風塵の碑

結愛りりす

第零部 この世界の形

プロローグ

 少女は歩かされていた。


 自らの足で立ってはいるが、その体は引き摺られていた。


 手には手枷が嵌められており、首には首輪がつけられている。


 その首輪から一本の鎖が伸びていて、前を行く男の手に握られていた。


 重い足取りで男について行く。


 少女の目は虚ろで、無機質で、どこを見ているのか分からない。


 時に周りから蔑む言葉を浴びせかけられる。


 しかし少女の耳には届いていない。


 行き先は知らない。


 この男がどこからやって来て、今からどこへ連れ去ろうとしているのか分からない。


 少女は今自分がどういう状況に置かれているのか、今ひとつ理解出来ていなかった。


 ただこれだけははっきりと言える。


 つい何日か前の生活と今の状況は甚だしく乖離しているということだ。


 冷たく、辛く、苦しい。


 表現として決して十分とは言えないが、それが今を端的に表す言葉だった。


 全てを失った。


 残されているものは何もなかった。


 何度も死を望んだ。


 しかし生き永らえてしまった。


 過酷な運命は死すら彼女から遠ざけた。


 今の苦しみから解放されることがあるのかどうかは分からない。



『お姉ちゃん……』



 少女は小さく呟いた。


 過去に思いを馳せる。


 彼女の虚ろな心に描き出されているのは、もはや戻ってくることはない、あの温かく、甘く、穏やかな日々だった。


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