第13話 集落の跡
どのくらい時間が経っただろう。
太陽は西に傾き始めていたが、まだ地平線のかなり上にある。しかしその温かみは失われつつあり、冷たい風の方が強くなって来ている。
決断に迫られている。
ルノルノはもう一度煙の上がる集落を眺めた。
その時である。
旗がわずかに移動し始めたことに気がついた。
無数に蠢く兵士達が少しずつ、しかし確実に南へと移動していく。
どういう理由かは分からないが、この時間から移動を開始したのである。
ルノルノは急いでキルスの背に跨った。
(お姉ちゃん、お父さん、お母さん、みんな……)
生きていることを信じて、ゆっくりと
本当は駆け出したいぐらいなのだが、引いていく兵士達の動きもそんなに速くない。鉢合わせにならないように警戒しながら集落に近づいていった。
太陽が地平線の少し上で止まっている頃に集落に辿り着いた。
最初にしてきたのは焼け焦げた匂いと生臭い匂いだった。あちこちに焚き火の跡があり、まだ燻っているものもある。
誰もいない。
ゆっくりと自分のマフに近付く。
『ラクシュ……』
マフの前でラクシュが倒れていた。
キルスから降りて安否を確認するが腹を斬られて息絶えていた。
『うぅ……』
涙が込み上げて来た。恐らく忠実なラクシュは主人の家を守ろうとして吠え、攻撃したのだろう。そして無惨に殺された。
『ごめんね、ラクシュ……』
ルノルノはラクシュの頭をそっと撫でてからマフの中に入った。
『お姉ちゃん、お母さん、お父さん……』
誰もいない。
中はかなり荒らされていた。
特に食料が荒らされて無くなっている。大事に保存されていた稷は無く、いつも作り溜めていた乾燥チーズは床に数個落ちていただけで全て無くなっていた。干し肉も数枚残っていただけだった。
(食べ物を盗っていったの?)
調理場を探ると食器、火打ち石とそれに打ち付ける火打ち金、ナイフ、鍋などの調理器具が出て来た。水瓶には多少の水は残っていた。かまどの横に置いてある予備の
ルノルノはナイフを手に持って身構えた。まだ兵士が隠れているかもしれないと思ったからだ。ナイフ一本でどうにかなる訳ではないのだが、それでも武器があることで少し落ち着きを取り戻した。
食料以外のものも荒らされていたが、何を盗られたかまでは分からなかった。着替えの服や下着、いつももぐっていた毛布などは残されていた。
ルノルノはナイフを構えたまま外に出た。西日に石囲いが照らされている。異様な臭気はそこから漂っていた。
石囲いの中を見ると、無数の羊の死体が転がっていた。どれもこれも内臓が取り出されており、臓物の山となっていた。吐き気を覚え、ルノルノは目を背けた。
(なんて酷いことを……)
大事な羊をこんなに滅茶苦茶にしてしまうなんて……。
食糧だけが荒らされていることからして、彼らの目的が食糧であったことには間違いないだろう。
そしてこれらの羊達も、恐らくあの兵士たちに食べられてしまったと考えてよさそうだった。
何の理由かは分からないが、飢えていたのだろうか。しかしどこからやって来て、何でここに現れたのか。それがルノルノには理解出来なかった。
あまりにも
叫び出したい気持ちを必死に抑える。
『誰かいる?』
結局囁くような声でそう言うしかない。
キルスを引きながら集落内をゆっくりと移動する。
羊や犬の死体はあるが人間の死体はない。バオル爺さんが目の前で斬られたように見えたが、その死体もない。
もしかして怪我をしただけで生きているのだろうか……。
ルノルノは集落の中心部に向かうことにした。エル祭りが開かれていたあの広場なら誰かいるかもしれない。ゆっくり警戒しながら進む。
途中、オロムの家族が住むマフを通過する。
ルノルノはそのマフの中に入ってみた。
『オロム、いる?』
誰もいない。ルノルノの家と同じような荒らされ方をしていた。
外にある石囲いの中は空だった。羊の死体すらなかった。
『みんなどこへ行っちゃったんだろ……』
その時、目の端で何か動いているものが見えた。
ばっとそっちを見ると生きている羊が三頭いた。
『羊!』
人間ではなかったが、自分とキルス以外で初めて生きているものに出会ったことに自然と涙が出た。
羊達は族長のマフの前辺りに佇んでいる。
ルノルノはその羊の足元に何か転がっているのを見た。
それが何であるかを認識するまでにいくらかの時間を要した。
赤い塊だった。
『いやだ……』
恐怖に飲み込まれそうになりながら、ゆっくりと近づく。
死体だ。
それも人の。
『ひぃぃ! ひぃぃぃぃっ!』
ルノルノはその場にへたり込んだ。その死体は服を着ておらず、手足が無かった。刃物で切られたのではなく、引きちぎられたかのような痕だった。
ルノルノは恐怖に震えながら、その顔を見た。
『ぞ、族長……っ!』
その屍は族長ムラグルその人だった。
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