第2話 子供の仕事

 草原の朝は早い。日の出と共に起き出し、大人も子供も仕事に取りかかる。


 大人の男性はまずは家畜の餌やりだ。夏場なら牧草が豊富に生えているので遊牧だけで事足りるが、牧草の少ない冬場は遊牧だけでは足りない。だから夏場に作り溜めた干し草を与える必要がある。


 次に生活用水の確保だ。その日一日使う分より少し多めに汲んでくるのだが、マフに置いてある水瓶いっぱいになるまで何往復もする必要があり、なかなかの重労働である。冬場は湖面が凍るので氷を取りに行き、溶かしてから使う。ちなみに雪が多い時は雪を溶かして使うこともある。


 大人の女性は朝食の支度をする。春以降なら出産を終えた家畜から乳が搾れるようになるので朝一番に搾りに行くのが日課になる。そしてその乳からクリームやチーズ、バターなどの乳製品を作り出す。


 冬場は乳が出ず、乳製品も作ることが出来ないので、男達が家畜を屠って解体し、肉を調理することになる。最も多いのは羊の肉だ。それを切り出して岩塩で味付けて茹でるのである。


 そして子供達は家畜の糞集めだ。家畜の糞は寒いこの地では大事な燃料になるのである。








 ルノルノとミアリナは外に出た。冷たい空気が頬に刺さる。



『ラクシュ、おいで』



 ラクシュはルノルノ達が飼っている犬の名前だ。垂れ耳で毛も比較的長めの黒地に橙色の毛で模様の入った大型犬である。ラガシュマの人々は羊のお守りのため、一家族に一匹以上は必ず犬を飼っている。


 ルノルノはさっきの乳歯を包んだ羊の脂肪をラクシュに食べさせた。


 丈夫な歯が生えてくるというおまじないである。


 ルノルノとミアリナは鋤を引き摺りながら近くにある牧草地に向かう。地面には霜が降りていた。



『おはよー、ルノルノー、ミアリナねーちゃんー』



『ルノルノおねえちゃん、ミアリナおねえちゃん、おはよう』



『おはよー』



 牧草地のあちこちで糞拾いをしている子供達がいる。ルノルノ達もそれに混じって牧草地のあちこちを歩き回り始めた。


 糞拾いはラガシュマの子供達にとって格好の遊びだ。誰が一番多く拾うかを競うのは日常茶飯事で行われる。


 それをするのは主に男の子なのだが、快活なルノルノはいつも負けじと参加する。早く袋をいっぱいにした方が勝ちらしい。勝ったからと言って何がある訳ではないのだが、子供らしい優劣の奪い合いである。



『ルノルノー、牛で勝負しようぜー』



 牛で、というのは牛糞限定で集めて、という意味である。


 そう言って吹っかけてくるのは大抵近所の少年のオロムかセフタルだ。二人ともよくルノルノをからかって遊んでいる。



『いいよー、返り討ちにしてやるんだから! お姉ちゃん、ちょっと行ってくるね!』



『良いけど、遠くに行き過ぎちゃだめよ?』



 オロムやセフタルがルノルノをからかいたがるのは少年特有の好意ということをミアリナは知っている。オロムもセフタルもルノルノと同い年で十歳。十五歳のミアリナから見ればその心の動きは非常に幼く、微笑ましい。



『ルノルノが牛を集めるなら、私は馬の方を集めとこうかな』



 そう呟いてミアリナは慣れた目で馬糞を見分け、袋に詰めていった。








 やがてルノルノがミアリナのところに帰って来た。袋には三割ほどしか入っていない。



『おかえり。勝った?』



 するとルノルノはむーっと拗ねた顔をしてぼやいた。



『無理だよ。二人とも私の邪魔ばっかするんだもん』



 どうやら男子二人にちょっかいばかり出されて、全然集められなかったらしい。



『二人して、あんなの卑怯だよ』



『ふふふ、そうね』



 あの男子二人は勝つために勝負を挑んだではなく、ちょっかいを出したいがために勝負を挑んだのだろう。ミアリナはあからさまな好意の裏返しに笑いを隠しきれなかった。



『何がおかしいの?』



『んーん、何でもない。その内分かるわ。牛の方、もう少し集めたら一回置きに帰りましょ』



『んぅ……はぁい』



 あまり納得いかない顔をしたが、素直に従った。


 せめて袋の七割ぐらいになるまでは集めて回る。ミアリナもそれを手伝った。


 二人で協力するとそんなに時間はかからない。


 予定量ぐらいになったところで一旦集めるのをやめて帰るのだが、これだけ詰めるとかなり重い。男の子でもそれを持つのは結構大変である。しかしルノルノはそれを持ち上げて運んだ。



『がんばれ、がんばれ』



 ミアリナは応援しながらも、ルノルノのこの細い体のどこにそんな力があるのだろう、と思ってしまう。恐らく男の子に混じって剣術や馬術をやっているから体幹が強いのだろう。








 マフの横で中身をひっくり返して袋を空にすると、また拾いに行く。


 この往復を二回繰り返した。


 これだけでも重労働だが、ある程度集めると次の作業に取り掛かる。


 ルノルノとミアリナは自分の手より二回りぐらい大きな革の手袋をつけた。


 集めて出来た牛糞の山を両手に乗るぐらいの量を掬い取る。


 そして慣れた手つきである程度捏ねながら丸めていく。牛のは両手に乗るぐらいの大きさに、馬のは片手で握れるぐらいの大きさに。


 そして丸めたそれを地面にえいやっと叩きつけると、円盤状に潰れた。それをぺたぺたと整形して固め、地面に並べていく。これを乾かせば燃料の出来上がりである。家畜ごとに用途が違うので分別して置いていく。


 馬糞の燃料はラガシュマ語でレイゴルと言う。燃えやすいが牛糞に比べて臭いがあるので解して着火剤として使ったり、外での作業、例えばなめし革を作る時などの燃料として使ったりする。


 牛糞は主に暖房に使う燃料となる。よく乾いたものと生乾きのものを使い分ける。よく乾いたものはレイギル、生乾きのものはカンギルという。このレイギルとカンギルの配合具合で火力や火持ちを調節するのである。



『よし、完成』



 朝に取って来た分を全て円盤にし終えた。朝食前の仕事はこれで終わりである。


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