第7話 後悔

「おう、来た来た」


 金髪にピアスを何個か付けたガラの悪そうな男が待ち構えていて、他にもヤンキー風の男が2人テレビを見ながら、酒を飲んでいる。男4人からは逃げられないと今更ながら気づいた。

 

 カイトは部屋の真ん中に連れていき、そこでようやく私を離した。突然離されたので、私は倒れ込んでしまう形になる。


「春乃ちゃんです」


 カイトは大声で煽るように叫び、男たちは歓声を上げる。私はこの後の地獄を想像して、身の毛もよだつ思いだった。そして、かなり震えていた。


「春乃ちゃん、レストランって言ったけど、まさか自分が食べれると思った。君は食べられる方だよ」


 男たちは歓声を上げる。


 何か私は悪いことしたのかと思ったけど、よく考えたらしてた。やっぱりそんな手っ取り早くお金が稼げるわけないよね。デートだけで5万も出すわけないよね。ちょっと女子高生ブランド過信し過ぎてたな。その間も、カイトが何か演説めいたことを話している。


「……俺たち散々良い大学行ったのに、全然就職できずに、フリーターやって、寂しい生活をさせられて、それなのに馬鹿な女は楽して金を稼ぐ。特にパパ活とか言って、デートするだけで何万も稼いでいくやつは許さねえ。こうして罰を受けさせ、楽で稼げないことを教えてやらなきゃいけない」


 こいつそういう系のやつか。こんなやつらに、私の初めてを……。


 そう思ったときには、既に本能的に立ち上がっていて逃げようとしたけど、当然男たちが立ちふさがって逃げられない。


 なんでこんな目に遭ったかな……。


「罰として、せいぜい俺らを楽しませてくれよ。」


 まずは制服のブラウスのリボンを外される。

 私はもう目を閉じて、このまま早く終わることを祈った。

  

 絶望を確信したその時、カードキーの音がした。音とともに、警察官が一斉に突入してくる。


「全員動くな。未成年略取・誘拐の罪で全員現行犯逮捕する」


 私は危機一髪救われたらしい。



 その後、警察署に連れていかれ、事情を詳しく聞かれた後、こっぴどく婦警さんに怒られた。最初明日香さんのことは話さないでおこうと思ったけど、話さない私を見て、高校の友達経由と思われたみたいだった。しきりに高校での仲の良い友達のことを聞かれるようになって、由美に迷惑を掛けるのは避けたかったから、やむなく明日香さんの話をせざるを得なかった。明日香さんには申し訳ないと強く思ったけども、それも仕方ないと割り切った。


 パパ活1回目ということは何度言っても信じてもらえず、常習犯のように扱われた。それが理由なのか、婦警さんからは、自分の体の大切さ、地道にお金を稼ぐことの大切さ、高校生の青春の大事さ、これら3つをローテーションに5周くらい話をされた。

 私は怒られている中でも、とりあえずあの空間から何とか抜けられたことでの安心感が勝っていて、なにを言われたか正直ほとんど覚えていない。逮捕されるときには、カイトと名乗る人、多分名前も違うんだろうけど、散々色々叫ばれた。ただ、明らかに私立の大学に入ってるとみられるあの人たちは、国公立の大学にすら行けない私よりもはるかに恵まれているであろうにもかかわらず、自分たちの方が恵まれていないということを散々話すのが一番よくわからなかった。

 物理的にも怖かったけど、そういう自分が一番かわいそうと言い出すあいつらの精神性がすごく怖かった。

 私もその人たちはそこまでかわいそうじゃないと断言している時点で、同じような精神性なのかもしれないけど。



 やっとお母さんが来た。1時間くらいの婦警さんの話はどうもお母さん待ちだったらしい。お母さんが見えて、安心感で思わず泣けてきてお母さんに抱きつこうとしたけど、ものすごい力でビンタされた。


「あんた何やってるのよ」


「ごめんなさい」


「私はこんな子に育てたわけじゃありません」


 そんなことわかってる。私もパパ活するために生まれてきたわけじゃない。なんで、こんなことしたんだろうとさっきの婦警さんの話の時もちゃんと聞いてたはずなのに、今やっとわかってきた気がする。

