが過ぎた頃から徐々にその悲しみも薄れ、一か月経った今ではそんな感情も鈍ってしまっていて、もう別のことを考え始めていた。冷酷になってきたようで少し嫌気が差す。


 今、ルノルノはドルハムと木剣を交えて練習している。


 二刀で戦うとほぼ六割から七割の確率でルノルノに軍配が上がる。残りの三割から四割の敗北はドルハムが耐え忍んで長期戦に持ち込まれた時であった。


 ルノルノは時々思い起こす。


 どのぐらい先になるか分からないが、遠くない未来、この男と子作りをする。ということは、この男と結ばれたという確かな証が生まれる。心と心というあやふやな繋がりではなく、体と体を結び合ったという確かな繋がりが出来る。つまり彼はミチャよりもよっぽど強い結びつきをもった運命の人になるということになるのではないだろうか。


 もちろん結婚をする気はない。ミチャがいい。ただ、ミチャの負担を考えると、一人に任せたくないから仕方なく子供を作る。ただそれだけのこと。それだけのことのはずだ。


 だが改めてこの男と子作りすると意識すると、この男と愛し合った証が残るのだ。例えミチャと添い遂げても、その子供は彼女との子供ではない。彼との子供だ。自分の運命の糸はミチャではなく、ドルハムと繋がっているということになる。


 奴隷会で見た彼の逞しい裸体、蹂躙するような彼の激しい行為を思い出す。女奴隷達はあの逞しい腕に抱かれ、押し倒され、愛撫され、犯されていた。自分もウルクスにそうされたかったように思う。だから彼女らが羨ましかった。ようやくその「夢」が叶う。自分の時もきっと激しく愛されるのだろう。羨ましいと思っていたことが自分の身に起こると考えると、少し体が熱くなる。


 今ルノルノはちょうど試合に負けたところであった。


 腕の振りが疲れて来て、剣尖が鈍ったところを撥ね上げられて負けた。


 ぺたんと地面に座っているところに、剣先が目の前に突きつけられている。



「何とか勝ったぜ」



 ふと練習でオロムに負けた時のことを思い出す。


 あの時の気持ちを思い出す。


 あの時はもっとどきどきして、胸が締め付けられるような感じだった。


 今はそんなときめきはない。


 ときめきはないが、自分を負かした彼に対して悔しいという気持ちが湧かないのは同じだ。


 何とも言えない不思議な高揚感も覚える。この感情の正体は定かではない。



「おい、どうした?」



 ぼーっと逞しいドルハムを見つめていたルノルノがふと我に返る。



「負けましたのです」



「少し疲れが出たんだろ。よし、少し休もうか」



 ドルハムは自然にルノルノの腰を抱いて休憩に誘う。


 遠くではミチャとジェクサーが練習に励んでいる。


 彼らの視線と夏の日差しを避けて、二人は厩の陰に座り込んだ。


 さりげに肩に回される彼の腕。少し強引に抱き寄せられる。ルノルノはそれに身を委ねてみた。


 男の体は怖い。しかしドルハムには何故か恐怖心は湧かず、先ほどの高揚感が強くなる。


 しかし、とルノルノは思い直す。


 ドルハムには自分と一緒になろうという気はないはずだ。彼は遊牧民に対して元々否定的であり、彼のプライドからして遊牧民と結ばれようとは思っていないはずだ。


 単純に性欲処理として自分を使い、生殖欲を満たすために子作りをするのである。


 そう考えると少し冷静な気持ちになれる。


 自分は好きな人と子作りをするのではなく、好きな人のために子作りをするのである。


 お互いの利害が一致したから子作りをするのである。


 ミチャの存在が薄れた訳でもないし、彼に心を奪われた訳でもない。


 するとルノルノの頭の中でもう一人の自分が囁きかける。


 ――それでもお腹に宿すのは彼の子供。彼と結ばれるのは運命じゃないの? 子作りを決意するぐらいなんだから、本当はミチャより彼のことが気になって来てるんじゃないの?


 ルノルノはその自問に反論することが出来なかった。



「なぁ、ルノルノ。今度ミチャに内緒でちょっと遊ぼうぜ」



「何をするのですか?」



「何、ちょっとした性欲処理をな」



 唐突に言い出すドルハムに、ルノルノは呆れたように言った。



「抗争が終わるまでそういうことしない約束なのです」



「それは子作りだ。遊ぶぐらいどうってことねぇだろ。大体俺とお前はその内そういう関係になるんだから今やったって問題ねぇだろ?」



「そうですけど……」



「それならミチャのいない時に俺の部屋に来いよ。奴隷会の時みたいに、気持ちよくしてやるよ」



 逞しい彼の腕に抱かれ、お互い欲望の限りを尽くす。


 正直興味がないと言えば嘘になる。


 自分でも恥ずかしくなるぐらい性欲が旺盛であることは自覚している。同時に奴隷会でも彼の飽くなき獣欲はまさに絶倫と言える。交われば愛の言葉などなく、ただお互い獣のように求め合い、快楽を貪ることになるだろう。


