9.予感

成程なあ。

弘は、ネットニュースを見ていた。

朱雀製紙の連続殺人事件のニュースだ。

事件の詳細を報じている。


あの夜、雉内刑事と雉内刑事の奥さんの三人で、石鎚山へ向かった。

雉内刑事の奥さんは、県警本部の刑事だ。

しかも、雉内刑事よりも階級が上だ。

家庭ではどうか分からないが、警察では、頭が上がらないようだ。


土小屋の駐車場からキャンプ場へ向かった。

山道を暫く歩いていると、叫び声が聞こえた。


雉内刑事の後に付いて、立入禁止の山道を進んだ。

何故、雉内刑事が、立入禁止の山道を選んだのかは、分からない。


しかし、雉内刑事の勘が、当たった。


鶴見さんと梟旗店主が、若い男を崖から引き上げていた。

雉内刑事も手伝って、引き上げている。

若い男は、雲雀運輸のドライバーで、鳶田という事だ。


その奥で年配の男が崖にしがみついている。

それをまた、同じような年格好の男と、年配の女性が、引き上げている。

弘は、慌てて加勢した。


崖に、しがみついていた男は、孔雀ティッシュの鶉野部長。

鶉野部長を引き上げている男が、孔雀ティッシュの鷺岡さん。

女性は、鶴見さんの奥さんだそうだ。


鳶田を引き上げると、鶴見さんが急いで、キャンプ場へ走った。

鶉野部長と梟旗店主も鶴見さんを追った。


「ダメやろなあ」

鷺岡さんが、力無く云った。


鳩井が、鴉目にしがみついたまま、崖から落ちた。

叫び声を聞いたが、腕を貸す人手が居なかった。


暫くすると、パトカーのサイレンが聞こえた。

雉内刑事の奥さんが、石鎚山西警察署の刑事課の鴇沢課長に連絡していたらしい。

さすが、抜かりが無い。


程なく、救急車のサイレンも聞こえた。

もう、土小屋の駐車場に到着するだろう。


弘は、鳶田と雉内刑事を現場に残して、キャンプ場へ降りた。

河原の崖沿いに歩いて、落ちたと思われる辺りへ歩いて行った。


河原の岩場近くだ。

何人もが円になって、しゃがみ込んでいる。


鳩井か鴉目の死体だろう。

弘は近付いて行った。


年配の男の遺体が横たわっている。

鴉目に違いない。

何人かが、遺体に向かって、囲むように立っている。


その十メートル程奥で、座り込むように若い男が居る。

鳩井だろう。

皆で、若い男の回りを囲んでいる。

驚いた。


鳩井は生きている。

そして、何やら、うわ言を呟いている。

…誰か。何か、…手か、枝か…

と聞こえた。


弘は、懐中電灯を上に向けて、崖を見上げた。

あの辺りから、落ちたのだ。

それで、助かるのか。

何があったのか。


翌日の日曜日、弘は栗林市の自宅へ帰った。

良かった。

社宅、明渡し延長の交渉しなくて済んだ。


朱雀製紙従業員連続殺人事件の犯人は、鴉目だった。

鷲尾の転落死は、鴉目が立入禁止の山道を登って、待ち伏せていた。

鵜川が、この道だと思ったのは、鴉目を見たからだ。


鴉目は、例の一番危険な崖の手前で隠れた。

鷲尾等、四人をやり過ごした。


鴉目は、崖の岩が、突き出た箇所を狙った。

鵜川が、先に立って歩いている。

その後を標的の鷲尾が歩いている。

岩の突き出た角を先に行く、鵜川が回った。

岩に隠れて、鵜川から鷲尾が見えない。


その時。

鴉目が、追い掛けて、鷲尾を突き落とした。


キャンプ場で鴉目が、鳶田に教えたそうだ。

鴉目は、鳶田を殺すつもりだから、喋ったのだと思われる。


鷹山の場合は、鳶田が考えた通りだった。

鴉目は「時鳥」で、電話を繋ぎ、店内の会話を聞いていた。

鴉目は、「時鳥」の近くで居た。

鵜川が店から出て来た。

跡を付けたらしい。

この辺りの話しは、想像でしかない。


鴉目は、鵜川が店に戻る直前に、話し掛けた。

鷲尾の転落死の真相を知っているか、確認した。

どうやら、鵜川は知っいるようだった。

こうなれば、裏切ったのは、鶴見しかいない。


鶴見には、鷲尾が転落死したのは、事故ではないといった。

鴉目が、殺人事件だと、うっかり明かしてしまった。


鶴見は、雁矢副社長の秘書で、雁矢専務派の切れ者で通っている。

ただ、犯人は、鴉目だとは、明かしていないのだが。

だから…

裏切ったのは、鶴見しか居ない。


そこへ、鷹山が店から出て来た。

どうしたのか。と声を掛けて来た。

鴉目は、その場で、ナイフで刺し殺した。

鵜川が震えている。


すぐに「時鳥」脇の路地を商店街へ向かって走った。

車を旧住宅街へ駐車場している。


鵜川が、目の前を走り過ぎた。

鴉目は、鵜川を捕まえて、車に押し込んだ。


後は、石鎚山登山口の、土小屋からキャンプ場へ鵜川を連れて行き、河原で刺し殺した。


鳶田は、全て、知っている事を喋った。

ただ、鴉目は、崖から落ちて死んでしまっている。

だから、真相は闇の中だ。


ただ、不思議なのは、鴉目の素性が分からない。

どうやら、誰かの戸籍を入手して、なりすましていたらしい。

どこで生まれて。どこで育ったのか、全く分からない。


しかし、とこかで、格闘技の特殊訓練を受けていたのは間違いない。

ナイフの使い方。

素手での格闘。

とても素人とは、思えないそうだ。


さて。

六月の末に、朱雀製紙の株主総会があった。

役員の任期満了の時期ではなかった。

だから、総会の案内に、役員の選任に関する議案はなかった。


総会は、従業員が、殺害された事件に関する説明と、お詫びで始まった。

当然、殺人事件に関する説明では、雁矢専務の個人融資の説明もあった。


関係会社の幹部が、犯人であるとの証言があった。

証言した従業員は、現在、警察で取調が進んでいるのだが。


しかし、事実が、明らかになるかどうかは分からない。

それは、犯人と思われる関係会社の幹部は、あの夜、崖から落ちて亡くなっている。


株主総会で、雁谷国靖社長、雁矢清継副社長、雁矢清孝専務の辞任が発表された。

当たり前と云えば、当たり前だが。


後任候補として、社長に、雁谷友信(現、孔雀ティッシュ社長)と提案された。


更に、専務には、雁谷国秀(現、東京本社、常務)と提案があった。

いずれも、総会で承認された。


成程なあ。

弘は、何度目かの「成程」を小声で云った。


それより、どうやら雲行きが、怪しくなった。

七月に入ると、十日前後で、千景が夏休みで帰省する。


どうも、お母さんと千景のグループメッセージで、陰謀と策謀が、渦巻いているようだ。


千景の夏休み、剣山を登る羽目になりそうだ。

弘と千景のグループメッセージで、こっそり、教えてもらった。


それにしても…

また、腰が痛くなる羽目になるのか。

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