7.追跡
弘は、居酒屋「坊っち庵」の前で、雉内刑事を待っていた。
昼間、雉内刑事が「時鳥」へやって来た。
どうやら、弘を探していたようだ。
「時鳥」は、今日も休みだった。
雉内刑事が、弘に「坊っち庵」を知っているかを尋ねた。
弘は、知っていると答えた。
そして、今夜、一緒に飲む事になった。
弘は、元々、会社勤めをしていた。
「坊っち庵」へは、石鎚山市へ出張の際、何度か行った事がある。
「お待たせしました」
雉内刑事がやって来た。
鴇沢課長には、内緒で来ているそうだ。
「それで…」
雉内刑事が、云い難くそうに切り出した。
雉内刑事は、弘に頼み事があった。
鴉目は、どこへ行ったのか。
思い付いた事を教えてほしい。
雉内刑事が、弘に縋るように頼んだ。
弘には、一つ、気になる場所がある。
何の根拠もない。
根拠がある。としたら、弘の勘だけだ。
雉内刑事の刑事の勘より、曖昧なのだが。
弘の勘を伝えた。
すると、雉内刑事が、閃いたように乗った。
今から、すぐに向かうと云う。
「えっ?今から…」
弘は焦った。
二人とも、酒を飲んでいる。
車には乗れない。と呟いた。
雉内刑事が何とかする。と云う。
どうやら、雉内刑事に、弘の呟きが聞こえているようだ。
けど、居るか居ないかは、行ってみないと分からない。
弘は、心のなかで呟いた。
それでも。
もし、居なくても、探し出さないと、じっとしてはいられない。
可能性がある所は、探してみる。
と雉内刑事が云う。
雉内刑事が、弘の心の呟きを聞き取ったようだ。
雉内刑事が、誰かに電話を入れた。
タクシーで、行くのか。
と、呟いた。
雉内刑事が違います。と云う。
電話が繋がったようだ。
親しそうだが、何か無理に頼み込んだようだった。
「出ましょう」
雉内刑事が、店を出ようと急かした。
車の準備が出来たようだ。
本当に、今から行くのか。
弘は、一般市民なのだが。
そんな事を云ってる場合では、なさそうだ。
あるいは、聞く耳を持たないようだ。
仕方ない。
付いて行くか。
急いで、店を出た。
商店街の駐車場へ急いだ。
駐車場で、待っていると、車が入って来た。
雉内刑事の前に停止し、運転席の窓が開いた。
女性だ。
雉内刑事が弘に、後へ乗るように云った。
雉内が、助手席側に回り、乗り込んだ。
雉内刑事が、運転席の女性に「済まない」と感謝した。
そして、その女性を紹介した。
えっ。奥さん。
弘は、少し驚いた。
名前は美沙。雉内美沙。
年齢は、秘密なのだそうだ。
雉内刑事が、弘を奥さんに紹介した。
何だか、分からないが、刑事の奥さんが、捜査に同行して、良いのか。
と、云う弘も、本当に良いのか。
しかし、会話が無い。
電話では、親しそうだった。
当たり前か。夫婦だから。
それでは、何故なのか。
「あのう…」
弘は堪らず、こんな事になってしまって、申し訳ない。と謝った。
「あっ。いや、こちらこそ…」
美沙さんが、気遣わなくて良いと返した。
何度も、こんな事があったそうだ。
良かった。
何とか、会話が成立するようになった。
そして、駐車場へ到着した。
登山口の小屋だ。
と、云っても、石鎚山を登山する訳ではない。
勿論、登山道を行くのだが。
弘は、考えたのだ。
どうも、連続殺人事件の犯人は、重河渓に執着しているようだ。
鷲尾は、石鎚山へ登っている途中、転落死した。
ちょっと違うが、鷹山は、「時鳥」脇の路地で殺害された。
こじつけになるのだが、鷲尾の転落死の真相を喋ろうとしていた。
鵜川は、重河渓の河原で殺害された。
弘が、事件に関わるきっかけとなった。
それに、鷲尾の場合は、転落死となっていた。
しかし、突き落とされた可能性が出て来た。
そうなると、三人が殺害された事になる。
美沙さん。つまり、雉内刑事の奥さんが、駐車場の奥へ向かった。
雉内刑事が、登山口は逆だ。と声を掛ける。
美沙さんが、駐車場に停まっている車のトランクを見て回っている。
美沙さんが云った。
もしかしたら、トランクに誰か、押し込められているかもしれない。
折角だから、確認している。
さすが、刑事の嫁さんだ。
弘は、雉内刑事に、奥さんは、何をしている人か尋ねた。
雉内刑事が、云い難そうに云った。
「刑事です」
えっ!
