第12話 企画力

 由美の家で晩御飯を二日連続いただくことになった。申し訳ないと思っていたけど、娘が2人になったみたいでうれしいと温かく迎えられた。

 由美も私も一人っ子だから、確かにそう思うのだろうな。ちなみに、姉妹だとしたらどっちが姉かという話になったけど、満場一致で私の方が妹に見えたらしい。


 晩御飯はそれなりに盛り上がり、2時間くらい話して、由美の部屋に戻ってきた。

 早速再生数を確認する。

 再生数を見て、由美と顔を見合わせた。


「2時間前にアップしたんだよね」


 念のため、由美に聞く。


「した」


「で、今の再生数は?」


「今見てるじゃん」


「12って書いてるけど」


「12だね」


 12だった。

 どんだけ目を凝らして、12万とか1200の間違いかとも思ったけど、12だった。


「そんなことある?」


「あったね」


 これまで私が見てきた動画でまず1万以上で当たり前、基本的には100万越えのものくらいしか見たことなかった。

 まあさすがにそれはないにしても、せいぜい1000くらいは行くものだと勝手に思ってた。それが100すら行かないなんて。

 12ってそれクラスの人数よりも少ないし。やっぱり地味で何のとりえもない私では何やってもダメだったかな。

 JKブランドだけじゃ甘かったことに初めて気づいた。


「私かわいくないかな」


「かわいい以前に企画の問題でしょ」


「由美の編集も良かったのに」


「編集の力の差もあるかもしれないけど」


「厳しいね」


 この日は、あまりにもショックでそのまま解散した。

 家に帰ってメントスコーラで検索したら、私が思っていた以上に同じ企画での動画が上がっていた。他の炭酸で試してみる動画、様々な飴で試してみる動画、特大のコーラにメントスを入れる動画、などなど、こすりにこすられ続けてもう搾りかすも残っていないような、そんな企画だったことに気づいた。由美があそこまで企画を渋っていた理由も今ならわかる。

 確かにこれじゃバズらない。

 せっかく由美のお母さんにも協力してもらったのに申し訳ないなとも思った。企画を一生懸命練ることに決めた。



 あの後、1か月間、ひたすらYouTubeの企画を考え続け、そして結果的に8本もの動画を上げた。現役女子高生が答える質問コーナーや歌ってみた動画、他にも色々考えた。

 ただ、由美からはそこまで良い感触を得られなかった。ありがちらしい。それでも、由美の編集はさらにどんどんうまくなっていった。

 とはいえ、せいぜい100回再生されればいい方で、全然再生されなかった。

 マンガで、若い女の子に投げ銭をどんどんして、金銭感覚を狂わせることを楽しむ性悪な視聴者がいると言っていたが、私たちにはそんな性悪な視聴者のターゲットにもならなかった。あくまでマンガだから、そもそも現実に存在しないのかもしれないけど。


 結局バイトがなくなって、その分を補填できなかったので、私はやむなくお母さんのスナックで手伝いをすることになった。

 ここでは意外にJKブランドが発揮されたらしく、と言ってもその場にただいるだけなんだけど、それでもお客さんが増えたみたいだった。私に入るのはお小遣い程度で、しかもそれが全て生活費として徴収されるから結局はただ働き。

 それでも、バイトしてた頃より家にお金を入れてないのに奇跡的に生活できているのは、スナックが儲かってるからだと思う。とはいえ、早くこんな生活を抜け出さないと、私が大学に行くことはできなくなる。もはや大学はどうでもよくなってきたけど、とりあえずお金持ちになりたい。

 