 好奇心が擽られる。



「……とにかく、子作りの時までだめなのです」



 何とか理性を働かせてそう言うが、好奇心の増殖は止められない。



「もう少し、我慢してくださいなのです……」



 ルノルノはドルハムにもたれかかりながらそう囁くと、彼は抱き寄せた右手でルノルノの着物の上から右胸を弄り始めた。



「体がこなれるまでちゃんと丁寧に優しくしてやる。体が慣れたら激しくするがよ。大丈夫。たっぷり愛してやるよ」



 シェクラの上から弄られているのがもどかしい。直接触れられて欲しくなる。もし何のしがらみもなければ彼の部屋に遊びに行き、着ているもの全てを脱いで彼の前に裸体を晒していたかもしれない。


 しかしそれはミチャに対する裏切りのように思える。


 子供を作るためではなく、ただ快楽を貪りたいがために彼に全てを預けるのは間違いなくミチャに捧げた愛を踏み躙る行為だ。


 それでもルノルノはドルハムに体を預けた。増殖し切った好奇心はいつの間にか熱い欲望に変わり始めていた。


 すると、ドルハムは後ろから抱きすくめ、シェクラの中に手を入れてルノルノが望んだ通り、両胸を直接弄り始めた。


 鋭い快感が体を駆け抜け、思わず声が漏れ、彼にもたれかかった。



「お前も欲しいんだろ? 男を味わいたいって言えよ」



 ルノルノは小さく喘ぎ、快感に身を捩りながら、首を横に振った。



「男の人は……欲しくないのです……」



 ドルハムの右手がズボンの中に、そしてそのままショーツの中に差し込まれた。弱いところをゆっくりと撫でられ、思わず体を震わせた。



「こんなに感じているのにか?」



「誰でもいい訳じゃ、ないのです……」



 ドルハムはそっとルノルノの耳元で囁いた。



「じゃあ、俺ならいいんだな?」



 ルノルノは目を閉じ、答える代わりに脚を開いてよりドルハムの指が触りやすいように身を委ねた。



「あ……あぁ……だめ……」



 ミチャ以外の人間、それも男に触れられていることに何とも言えない背徳感を感じた。



 ドルハムがルノルノの一番弱いところをぴんと軽く弾くと、ルノルノの小さな体がびくんっと跳ねて、そのままドルハムの腕の中で痙攣した。快感の海の中に放り出され、悦楽の波間に幼さの残るその身を揺蕩わせた。



「も、もう……だめなのです……」



 口ではそう言うが、脚はだらしなく開かれ、さらなるドルハムの愛撫を受け入れていた。


 ドルハムは優しく愛撫しながらさらに囁く。



「俺の部屋に来たくねぇか?」



 行きたい。この火照った体を、あの激しい獣欲で満たして欲しい。


 だがルノルノは首を横に振った。



「だめなのです……」



「何でだ? こんなに体は欲しがってるじゃねぇか」



 ルノルノは素直に頷いた。この快楽を覚えた体を誤魔化すことは最早出来ない。



「だから、なのです……。行けば……してしまうのです……」



 するとドルハムはルノルノの襞を撫でながらを囁いた。



「しねぇよ。約束は守ってやるさ」



「違うのです……」



「何が違うんだ?」



 腰が浮きそうになる快感に酔いしれながら、ルノルノは甘く囁いた。



「私が……我慢出来なくなるのです……」



 ドルハムは手をショーツから引き抜くと、向かい合うように座らせた。



 お互いじっと見つめ合う。



「俺が欲しくて堪らないか?」



 ルノルノは口では答えず、視線を少し外した。そして頬を赤らめたまま、呟くように言った。



「まだミチャを裏切る訳には……いかないのです……。だから、もう少し我慢して欲しいのです……」



「……仕方ねぇな」



 そこまで言われてしまうと、さすがのドルハムもそれ以上は誘えなかった。


 しばらく二人の間に沈黙が流れる。


 ルノルノは不意にドルハムの首に腕を回して抱きつき、耳元に唇を近づけた。



「今はだめなのです……。でも、子作りする時は……」



 ドルハムの心を擽る、甘えた声だった。



「子作りをする時は、思いっきり……無茶苦茶に感じさせてくださいです……。全てを忘れるぐらい……」



「ミチャのこともか?」



 ルノルノの腰と背中に手を添えて、ルノルノの胸に顔を埋めた。



「何もかもなのです。ドルハムさんのことで頭をいっぱいにさせて欲しいのです……」



「分かった。ミチャから奪い取ってやるよ」



「……それはダメなのです」



「何だよ。加減の難しい奴だな」



 ドルハムはおかしそうに笑った。その顔はどこか無邪気な少年のようであった。


 ルノルノはドルハムから離れると、服を整えた。



「それぐらいの気持ちで来て欲しいっていう、言葉の綾なのですよ」



 照れ隠しにそう言ったが、彼からの愛撫で何度も快楽を覚えてしまったこの体は明らかに彼を求め始めていた。


 ウルクスがくれなかった愛情を彼なら注いでくれるはずだ。


 不思議なぐらい、期待が高まっていくのが分かる。


 運命の糸はミチャではなく、やはり彼との間に強く結ばれているような気がしてならなかった。


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