極貧JK、楽して金を稼ぎたい

サクライアキラ

第1話 80円のコッペパン

「ここ、入試に出ますよ。もうあなたたちは2年生になりました。まだ4月だと言っても来年は受験ですからね。しっかりしてくださいよ」


 本当に入試に出るのか、出なかったら損害賠償もらえたりするのかな。そもそも、まず大学に行けるのか、正直それすらもわからない。シングルマザーで母親はスナックをやっているっていう貧乏な家のテンプレみたいな家庭の娘は、テンプレのようにまず偏差値的に大学に行けるかじゃなくて、金銭的に大学に行けるかが何より重要だ。


 今どき奨学金が当たり前の時代で、しかも噂によると私みたいな貧乏な家の子は返さなくてもいい奨学金をもらえるらしいけど、それでも学費で精一杯。生活費はどうするのか。普通なら仕送りやバイトで何とかなる、あるいは返さないといけない奨学金でどうにかすればという話になる。しかしながら、それは全然実態がわかっていない。


 まず、そもそもそんな家の親たちは大学なんて経験していない。だから、自分たちがしてきたように、高校を卒業したら、当然親が仕送りなんてとんでもない。子供がどれだけ家に金を入れるか、そもそもそういう思考だ。それをまず説得できたとして、次はバイトしようものなら、なぜバイトするのかという思考になる。なぜなら、大学で勉強するために親への仕送りをしないことを説得しているからだ。まあここも何とか説得できるかもしれない。


 でも、奨学金は別だ。なまじ高卒、いや高卒関係ないのかもしれないが、いかんせん借金で人生を狂わされた経験がある、あるいは周りにいる、あるいはテレビでやってることを理由に、借金だけはするなという方向に傾く。別にこっちだって借りたくて借りてるんじゃなくて選択肢がないだけなのに、と返すわけだけども、「当然大学行かないって選択肢もあるよね」、となる。


 そうしたら、当然積む。まともな稼ぐ手段を持たない高校生はここで大学への進路は断たれる。もちろん、全ての家がそうではないと思うけども、そういう流れで、私は今大学に行けない可能性がかなり高まっている。


 だからこそ、別に入試に出るとか言われても何もピンとこない。最近ニュースで、結局金持ちの家庭からしか難関大学に行けず、格差が広がる原因になっているってやっていたけど、分かった気がする。勉強しても大学に行けるかどうかわからない子はモチベーションが上がらないよね。


 そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。よく考えたら、この後は昼休みだった。そう思った私は、全速力で教室から出る。先生から止められた気がしたけど、そんなこと言ってられない。


 ここの学校の購買は、基本高い。今日は久々に起きられなかったから、弁当がない。そうなると、購買で一番安いコッペパンを買うしかない。でも、数量限定、学生の人数に全く合ってない数しか用意していないから、秒で売り切れる。ほら、実際購買に着いたら、もう10人以上並んでる。これ間に合うか……。


「春乃、早い。びっくりしたよ。多分先生怒ってたよ」


 そう言って、後ろから追いかけてきたのは由美だ。気配的に、私が教室を出てすぐ追いかけてきてたと思う。


「いいのいいの、どうせ大したことじゃないし」


 このメガネかけた地味系女子こと由美は学校での唯一の友達だ。親友、いわゆるズッ友くらいの気持ちでいる。ただ中学が一緒だった女子が由美の他にいなかったというだけではあった。中学時代はそこまで仲良くなかったけど、クラスも多い中で奇跡的に2年連続同じクラスになった縁もあり、基本は一緒にいる。あまり言わないけど、お互い彼氏とかそういうのにも縁がないっていうのも仲良い秘訣だと思う。


