第4話 〇〇活

 この日は、その後特に何か変わったことはなく、いつも通り明日香さんのキラキラしていない話を聞きながら、一日が終わった。

 私は高校生ということもあって、いつも22時には帰らされる。明日香さんは最後の片づけまでいるので、大体日をまたぐくらいまでいるらしい。

 正直私からすると、深夜は割増時給になるから遅くまで働きたいけども、ダメらしい。明日香さんは基本早く帰りたいらしいけど、店長や他の社員さんが一人はかわいそうだからという理由でやむなく残っているらしい。

 そういう理由で、帰る時間が違うため明日香さんと一緒に帰ったことは一度もなかった。でも、今日は別だった。今日はお客さんがいつも以上に少なかったこともあり、片づけに時間がかからなさそうだったことに加え、店長が深夜の割増時給を出し渋ったことで、明日香さんも22時上がりになった。

 結果として、初めて明日香さんと一緒に帰ることになった。

 

 明日香さんとこれまで一緒に来たこともなかったので、私服を知らなかったけど、明日香さんの私服はものすごい。私も詳しくはないけど、なんとなく生地がしっかりしていて、まだ肌寒いこの時期にぴったりなコートを着ている。バッグも高そうな、多分10万くらいは余裕でしそうな、有名人のSNSくらいでしか見ないようなものだ。


「明日香さんの私服とか見たことなかったですけど、すごいですね」


「そうかな」


「そうですよ。その服といい、バッグもいかにも高そうじゃないですか」


「まあ頑張った自分へのご褒美って感じかな」


「家お金持ちなんですか?」


「そんなことないよ」


 まあ私の家ほど貧乏ではないだろうけど……、なんだろう、この差は。やっぱり大学生の割増時給ってそれほど高いんだろうか。私は1年働いても時給上がらなかったけど、4年働くと時給上がるんだろうか。いや、違うな。大学生と高校生の違いだ、これは。大学生ってやっぱり給料高いんだ。働きっぷりあんまり変わらないのにな。でも、今日店長がなんで明日香さんを露骨に帰らせたがってたのかわかった。明日香さんの時給が上がって、割増だとさらに上がるからだな。そういうことか。


「そうなんですね。早く大学生なりたいな~」


「なんで?」


「大学生になったら、時給上がるってことですよね?高校生と大学生でここまで時給違うとは」


「どういうこと?」


「私の今の時給じゃ、ブランド物はおろか、服すら買えないですよ~」


「さすがに服は買えるでしょ。ていうか、時給そんな変わんないよ」


「またまた」


「今私の時給最低賃金だけど」


「本当だ、一緒だ。えっ、じゃあどうしてそんなブランド物持ってるんですか?」


「まあ色々と」


 色々、この色々ってなんだろう。私の家は財閥の家ほど金持ちじゃないけど、ベンチャー企業の社長の娘ですとか。あるいは、お父さんは人気の歯医者さんで、お母さんは専業主婦、お年玉は10万円はもらえるって感じの、それ由美だ。


「色々って何ですか?」


「実は、今パパ活してるんだよね」


「パッ、パパ活?」


 さすがに、声がひっくり返った。パパ活って、あのパパ活だろうか。今社会問題になってる、なんだっけ、港区女子みたいなのと類義語だっけ。とりあえず、おじさんから金もらう系の何かだった気が。


「そんな驚く?」


「さすがに驚きます」


「そう?結構みんなやってるよ」


「そうなんですか…」


 何、今って世紀末?みんなってどこの世界?とりあえず、由美はやってないと思う。いや、パパ活やってるって聞いたことないし。お母さんはやってるのか、でもスナックってパパ活みたいなもんか。よく考えたら、スナックの常連さんからお年玉もらうのってパパ活?そもそもパパ活ってなんだ。


「まあおじさんと少しデートしたりして、お金もらう感じだよ」


 ですよね、デートしますよね。じゃあ、……みんなやってんの?


