6.拉致

鶴見は、鳶田を探していた。

二ヶ月程前、鳶田から相談を受けた。


相談は、鳶田が雲雀運輸へ就職する経緯まで遡った。

ちょっと、長くなる。

が、大事な内容が含まれていた。


鳶田は、個人事業者として、運送業を営んでいた。

一年前。

ある日、孔雀ティッシュへ、作業用物品を届けた。

その時、男から、声を掛けられた。


鳶田は、何度か、その男を見掛けた事がある。

鳶田は、その男から、雲雀運輸に就職しないか。と誘われた。

その男が、雲雀運輸の鴉目部長だった。


雲雀運輸のドライバーが、二人退職したそうだ。

それで、ドライバーを探していたそうだ。

鳶田は悩んだ。

石鎚山銀行の事業応援ローンを利用している。


事業を廃業した場合は、ローン残高は、個人ローンへ切り替わる。

何故か、金利が多少高くなる。


それで、雲雀運輸へ誘った鴉目部長に相談した。

すると、鴉目部長が、そのローン残高の全額を会社が負担する。と云った。

もう、考える余地はなかった。


鳶田は、即座に雲雀運輸への就職を決めた。

その代わり、鴉目部長から一つ、依頼を受けた。


指定する日に、石鎚山へ登る事だ。

指定する日は、三日間だ。

石鎚山登山コースの一つ、重河コースにある立入禁止の登山コース外に付いてだ。


その立入禁止の道に立っている標識を抜き取る事だった。

その標識を分からないように隠す事。

そして、その立入禁止の道を歩き回る事。


鳶田には、どういう事か、良く分からなかった。

しかし、ローンの返済が出来る。

更に、就職まで出来る。

鳶田は、鴉目部長の指示に従った。


石鎚山に登る途中、立入禁止の標識を抜き取り、草叢へ隠した。

その日から、三日間、立入禁止の道を歩き回った。

最終日に、鴉目部長が確認に来た。

周りの景色をスマホのカメラで撮っていた。


鳶田は雲雀運輸へ勤め始めた。

実際に、個人ローンの返済も完了した。

更に、約束には無かったが、幸町のマンションも用意されていた。


仕事も、個人事業で営業していた頃より働き易かった。

もつと云うと、収入も以前より多かった。


全く問題無く、生活が出来る。

筈だった。


就職して、すぐ、だった。

石鎚山を登山していた石鎚山大学生が、転落死したニュースを見た。

立入禁止の道を登っていたそうだ。

更に、立入禁止の標識が草叢に投げ込まれていた。


これは、鳶田がやった事だ。

怖くて誰にも云えない。

いつ、警察が来るか、不安で仕方なかった。

しかし、また、ニュースで転落事故だとして処理された事を知った。


鳶田は、また普段通り、勤めていた。

不安な気持ちのまま。


そして、二ヶ月程前に、 ドライバーが、一人退職した。

鳶田は、そのドライバーと、会社の食堂で一緒になった事がある。


皆、配送に出ているので、ドライバー同士、昼間、会う事はあまりない。

鳶田は、そのドライバーと、さほど親しくはなかった。


しかし、そのドライバーが、喋り掛けてきた。

内容は、配送先の悪口とか、今日の弁当は美味かったとかだ。

他愛もない内容だった。

鳶田も話しを合わせた。


そして、そのドライバーは、次の配送先があると云って、食堂から出て行った。

その際、鳶田に云った。


「今度は、お前かな」そのドライバーは声を掛けた。


今度は、お前。

とは、鴉目部長の手足となって、不正の手伝いをする事だった。

そのドライバーは、その月末で退職した。


鳶田は、怖くなった。

そして、鶴見に相談があると云った。

鳶田は、全てを話して、鶴見に助けを求めた。


では、どうして、雁矢専務派の筈の鶴見に相談したのか。

罠。

と、鶴見は疑った。

何か、しくじったのか。

考えてみた。


鵜川は、石鎚山本社勤務で、雁矢専務のお膝元だ。

いろんな目と耳がある。

だから、鵜川とは全く、接触はして居ない。

鷹山は、三之洲工場勤務だ。

だから、三之洲の喫茶店で、会っている。


鷹山に鳶田の事を伝えた。

更に、鷲尾の転落死の情報を伝えた。


その鷹山と、連絡しているのが、バレたのかもしれない。

三之洲には、朱雀製紙の関係会社が、数多くある。

だから、一年も経てば、察知される危険性はあった。


鶴見の失策だ。

それで、鶴見は確かめる事にした。


鳩井が石鎚山本社出張から東京本社へ戻る前日、いつも、どこかの居酒屋へ行っている。

鶴見は、鷹山に、その居酒屋を「時鳥」にするように頼んだ。

もし、「時鳥」の近辺に鴉目が居れば、罠だ。


居なければ、罠ではない。

ただし、何故、鳶田が鶴見に相談したのかは、分からない。


もしかすると、鳶田は、鶴見が鷹山と会っている所を見たのかもしれない。

確認する間もなく、鳩井の出張が終わる。


そして「時鳥」の路地で、鷹山の殺人事件が起こった。

この時、鳶田は、鴉目部長から指示されていた。

これも、鳶田が告白した。


「時鳥」に入って、スマホの電話て店内の会話を聞こえるようにしろ。

と云う事だ。


実は、この鴉目部長との通話で指示を受けていた際、救急車のサイレンが聞こえた。

鴉目部長のスマホからも同じ、サイレンの音が聞こえた。


近くに居る。

鴉目部長は、この近くに居る。

そう思ったそうだ。


鳶田は、ここまで、正直に喋っている。

それでは、どうして、鴉目は、鳩井達が「時鳥」へ行く事を知ったのか。


実は、鶴見も「時鳥」の近くに居た。

状況を確認するためだ。

だが、鴉目部長の姿は見えなかった。


そして、更に、鵜川の殺人事件だ。

もう怖くて、退職を考えた。


雁谷常務から「時鳥」への、集合の招集があった。


その日、帰宅しようとした時、鳶田から連絡があった。

緊迫した電話だった。

「助けて」

鳶田の声が途絶えた。


スマホの電話が切れた。

鶴見は、鳶田に電話を入れた。

もう電源が切れていた。


鶴見は、すぐに、鳶田の自宅へ向かった。

しかし、既に鳶田は居なかった。

車に乗り込もうとした時、脇腹に衝撃が奔った。

そのまま気絶していた。


目が覚めた時、どこかの倉庫で、転がって居た。

両手を後ろ手に、足首も縛られている。

口は、ガムテープで塞がれている。


困った。

動きが取れない。

声も出ない。

誰に殴られ、誰に縛られたのかも、分からない。

しかし、殺す気なら、もう殺されていただろう。

縛ったまま、放置しているのは、何か目的がある筈だ。

つまり、また戻って来るのだろう。


突然、金属を引っ掻くような、大きな音を立てて、倉庫の入口が開いた。

誰か倉庫へ入って来る。


誰だ!

ああっ!

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