弘は驚いた。
美沙さんは、県警本部の刑事だそうだ。
刑事部の班長をしている。
階級は警部補で、雉内刑事より階級は上だ。
何とも微妙な夫婦関係だ。
「ちょっと。手伝って」
雉内美沙警部補からの指示だ。
雉内刑事が、登山口の方から、車のトランクを確認し始めた。
弘は、駐車場の出入口付近から、車のトランクの確認を始めた。
「あっ!」
鶴見の車だ。
弘は驚いた。
鶴見が来ている。
弘は、雉内刑事と雉内警部補を呼んだ。
鶴見が来ていると伝えた。
雉内刑事が力強く云った。
間違いない。
ここに鴉目が、来ている。
「行こう」
雉内刑事が云って、登山口へ向かった。
目指すのは、登山口から石鎚山へ向かう途中の、立入禁止の山道だ。
「多分、河原ですよ」
しかし、弘は云った。
鵜川が殺されたのは、重河渓の河原だ。
近くに、キャンプ場がある。
キャンプ場と云っても、トイレがあるくらいなのだが。
今でも、河原で、いくつかテントが張られている。
弘は、先頭に立って、重河渓へ向かう階段へ向かった。
キャンプ場へ向かうには、このコースが早い。
急いで行かなければ。
もしかすると、手遅れかも。
「待て」
雉内刑事が、先頭に立った。
重河渓へ向かう階段を降りて行った。
弘の後から、雉内警部補が付いて来る。
階段を降りると、そこは山道だ。
暗くて、道が見えない。
雉内警部補が、小さな懐中電灯を弘に渡した。
もう一本、雉内刑事の懐中電灯を弘に渡した。
雉内警部補は、更に、もう一本取り出して握った。
懐中電灯を人数分、三本も準備しているのか。
なんと、用意周到なのか。
そう云えば、雉内警部補の足元を見ると登山靴のようだ。
どこまでも用意周到だ。
坂を登ると、石鎚山の山頂へ続く。
弘達は、坂を下りた。
坂を下りると、重河渓のキャンプ場へ辿り着く。
懐中電灯で、足元を丸く照らしながら、下りて行った。
道幅は広くはないが、狭くもない。
緩やかな下り坂を三人は、無言で下りていた。
弘は、もう酔は覚めていた。
途中、立入禁止の標識があった。
立入禁止の道は、鷲尾が転落死した道へ続くそうだ。
鷲尾達は、登山口の方から、この立入禁止の道へ迷い込んだそうだ。
丸い明かりが、道端を照らす。
生い茂った草叢が騒ぐと、どうしても驚く。
弘は、結構、怖がりだ。
弘達は、心逸りながら、足取りはゆっくりと、用心して山道を下りていた。
突然だった。
うおぉ!
ひいぃ!
叫び声だ。
山道の下から聞こえた。
三人が、一斉に懐中電灯で上方を照らす。
人。のようだ。
立入禁止の山道だ。
遅かったのか。
「急ぎましょう」
雉内刑事が冷静に云った。
何だか、力が漲っている。
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