第3話 おじさん対応のプロ
カフェに来る人は若い人もいるが、意外におじさんやおばさんが多い。おばさんは何人かで集まってマシンガントークを繰り広げる。
で、おじさんは大体一人で来て、パソコンで作業をしていることが多い。ただ、たまに、明らかに店員目当てじゃないかという人もいる。若い子と少し交流ができるという感じで、いわばアイドルの握手会感覚で来ているような気がする。私も若い女子高生ということで人気があるのかもしれないけど、いつも大概明日香さんがいるときにそういうお客さんが多い気がする。明日香さん目当てなんだと思う。それを知ってか知らずか、明日香さんはお客さんの相手を避けているような気がする。勘違いかもしれないけど。最近はそういうお客さんの顔を覚えてきたけど、この人は初めての人だ。
少し嫌な感じはするけど、そういう感情は表に出さず、接客する。ただ、注文を聞いた時に、「おすすめで」と言われたときは驚いた。カフェに来て、おすすめってあまりないと思う、いや普通にないと思う。カフェなんてコーヒーか紅茶かそれ以外かの選択肢で、好みのものを選ぶのが基本だと思う。コーヒーとかに種類はあるけど、わからなくてもわからないって言わずわからないなりにそれっぽい名前のコーヒーを選ぶだけだと思う。万一、カフェでもしおすすめはと聞かれたら、まあ多分コーヒーになることが想定されるからこそ、聞く意味もない。そんなこともわかってないのかと思いながら、「特にそういうのは……」と答えると、
「お姉ちゃんの好きなもので」
と言ってきた。そもそもこんなおじさんのお姉ちゃんになった覚えもないし、誰かのお姉ちゃんになった覚えもないし。せめて言うなら、お姉さんじゃない?とか思いながら、多分相当不機嫌になったことも顔に出てるなと思いながら、
「そういうことはやっていないんで」
「お姉ちゃんはカフェ嫌いなの?」
いやいや、あなたが嫌いなだけですけど。
「いや、好きですけど」
「なら好きなものくらいあるでしょ」
「それじゃあ、抹茶ラテですかね」
ここで、コーヒーや紅茶と答えようものならまだまだ続くと思い、絶妙におすすめっぽく聞こえそうで、会話が終わりそうな抹茶ラテを選んだ。
「じゃあそれで」
「サイズは?」
「一番小さいので」
いやいや、ケチかよ。一番大きいの買えよ。
「わかりました。それでは、410円です」
このおじさんは、見るからに使い込んだ、むしろ川から拾ってきて乾かしたのかというくらい汚れた黒い革、いや革っぽい財布から500円玉を手に取り、トレーに出す。
レジで精算し、おつり90円をトレーに出そうとするが、まさかの向こうは手を出している。こいつもしかして直接渡せということか。さすがに、それは嫌だったので、トレーに出そうとすると、トレーの上に手を出してきた。
仕方ないので、手の上に落とすような形で小銭を置こうとするが、おじさんはすくい上げるみたいな形で私の手を少し触れるような形で受け取った。思わず、小さく悲鳴を上げてしまったけど、とりあえずその場を切り抜けた。
店内のお客さんはまばらになっている。このカフェはなんだかんだ朝は7時開店で夜は23時までやっている。で、大体19時くらいからはお客さんは少なくなる。さっきのおじさんはかれこれ1時間以上いるけど、未だ特に何をするでもなく、時折こっちを嫌な目で見ている気がする。意外にカフェに居座る能力は高いらしく、絶妙に少しずつ飲み物を減らしていくものの、ギリギリまだ飲み終わってないからまだ帰りませんよ感を出してきている。抹茶ラテってそんなゆっくり飲むものだったっけと錯覚しそうにもなる。
ただ、こうしてお客さんがまばらになると、雑談タイムで、明日香さんと色々話す。いつも大抵は明日香さんのキラキラ女子大生ライフの話をしてほしいものの、意外にもラーメン巡りしかしてないとか、家で一日アニメを見て過ごしたとかいう、まるでキラキラしてない話をしてくれる。多分本当はキラキラした生活を送ってるんだろうけど、半分照れ隠しで、もう半分は嫉妬防止なのかで、そういう話ばっかりしてくる。そんな明日香さんも私はかなり気に入ってる。ただ、今日はもうあのおじさんのことを一刻も早く話したいと思って、この時間をずっと待っていた。
「あのお客さん気になりません?」
少し小声で、あの例のおじさんにはなるべく聞こえないように、お客さんに背を向ける形で聞いた。
「どのお客さん?」
「あのなんかやばそうなお客さんです」
「全然わかんないよ」
やばそうなお客さんって言ったらもう一人しかいないと思うんだけど。
「時々こっち見てるおじさんみたいな人です。」
「どれ?」
明日香さんがお客さんの方を見て、探し始めるので、さすがに止める。
「ちょっと明日香さん、バレますから」
「あっ、ごめん。で、何注文した人?私何注文した人かで覚えてるから」
「そうなんですか?抹茶ラテの人です」
「ああ、あの人だね。そんなに気になる?」
明日香さんと私がそのおじさんの方を見たとき、同じくおじさんがこっち側を見たので、思わず目が合ってしまう。明日香さんと私は少しにこっとすると、おじさんは少しニヤッとしながら目をそらした。
「確かにこっち見てたね。そんなに気になる?」
「なんか怖くないですか?」
「そうかな。でもそんなに気になるなら、私行ってくるね」
え、行くの?と思って、止めようとしたときにはもう明日香さんはカウンターを出て、おじさんのところへ行ってしまった。私も追いかけようとしたところで、新しいお客さんが来てしまった。
お客さんの対応をしながら、明日香さんとおじさんの方を見るものの、顔ややりとりは見えない。私がドリンクを作り終えたタイミングで、おじさんは帰っていった。私は思った。明日香さんっておじさん対応のプロだなと。そして、明日香さんは特に変わった様子もなく、いやむしろ心なしか少しうれしそうな顔をしながら、戻ってきた。
「ありがとうね」
「いやいや、なんで明日香さんが感謝するんですか。私こそありがとうございました」
「いやいや全然」
「もう明日香さん尊敬しかないです」
「大げさだよ」
「師匠と呼ばせてください」
心の中では、おじさん対応のプロと呼んでいたけど、さすがにそれは少しディスってる気がしたので、やめた。
「大げさすぎない?まあいいけど」
「で、師匠どうやったんですか?」
「師匠はやっぱり大げさだし、やめよっか」
じゃあ、プロって呼んでいいですか?って聞こうと思ったけど、本気で怒られると困るのでやめておいた。
明日香さんのプロっぷりを私はこの時まだ知らなかった。
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