「それに宿題聞き忘れたでしょ」


 由美の指摘は正しい。でも、授業自体ほぼ聞いてなかったから、別にチャイムの瞬間に出ていってなくても、宿題は聞き忘れたとは思う。


「それは由美に聞く」


「いや、私も一緒に出てきたから知らないよ」


「うそでしょ。そのための由美じゃん」


「そんな召使いみたいな役引き受けた覚えないよ」


「てか、由美は別に走ってくることなかったじゃん。弁当あるでしょ」


「あるね」


「なんで来たの?」


「春乃の召使いだから、横にいた方が良いかなって」


 さっきからこの「召使い」って何だろう。由美はたまによくわからない例えをする。


 こうしてしょうもない話をしている内に、一番前まで来た。元気はつらつな売店のおばちゃんの勢いに押されながら、何とか数量限定の80円の特製コッペパンを買う。コッペパンは既に一つしか残っていなかった。


「あら~、一つで大丈夫?」


 と、おばちゃんから言われるが、


「……、え?一つしかないじゃないですか?」


 と返すしかない。コッペパン以外のものは買わないのかっていうことだとはわかってるけど、そんなの買えるわけがない。


「まあそうだね~。でも走った甲斐あったね~。陸上部?」


「帰宅部です」


 走っていたのを見られていたことへの恥ずかしさから、すぐ100円玉を出して、お釣りを受け取って、そそくさとその場を離れることしかできなかった。


 昼休みの時間、屋上が開放されている。飛び降りとかを恐れて、屋上を開放するなんて言語道断という話も出たらしいけど、昨今の子供たちが外に出ないことを考慮して、昼ご飯を食べる用にベンチなどを置いた上で開放したらしい。

 ただ、そのために2メートル以上ある鉄の柵が全方向につけられ、なおかつ登れないように柵の上にはとげとげした針みたいなものがついている。そして、必ず先生が一人監視している。そういう状況だからこそ、みんなこぞってくるような場所ではなく、人は少ないが、とはいえども、必ず数人は昼休みに来ている。


 そして、その数人の中に、私と由美がいる。教室の何とも言えない窮屈さに飽き飽きしている私に由美は合わせてくれる。由美はいつも弁当だけど、少し高級そうな黒い弁当箱で、中にはエビフライや肉の炒めたやつ、ホタテの……何かわからん高そうなやつ、とかどれか1種類でいいじゃんって思うものがたくさん入っていて、もちろん米もある。


