第2話 平凡な日常
さすがに衝撃だった。
いつも一緒に昼ごはん食べて、一緒に帰って。正直彼氏なんか作ってる暇なんてないと思ってた。
でもよく考えると、普通に土日とかあるし、いつも帰る速さランキング全校トップクラスの私たちは放課後、人より時間があるから、確かに別に彼氏いたっておかしくない。
いや、おかしいか。贔屓目に見たらかわいいかもしれないけど、客観的には地味なメガネのこの由美に彼氏……?
「おめでとう」
とりあえず、こう言うしかないか。
「いや、そんな良いことじゃないから」
ちょっと、なんかイラっときた。何それ、良いことでしょうよ。
「うれしいでしょ」
「うれしいよ」
「素直だね。私も友達としてうれしいよ」
「素直に祝われると、ちょっと調子狂うな」
この人、あれだ。自虐風自慢ってやつだ。いや、むしろ別に自虐もしてないし、ただの照れ隠し、ていうか、新手の嫌がらせでしょ。
「リア充爆発していいよ」
「そうでなくっちゃ」
「なんなの、それ」
「これからも変わらず友達でいてね」
なんか、その彼氏できたら彼氏いない私に悪いなっていうその感情がちょっと腹立つけど。
「もちろんだよ」
まあそうは言っても、別に他に友達がいるわけでもないし、彼氏がいたところで関係は変わらない、と思う。彼氏できたことないから知らないけど。知らないけど。
「春乃も青春しなよ」
もう超マウント取ってきてる。なんだろう、別に彼氏欲しいとか思ったことないけど、なんとなくちょっとした敗北感あるのなんでだろうな。
「青春ってやっぱり金掛かるじゃん」
「そうかな」
「ジュース一つ買えない人に、青春する権利はまだ与えられてないんだよね」
「でも帰り道一緒に帰るとかもデートじゃん」
いやいや、いつも一緒に帰ってるじゃん。由美も帰り道デートしてないよね。
「誰よりも早く帰る帰宅部だよ。帰り道一緒になりようがないよね。そもそもいつも由美と私でこの学校で誰よりも早く帰ってるじゃん」
「なら登校するときとか?」
「確かにそれはあり得るかも」
「いや、ないね。寝癖ついてるし」
「そうなったら、寝癖直すよ、さすがに」
「そしたら遅刻するじゃん」
「確かに」
「そこ確かになんだ。もうどうしようもないね」
「もう寝癖フェチの人探すしかないよ」
自分で言いながら、そんなフェチの人に好かれても、それはそれで怖い。
「早く起きなよ」
「それができたら苦労しないよ」
「なら青春無理か」
「そもそもお金ないところが問題なんだよね」
「そうだね」
「とりあえずどうにかしてお金欲しいな」
「こればっかりは頑張ってとしか言えない」
頑張ってもこれだから、困ってるんだよね。ちゃんと努力もしてるから。
「でもさ、今年そう思って宝くじ買ったの」
「既にダメじゃん」
「ダメじゃないでしょ」
「その発想がね」
何、貧乏人は夢見ることすら許されないってこと?
「でも当たったら億だよ。万じゃないよ」
「で、当たったの?」
「当たってたら青春しかしてないと思う」
多分当たってても、青春してない未来は見えるけどね。当たってないけど。
「宝くじ当たったから青春してるって人見たことないけどね」
「それはそうだけど」
「宝くじ買うお金はあったんだ」
「今年のお年玉が」
「どのくらい使ったの?」
「全部」
由美がさすがに吹き出した。そうだよね。私も今話してておかしいなって思ってた。
「全部?」
「全部。3万」
「お年玉意外に少ないね。」
はい、きたー。親戚多い自慢きたー。
「そうなの?二重にショックなんだけど」
「10万くらいはもらえるかな」
「由美そんなに親戚いるの?」
「まあそのために、正月色々回るからね」
出た出た。よくあるやつね。お年玉多いのは努力したからってやつね。
そんなこと言うけど、どうせただただおじいちゃんとかの家に行って偶然来てたおじさんとかとしゃべったことを努力って言うタイプなんだわ。
私なんか、そもそもじいちゃんもばあちゃんもいないし、親戚付き合いもお母さんが皆無らしいから、何ももらえなくて、やむなく正月からお母さんのスナック手伝ってお客さんからお年玉としてもらっただけなのに。
しかも、半分お母さんに場所代とか言って取られたし。頑張っても3万なのにな、こっちは。
「いいなあ、私も頑張ったんだけどな~」
「それ全部お年玉使ったんだ」
「けど、1ミリも当たらない」
「100円くらいはさすがに当たるんじゃ」
「見事に一つも当たらなかった」
ごめんなさい、盛りました。さすがに1000円は当たりました。でも、1000円だけだったけど。ただ、1個も当たってないって言った方がちょっと面白いかなとか思って、そう言ってみた。こう言って、弁当みたいにお金も分けてくれると助かるんだけど。
「悲しいね」
「ということもあって特に今年はお金ないんだ」
「なるほどね。そら自業自得だわ」
「お金ほしいな」
由美の方をじっと見つめるものの、「あげないよ」と言われてしまった。
無事に授業が6限まで終わり、由美といつも通り全校生徒トップ10に入るくらいのスピードで学校を出て、一瞬家に寄ってそのままバイト先に行く。
高校ですら家から近いって理由だけで、自分の偏差値より少し低い高校に通ってるくらいだから、バイト先も家から歩いて10分のところを選んでいる。
とはいえ、家から徒歩10分圏内で、まともな時給が出て、高校生が働けるのはカフェくらいしかなかった。高1の4月に無事採用されて、もう1年経つけど、店長がバイトしてる人数を見ると、意外に倍率は高かったらしい。
それに加えて、私が鬼のようにシフトに入るので新人の活躍する場面が著しく減っている。基本平日は放課後3日間、土日はフルで入る。
正直平日はあと2日も入れるけど、店的にNGらしい。昔より上がったらしいけど、あくまで最低時給だから給料は大したことはない。それでも、大した仕事もないし、シフトを限界まで入れてくれるから、バイトを他に替えようと思ったことは一度もない。
「春乃ちゃん、お客さん来てるよ」
そう声をかけてくれたのは、明日香さんだ。明日香さんは、今大学生で、最近20歳になったらしい。都心の大学に通っていて、つやつやの長い髪でいいにおいがする柑橘系の香水をつけていて、雰囲気も大人っぽく、私の憧れの先輩だ。明日香さんは家が近所にあるらしく、高校時代からバイトしていて、バイトリーダーって役職はないけど、実質そんな役割で、バイトをまとめる立場にいる。
「あっ、すみません」
そう言いながら、私はお客さんの相手をする。入ってきた当初、ドリンクを作るのは何とか覚えられたものの、レジの決済方法が多すぎてなかなか覚えられなかったとき、いつも助けてくれたのは明日香さんだった。レジに慣れてきてからは、ちょっとした合間の雑談を少し楽しみにしている。
「明日香さん、今日……」
こうして雑談しようと、明日香さんに話しかけようとしたところで、お客さんが入ってくる。少しくたびれたスーツで、髪の毛が割と少ない系の50代くらいのおじさんだ。なんとなく、私の方を見て少しにやにやしている気がする。
このおじさんをきっかけに、私の平凡な日常が変わってしまうとはこの時は全く考えてもいなかった。
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