 そもそもお母さんから何か雑談とお金のこと以外でまともな話をしたのは何年ぶりかもしれない。


「ごめんなさい」


「お金に困ってもこういうことにはもう二度と手を出さないって約束して」


「絶対しません」


「よし。絶対約束ね」


 お母さんはその後、土下座しそうなくらいの勢いで警察署で謝りまくっていた。私もその横で何度も頭を下げ続けた。



 スナックは臨時休業にしたらしく、そのまま一緒に帰った後、カップラーメンを一緒に食べた。特に何も話さなかった。


 次の日の朝、珍しく早く起きれた。お母さんが昨日休みにした影響もあって、珍しく朝起きて弁当を作ってくれたらしく、その音で起きた。

 頭の上の方に置いてあるスマホを取ろうとするが、今日に限ってベッドから落としてしまう。家が狭い影響で、ベッドは結構高さがあるものを使って、ベッドの下や周りにたくさんの収納スペースを作っている。収納スペースと言っても、ただいらないもの、子供のころ使っていたおもちゃが散乱しているだけだ。だから、ベッドからスマホを落とすと拾うのがなかなか大変だ。

 一旦諦めて、リビングに行く。


 いつも通り、お母さんと一緒に食パンを食べる。ただいつもよりはるかに時間は早い。そして、空気も少し違う。それでも、まるで昨日のことがなかったかのように、いつものような雑談で、今日はスナックで聞いたらしい不倫がバレないテクニックを教えてくれた。

 別に不倫する予定もないし、まず付き合ってる人はいないから何の意味もないけど、お母さんなりの配慮だと思ってありがたく聞いておいた。ただ、そのネタだけでは場が持たず、ついているテレビを無言で眺めた。

 アナウンサーの謎の朝ごはんのコーナーを見て、しょうもないなと思っていたら、お母さんはとっくに洗い物に移っていた。私もそろそろ食べ終わるかと思ったとき、ニュースのコーナーに移った。


 1本目のニュースを見て、私は腰を抜かした。


「……、昨日逮捕されたのは、無職の佐々木海斗容疑者ら男4人です。調べに対し、パパ活する女にムカついていたなどと話しており、余罪等を追及しています。被害に遭った女子は保護され、特にけがはありませんでした。また、パパ活をあっせんした、都内の大学に通う大学生の荻原明日香容疑者に現在事情を聞いています。大学関係者の話によると、事態の重さに鑑み、除籍処分を検討しているとのことでした……」


 男性アナウンサーのハキハキとした声が耳の中に入っていっては抜けていく、そんな感覚だった。


 私のことがニュースになってる!



「春乃、食べたら持ってきて」


 お母さんのその声に、とりあえず、急いでテレビを消す。さすがに、お母さんの目に触れてもう一度怒られるのは避けたかった。

 それに、今はとにかくネットでどれだけ話題になっているか、どんな情報が世に出回っているのか知るのが先決だと思った。そのために、早くご飯を食べて、ベッドの下に落としたスマホを見つけるのが先決だ。

 そもそも明日香さんが逮捕されてるってどういうことだろう。ただ、私にパパ活を紹介しただけなのに。それに大学から除籍って……。そもそも除籍がどのくらいのことすらもわからないので、一刻も早く情報を集めたい。


「あら、テレビ消したの?」


「ご飯食べるときテレビ消した方が良いじゃん」


「もう食べ終わるところじゃないの」


「そうなんだけど……」


「そういえば、朝からあなたのニュースばっかりね」


 そっか、さすがに知ってたか。


「知ってたの?」


「ネットニュースとかでもすごい取り上げられてたわよ」


「え、そうなの……」


 やっぱりもうネットにもがっつり出てるのか。私の名前がさらされているのかどうか、今日学校行っても大丈夫なのか、そういうことが気になるけど、あまりそんなことをお母さんに言っても仕方ない。


「お母さんは何とも思わないの?」


「嘘とかならともかく、全部事実だしね。まあもし学校とかでいじめられたら言いなさい」


 そんな娘を持って恥ずかしいかどうかを聞いたつもりだったけど、報道が出たことについての感想が返ってきた。確かにそんなことニュースにするなという立場でもないし、事実しか言ってなかったから文句を言う筋合いはない。でも、いじめられたらって、実名さえネットでバレてなければ、多分大丈夫だと思うけど。まずは、ネットを見ないと……。

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