 そんな中、いつも通りの昼休み、由美は突然私に言った。


「もうやめない?」 


 全然再生数は伸びないものの、楽しくやってたつもりだったからこそ、この言葉は衝撃だった。


「突然、なんで?」


「突然でもなんでもないよ。これじゃいつまでも再生数が伸びないからだよ」


「でも企画だって最近頑張ってるし、それに由美の編集だってどんどんうまくなってるし」


「私気づいたんだけど、企画ってもっととがらないとダメかなって」


「とがる?」


「もっと、何かびっくりするやつ。通行人に告白し続けて付き合えるまでやってみるとかさ、家の外観勝手にピンクに変えるとかさ、まあこれもあるやつだからもはやとがってないかもしれないけど、そういう何かとがりが必要だと思う」


「でも、それって人に迷惑かけちゃうじゃん。それはやっぱダメじゃない?」


「そうだよね、だからさ限界だなって。多分あんまりそういう迷惑とか気にする私たちは真っ当すぎて、こういうの向いてないんだよ」


「でも、芸能人とかみんなやってるよ。女優さんとか真っ当だと思うけど」


「そうだね。でもあの人たちって別に元から人気あるわけでさ、元から人気あれば何とかなる部分もあると思うけど、そうじゃない私たちって無理かなって。何か特技とかあればいいけど、別にそういうのないし」


「そうなのかな……」


「実際そうじゃないのかもしれないと思って、ここまで1か月間頑張ってきてもう8本も動画上げて、それで100回って、それは無理かなって」


 由美の言うことは正論だった。

 私も薄々気づいていたけど、そうじゃないと信じたかった。でも、これを突きつけられると、返す言葉はほとんどない。


「でも、楽しかったでしょ」


「まあね。でも、春乃は楽しい云々とか言ってる場合じゃないでしょ」


「え?私?」


「だって、春乃はバイト代分は少なくとも回収しないといけないわけで。でもそれが回収できなかったら、春乃の家はやばいでしょ。今はスナックちょっとうまくいってるからって言ってたけど、長く続くかなんてわかんないし」


「そうだけど」


「いい加減、地道にバイトして稼いでたあの頃に戻った方がいいんじゃないかなって。そっちの方が春乃のためになるんじゃないかなって思って」


「うーん」


「とりあえず、当分は撮らないから」


「なら、スマホで……」


 最近色々動画漁り始めて、意外にみんなスマホで撮影してるってことに気づいた。スマホでもそれなりの画質で撮れるらしい。それに今はショート動画も流行ってるらしい。

 もう、由美が協力してくれないなら、いっそスマホでショート動画をバンバン撮ってみるっていうのもありだなって思った。


「春乃、もういい加減ちゃんとしようよ。それと、私言わなかったけど、春乃のスマホは安いやつだから、そんなにちゃんとした動画撮れないよ」


 由美のそういうちょっとした気遣いにイラっとした。由美を置いて屋上から出ていくことにした。でも、午後からの授業でも席は隣。とはいえ話さず、帰りも初めて一緒に帰らなかった。


 家に帰って、スマホでショート動画を撮影してみたけど、どうしてもきれいに撮れない。そもそもスマホを置くスタンドすら持ってないから、自撮りの形でやるしかないけど、それじゃブレてあんまり良い動画にならない。そもそも、何を撮ればいいかもわからなかった。やむなく、撮影は断念した。



 それからさらに1週間、由美とは口を利いていなかった。いつも通り屋上に行ったら、由美も屋上にいるけど、別のベンチに座った。その間、毎日毎日確認しても再生数もほとんど変わらなかったので、再生数を確認することすらもやめてしまった。

 一方で、スナックもJKブランド効果もほとんどなくなったようで、むしろただそれまでの1か月が繁忙期だっただけかもしれないけど、お客さんが普通の人数に戻った。

 私はまた明らかに生活が苦しくなることを見越して、新しいバイトを探すことにした。なるべくシフトが多く入れて、家から近いところ。それほど多くはないけど、飲食系のチェーン店であれば選択肢はいくつかあった。とりあえず、一番近くて、比較的好みの牛丼屋に応募し、来週面接することになった。

 私はまたバイトしかない高校生活に戻ることに決めた。それで、由美ともまたいつも通り仲の良かった頃に戻りたい。

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