第16話 人気作家

「大人気作家さん、儲かってまっか?」


 昼休み、由美にそう聞かれた。作家名はペンネームを使っていて私だってバレないようにしたけど、由美にはペンネームや投稿したサイトを言っているので、そのランキングを見て人気になっていることに気づいたらしい。


「ぼちぼちでんな~、だっけ?」


 関西人風に返してみる。


「儲かってるんだ」


「全く。今ランキング1位とかだから儲かるのかなと思ったけど、1円も入ってこない」


 ウェブ小説のサイトにも色々あるらしくて、私が投稿したサイトはまさかの1円も発生しないタイプのサイトだった。一番大手だったから、動画投稿サイトみたいにいずれ収益化できると思っていたけど、意外にずっと収益化しないらしい。それを聞いて少しショックだった。


「意外だね。じゃあ書く意味ないじゃん。やめたら?」


「なんかネット小説の闇を見ちゃったね。でも、ネットで調べていったら、ウェブ小説から書籍化って形で本を出して、その印税がすごい入るからそれで儲かるらしい」


「なら書籍化が大事なんだね」


「らしいよ」


「でもそんなに人気なら本も売れるでしょ」


「どうだろ」


 ごまかすものの、私もそう思っている。

 ウェブ小説の大手のサイトは小説の投稿数がものすごく多い。そして、読者もものすごく多い。その中で、ランキングに入るってことは、少なく見積もっても1万くらいは本を出せば売れるのかなとは思っている。もし印税が10%で、2000円位で売ったとしてもそれだけで200万も入ってくる。それだけじゃ億万長者にはなれないにしても、最低限大学には行ける。

 この道が正解だったなと既に確信していた。


「そんなこと言って内心めちゃくちゃそのつもりだろうけど」


「バレた?」


「バレるよ」


 由美には何もかもお見通しらしい。



 順調に連載は続き、さらに2週間で、デイリーランキングで1位を獲得するほどの人気作になっていた。

 私のことがすぐにバレるかと思ったけど、登場人物の名前を変えて、場所の名前も違うと、まさかパパ活事件の本人が書いているとは思わなかったらしい。そもそもテレビのニュースになったとはいえ、そんなみんなすぐに思い出すレベルの重大ニュースでは決してないから当然だ。

 そもそも事件の全容を知っているのは、ほんのわずかしかいない。こうなってくると、逆に気になってくる。あの動画のときは私は顔出しはしてたけども、パパ活のことを一切伏せていた。それなのに、どうしてバレたのだろうか。当初私の名前や顔なんて出ていなかったのに、どうして出たのだろうか。そんなことを夜自分の部屋で考えていると、電話が鳴った。


「もしもし」


「私“昼寝”の担当をしている朝日と申しますが、パルノさんのお電話で間違いないでしょうか?」


「昼寝?」


 あまりにも意味不明な電話で、全然知らない人に疑問形で返してしまった。ちなみに、パルノというのは、私のペンネームだ。パパ活をしている春乃ということで、パルノにした。そもそもペンネームは私と由美しか知らない。なぜそんなペンネームを知っているのか、全て気になった。


「はい、アルファベットのh,i,r,u,n,eでhiruneというアーティスト、歌手と言えばいいでしょうか、その担当をしております朝日圭太と申します」


 昼寝じゃなかった。hiruneだった。なんとなくクラスの子たちが言っていたような気がする。


「ちょっと待ってください」


 とりあえず、スマホの電話をスピーカーに切り替え、スマホで検索する。

 女性ソロのシンガーソングライターらしい。「昼に寝る」というデビュー曲が爆発的にヒットして、今や国民的なアーティストらしい。国民的と言う割には私は知らなかったけど。


「お待たせしました。それでご用件は何でしょうか?」


「パルノさんが投稿されているサイトは実は弊社が運営しているサイトなのですが、この度パルノさんの小説を基にぜひhiruneの楽曲にさせていただければと考えております」


「楽曲ですか?」


 もう既にわからないことが多すぎたけど、ここからさらにわからないことが続いていきそうだったので、メモを取って由美と相談することにした。


 この朝日さんとの電話は1時間くらい続いた。終わった後、少し夜は遅かったけど由美に電話した。ただ、彼氏とゲーム中だったらしく、明日の昼休みにということになった。



 昼休み、私は弁当を食べるよりも先に由美に相談する。


「由美、聞いてよ」


「まあゆっくり弁当食べながらね」


「hiruneって知ってる?」


「昼寝?」


「アーティストの方、って言ったらわかる?」


「あのhiruneか、知ってるよ」


「なんか電話かかってきた」


「ん?」


 さすがに、それじゃわからないよね。ということで、hiruneのマネージャーの旭さんから電話がかかってきたことを話した。


「すごいじゃん」


「やっぱりすごいの?」


 由美は動画を見せてくれる。hiruneの「昼に寝る」のミュージックビデオらしい。全編アニメーションで、少しダークな雰囲気だった。タイトルからして、昼寝するぐーたらな人でも描いてるのかと思ったら、水商売のような夜職の人の生活を描いてるらしかった。


「こういう感じだったんだ」


「本当に知らないの?」


 由美は半分呆れていた。


「それで春乃はどうするの?受けるでしょ、hiruneの曲になるなんて人生でこんなこと普通ないよ」


「そうなのかな、でも私知らなかったから逆に申し訳ないなって」


「そんなこと気にしてる場合?hiruneって小説を基に曲作ってるんだけど、元になった小説全部ベストセラーになってるらしいよ」


「え?嘘」


「そら、だって、みんな聞いてるからね。今配信のランキングとか、トップ10の内、5曲はhiruneの曲だよ」


「そんなに」


 確かに国民的と言われるのが分かった気がした。私の想像よりもはるかにこれは大きなチャンスをつかんだのかもしれない。大学行ければいいやとかそんなレベルじゃないかもしれない。もう一生小説で生きていけるのかもしれない。そう思うと、やる気になってきた。

 ただ、気になることもあった。


「でも、1個気になってることがあって」


「そんな1個気になるくらいで断ったらもったいないよ」


「そうなの?一応聞かない?」


「でも、こんな名誉なことはないよ」


「……わかった、受けるよ」


 気になったことはあったけど、ここまで由美が言うなら間違いないと思って、楽曲化されることを承諾することにした。


「やったね、これでお金が入るよ、ベストセラーだよ」


 由美が久しぶりにテンションが高い。


「良かった、ここまで長かった。でも、これから人気小説家として売れていくわ。サイン書くね」


「サインの前にパソコンレンタル料を」


「1万くらい」


「売上の半分かな」


「パーセントで攻めるのね。確かにパソコンレンタル業って儲かるね」


「それは冗談としても少しは考えて」


「わかったわかった。由美には本当に感謝してる」


 この日は由美からhiruneの話を詳しく聞いた。

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