8.決着

「あのテント。やないんかな」

鶴見が河原に、張っているテントの、一つを指差した。


まだ、何人か各々のテントの前で、食事をしている。

食事を終えた人も、テントの前で、お喋りしている。

皆、キャンプを満喫しているようだ。

どのテントからも、窓から明かりが漏れている。


その中で、あの河原の土手近くにある、テントだけ明かりが点いていない。

鶴見は、その、明かりの点いていないテントへ近付いた。


古条市だった。

監禁されていたのは、古条市の港近くの雲雀運輸の倉庫だった。

海運業を営んでいた頃の、古い倉庫だ。

今は、利用されていない。


雲雀運輸は、規模を縮小して、陸運業に絞ったからだ。

今でも、その倉庫を雲雀運輸が所有している。

また、業績が回復すれば、海運業も狙っている。


目が覚めて、気付いた時に、その倉庫で転がっていた。

手足を縛られ、口をガムテープで塞がれていたいた。

困っていた。


鳶田の身が、危険な状況だ。

こんな所で、転がっている場合ではない。

なんとか、手足を縛っているロープを解こうと、身を捩らせていた。

しかし、ロープは、一向に緩まない。


そんな時、倉庫の扉が開いた。

誰かが入って来た。


誰だ。

鴉目か。

見ると、涼子だった。

鶴見の嫁さんだ。


涼子が、鶴見に、ゆっくりと歩み寄り、縛ったロープを解いた。

涼子は、落ち着いている。


「危ない事ばっかり、するな」

涼子が鶴見に文句を云った。


「いや、何で分かったんよ」

鶴見は、涼子が何故、この場所を見付けたのか、不思議だった。


涼子が、鶴見の着ているスーツの内ポケットに手を入れた。

取り出したのは御守りだ。

中を見ると、GPSが入っていた。


普段なら、連絡が付かなくても、気にもしない。

しかし、涼子は今、実家へ帰っている。

かなり危険な状況なのは、分かっている。


GPSで位置情報を確認すると、古条市の港を指している。

鶴見が、全く行った事の無い場所だ。


だから、来た。

「それで、どうするん?」

涼子が帰るのか、これから、どこかへ行くのか尋ねる。


鶴見は考えた。

今から、どこへ行けば良いのか。

鳶田を探さなければ。


しかし、どこに居るのか。

「ちょっと、いや、かなり、危ない奴が…」

居所が分からない。

鶴見が、状況を説明した。


涼子が少し考えて「もう一つの御守は?」と鶴見に尋ねた。

鶴見は、鳶田に持たせたと答えた。


「それがな。分かるんよ」

涼子が、微笑んで云った。


そして。

「ああっ」

鶴見は、気付いた。


鶴見の車は、倉庫の駐車場跡に停まっていた。

涼子が運転席に乗り込むと、涼子のスマホを鶴見に渡した。

鶴見のスマホは、おそらく、鴉目に奪取されている。

だから、鶴見は、スマホを持っていない。


「小夜さんに連絡して」

涼子が鶴見に命令する。


小夜さんとは、梟旗小夜子さんの事だ。

涼子は小夜さんの一年後輩だ。

つまり、鶴見にとっても、一年後輩になる。


「分かった」

鶴見は、返事をして、小夜さんに電話を入れた。

今から、鳶田の所へ向かう旨を伝えた。

何だか、鶴見と涼子の立場が逆転している。


「ちょっと、コンビニに寄ってよ」

鶴見は、まる二日、何も食べていない。

確かに、鳶田を探し出すのは急ぐ。

しかし、とてつもなく空腹だった。


鶴見が涼子が鶴見を睨んている。

「脇見運転は、いかんやろ」

鶴見が注意した。


石鎚山登山口の、土小屋に着いた。

駐車場へ車を停め、重河渓のキャンプ場を目指して歩いた。


「これ」

涼子が鶴見に懐中電灯を渡した。

コンビニで買ったと云う。

そして、涼子が自分用だろうか、懐中電灯をバッグから取り出した。

更に、バッグの中を見せた。

同じ懐中電灯が、三本入っていた。


梟旗さんに、連絡しているから、すぐ合流出来るだろう。


もしかすると、鶴見達より早く到着しているかもしれない。

古条市の方が、石鎚山市の方が、石鎚山へ行くには、近いから。

しかし、懐中電灯を準備していないかもしれない。


まだ、梟旗さん達は来ていない。

「キャンプ場へ向かう」と梟旗さんに伝えて、河原へ降りていった。


鶴見は、キャンプ場のテントを見渡した。

テント、一張ずつ声を掛けた。

男二人で、キャンプへ来ている者を見ていないか尋ね歩いた。


河川近辺のテントで、二人の男を見た人は、居なかった。

キャンプ場への降り口から、一番奥のテントへ向かった。


テントには、誰も居なかった。

河川で釣りをしていた人が、近付いて来た。

どうかしたのか。と尋ねられた。

その人が、男二人を見ていた。


若い男の方が、体調を崩したようだった。

もう一人の四十四、五歳の男が、肩で支えて、歩いていた。


大丈夫か。と声を掛けた。

大丈夫だ。と返して、駐車場の方へ向かって行った。

一時間くらい前の事だ。


鶴見は、慌てて駐車場へ向かおうとした。

「駐車場やないんよ。こっちなんよ」

涼子が云った。


鶴見夫婦は、駐車場から、まっすぐキャンプ場へ降りて来た。

その男二人とは、出会していない。

だから、立入禁止の道へ入って行った。

涼子が説明した。


立入禁止の道を進んで行こうとした時、梟旗さんがやって来た。

他に、鷺岡さんと鶉野、それに、鳩井も一緒だ。

涼子が、四人に三本の懐中電灯を渡した。


梟旗さんと涼子が、立入禁止の分かれ道に残って、待つ事にした。

何かあった時の、サポートに回った。


鶴見達五人は、立入禁止の道を急いだ。

暫く歩いていると、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。


ひぃぃ!

助けてくれぇ!


一斉に、懐中電灯を向けた。

鴉目だ。

鴉目が、鳶田を崖から、落とそうとしている。


鶉野が、鴉目に飛び掛かった。

拍子に、鳶田が崖から滑り落ちそうになった。

危ない。

鶴見は、鷺岡さんに懐中電灯を渡し鳶田目掛けて走った。

鳶田の身体を捕まえた。

おおっ!

下半身が、崖からぶら下がっている。


鴉目が鶉野を蹴り飛ばす。

今度は、鶉野が崖から落ちそうだ。

鷺岡さんが、鶉野を支えに走った。

きいぃ!


鳩井が、鴉目に飛び掛かった。

鴉目が身体を躱す。

鳩井が、それでも鴉目の腰に、しがみつく。

鴉目がもがく。

ああぁっ!

ひぃぃ!


鳩井が鴉目に、しがみ付いたままだ。

鴉目は、崖の縁にしがみついている。

まさに、崖っ縁だ。

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