「本当にやってる人いるんですね」


「春乃ちゃんちょっと引いた?」


 すみません、引きました。めちゃくちゃ引きました。


「いやいや、全然。それでそんなに稼げるんですね」


「まあまあかな。あっ、じゃあ私行くとこあるから、ここで」


 明日香さんは駅に行く方向に歩いて行った。前聞いたとき、家はもう少し私の家の方だったと思ったんだけど、違ったかな。もしかすると、大学生だし、この後もパーティーとかしてるのかな。なんとなく、後ろ姿から明日香さんの足取りが軽く見えた。


明日香さんがパパ活やってるって聞いたその日の夜は、ほとんど眠れなかった。そして、次の日無事に遅刻しかけて、80円コッぺに走り、昨日と同じように屋上で由美と昼ご飯を食べる。ちなみに、今日のコッぺはブルーベリージャムだった。


とりあえず、私は日本の女子の貞操観念を知りたかった。私だけが知らないだけで、もしかしたらみんなやってるのかもしれない。だとすると、私が貧乏なのはただパパ活をしていないことが理由なのかもしれない。


「パパ活って知ってる?」


 は?ってなるよね。でも、ごめん。今回りくどいことしてる場合じゃないから。


「何?パパ活するくらいお金ないから、弁当分けてって」


 由美は白身魚フライをくれた。……、なるほど。由美から弁当のおかずをもらうにはパパ活のことを聞けば良かったのか。由美弁当攻略のRTA発見したな。


「いや、そうじゃなくて」


「いらなかった?」


「いや、ありがとう、なんだけど、パパ活って……」


「知ってるって」


「お父さんの肩たたきとかしてあげるやつ」


みたいなやつと勘違いしてない?


「ごめん、何だ普通のやつか」


「普通のやつって言えるってことは、由美はちゃんと知ってるんだね」


「さすがに知ってるでしょ。春乃も知ってるでしょ」


「知ってるよ。でもさ、その実際してる人に会っちゃったんだよね。」


「それで?」


 え?反応薄くない?本物に会ったんだよ。ていうか、本物がめちゃくちゃ身近にいたんだけど。


「それだけ?」


「何が?」


「驚かないの?」


「なんで?」


「パパ活実際にしてる人に会ったんだよ」


「普通じゃん」


「え?普通なの?」


「普通でしょ」


 うわ~、普通だった。やっぱり私がおかしいのか。もしかして、由美もやってる?いや、さすがに聞けない、聞けないな。


「由美はパパ活やってる人に会ったことあるの?」


「あるでしょ、普通に」


「嘘でしょ?」


「なかったの?」


「まじか~」


「クラスの子で言えば…」


 さすがにむせた。とりあえず、水筒のお茶を流し込んでなんとかする。


「同じクラスでやってる子いるの?」


「いるよ」


「嘘でしょ。信じられない、誰がやってるの?」


「誰って言うほどのことでも」


「そう言ってビビらせようとしてるんでしょ」


「例えば、くるみちゃんとかね」


「本当にいるんだ」


 大学生だからやってるって説はなくなったか。でもこの感じ、全員がやってるってことではなさそうで良かった。あとは由美がやってるかどうか、でもこの地味なメガネの子がやってたらショックだな。

 まあ地味な何のとりえもない私がやってないんだから、やってないとは思うけど。


「てかくるみちゃんやってんの?」


「らしいよ、他にも何人かいるね」


「もう聞くの怖いわ。もしかして由美もやってる?」


「誘われたことはあるけど、やったことないよ」


 誘われてたー。私は一回も誘われたことないのに。ある意味ショック。


「誘われたことあるんだ。まあ由美はお金もあるからやらなくても良いよね」


「まあジュース買うからね」


「ジュース基準出た」


「そこまでお金困ってないっていうのもあるけど、なんかそう簡単にお金稼ぐって無理な気がして」


「でもデートだけで結構稼げるんじゃないの?」


「普通に考えてだよ、簡単にお金って稼ぐなんて無理な話じゃん。だから裏があるっていうか、なんか怖いなって思って、私はできなかった」


「そう言われるとそうなのかも」


「でも、ジュース買えない人はパパ活やっても良いんじゃない」


 え?私に勧めてるの?散々否定しといて。


「いや、怖くない?」


「正直ジュース買えない今の春乃が一番怖いよ」


「確かにそっか。そうかもね。パパ活か~」


 ジュース買えない人は確かに怖いか、でもパパ活、パパ活?

 パパ活した方が良いのかな。とりあえずまずはもう1回明日香さんと話せるときに、ちゃんと具体的な話を聞きたい。

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