 私はさっきのコッペパンだけ。ダイエットには最適だろうけど、さすがにこれだけじゃ足りない。でも、お金は使えない。そうなると、もうできることは一つしかない。


「もう既に疲れた。帰りたい」


 とりあえず、アピールする。


「走るからでしょ。そんなにコッペパン大事?」


「あそこの購買で買って良いのはコッペパンだけだから」


「そんなことある?」


「普通に、あそこの購買、サンドイッチ300円だよ。それにおにぎりですら200円だし。インフレ進みすぎでしょ」


 とりあえず、軽いトークしながらも、コッペパン一つしか買えない現状をさりげなくアピール。


「インフレの波がしょぼい高校の購買にも来てるか」


「ただコッペパンの80円は安い。だからあれならギリギリ買える」


「安すぎるか、高いかどっちかしかないよね。」


「でもあのコッペパン数が少ないんだよね。だから走らざるを得ない」


「走ってくることは想定してないと思うけどね」


 走らないといけないのは、私のクラスの教室がかなり購買部から遠いという極めて不利な状況が理由だった。実際走ってもなお、1個しか残っていない始末だった。


「絶対あれだよね。すごい並ぶから、コッペパン売り切れても何か買わないとみたいな雰囲気で高いもの売りつける新手の詐欺みたいな感じだよね。」


「そんなまるで何十万もするものみたいに言うけど、300円とかだし、そんなせこい詐欺ないでしょ」


 ごめん、そろそろさ、ネタ切れだから。別にコッペパンの現状嘆きたいんじゃないから。そろそろ、「私の弁当少しあげよっか」って言ってくれればいいんだけど。


「高校生に300円は高いよ。しかもあんなちっちゃいサンドイッチ」


「まあ気持ちわかんなくもないけど。ていうか、そんな節約するなら購買行くなよって話」


「だって仕方ないじゃん。今日弁当忘れたんだもん。朝起きたらもう8時だったし」


「8時って、逆に遅刻してないのが奇跡だわ」


「でしょ、無敵の帰宅部の登校と帰宅の速さなめないでほしいな」


「全然ほめてないけどね。とはいえ、コッペパンだけっておなかすかない?」


 来たよ、来た来た。ここまで時間かかったな。


「すくよ、でも…」


 とりあえず、弁当を分けてもらえるとは思ってない感を出しておく。


「ごめんごめん、またコッペパンの話しようとしたでしょ、もういいよ」


「女子会って面白かった話を何回もするらしいよ」


「そんな普通の女子会しても意味ないよ」


「そうだね。新しい女子会像作っていこっか」


「そんな仰々しくなくて良いけど…」


 いやいやいや、そうじゃなくて、なら「私のあげよっか」でしょ、そこは。

 とりあえず、コッペパンを少し食べる。残念ながら、今日はイチゴジャムの日だったらしい。別に嫌いじゃないけど、原価的にはチェリージャムの方が倍近くするから、得な気がする。そうは言っても、マーガリンがちょっとだけ入ってるだけの原価抑え目系のよりはまっしだ。

 毎回、この80円コッぺの中身がランダムに入っているのも人気の秘訣だ。でも、実際は80円で元を取るためにやっているだけだとは思う。別にただの安いパンだから、特に何もないが、とりあえずのどは乾く。

 弁当は作れなかったものの、何とかギリギリで準備できた水筒からお茶を飲む。


「あのさ、水筒の中ってお茶?」


「なんで?」


「お茶とコッペパンってなくない?」


「いや、ないよ」


「だよね」


「水筒に牛乳入れるってなくない?」


「ないね」


「水筒に牛乳入れるか、コッペパンとお茶飲むか、どっちが良い?」


「別に牛乳じゃなくても良くない?」


「水筒にジュース入れるってなくない?」


「ないね。でも、普通にジュースとか牛乳とか買えば良くない?あっ…」


 由美は気づいたらしい。80円コッペしか買えない私にそんなもの買えるわけがないと。


「やっぱり女子会する?」


「やめとく」


「普通にジュースとか買いたいけどね」


「買えばいいじゃん。なんだかんだ毎日バイトしてるし、買えないことはないでしょ」


 canかどうかで言えば、canだけど、貴重な100円をジュースには使えない。


「買ったら死ぬってほどじゃないけど、100円も惜しいよ」


「そっか」


 私のコッぺだけアピールに全く屈さず、由美は弁当からエビフライを食べる。


 ダメだ、結局私からある程度弁当について話振らないと、これは弁当もらえないやつだ。


「由美の弁当はいつも豪華だね。」


「普通だよ」


「エビフライとか入れたことないもん、弁当に。それどころかもう3年くらい食べてもないかも」


 実際はそんなことはない。何度も由美からエビフライを分けてもらった実績があった。


「わかったわかった。はい、あーん」


 そう言うと、由美は、自分の弁当からエビフライを箸でつかみ、私の口に持っていく。

 なんだ、普通にくれるじゃん。時間損した。いつもこう普通に攻めるだけじゃもらえないから、ちょっと工夫したのに。


「ありがとう、召使い」


「召使いになった覚えないけどね」


 いや、さっき自分で言ってたじゃん。こういうところ、ノリ悪いんだよね。


「でも、召使いから一言。お嬢様、寝癖くらいは直してはいかがですか?」


「嘘?」


とりあえず、髪をさわり、手で直そうとするものの、自分ではわからないから、結局由美にやってもらう。でも、多分手櫛じゃ、全然直ってないんだろうな。


「春乃はそんなんだから彼氏できないんだよ」


「由美もおんなじじゃん」


「どこが?」


「えっ?」


「えっ?」


「まさか彼氏できたの?」


「言ってなかったっけ?」


「初耳。うそでしょ」


「嘘」


「なんだ」


「嘘」


「えっ、どっち?」


「他校の先輩」


「本当なの?」


「本当」


たった一人の友達に初めて裏切られた気分になった。

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