5.不明

やはり、来ていた。

何か、考え事をしているようだ。


あれ程、深刻そうな表情を見た事が無い。

と云っても、知り合って、まだ一週間だ。


声を掛けると、すぐに近付いて来た。

もう、いつもの笑顔になっていた。


「今日も、休み、やったわ」

秋山が云った。


居酒屋「時鳥」の事だ。

昼間「時鳥」は、ラーメン屋を営業している。

夕方から、居酒屋になる。


ラーメンは、醤油ラーメンだけなのだが、結構、繁盛している。

だから、秋山は、ラーメンを食べに来た。

だけでは無い。


一昨日は、定休日だった。

そして、昨日も休みだった。

更に、今日も休み。


「可怪しいと、思わんですか」

雉内刑事が云った。


「そうなんや」

秋山が、独り言のように喋る。

梟旗店主に、何かあったのかもしれない。

病気か怪我か、あるいは…

そう。

あるいは、行方不明。


店の入口には、「店休日」の札が掛かっている。

一昨日のままだ。


「実は、鶴見さんも、姿が見えんのや」

秋山が云った。


「知っています」

雉内刑事が云った。

石鎚山銀行の、鵙枝さんを訪ねた、と伝えた。

秋山が頷いた。


「他に誰か、居なくなった人は?」

秋山が尋ねる。

何だか、予想していたようだ。


「鳶田と鴉目」

雉内刑事が答えた。


「カラスメ?誰?」

秋山が、尋ねる。


秋山は、鳶田を知っていたが、鴉目を知らなかった。

当然だ。

鳶田は、雲雀運輸のドライバー。

鴉目は、そこの業務部長。

秋山の周辺で、どこにも、登場していない。


鳶田は、鷹山の事件の時「時鳥」に居た。

だから、知っている。

しかも、鵙枝さんと顔見知りだ。


しかし、秋山の情報源からは、鴉目の情報は入らなかったようだ。


雉内刑事は、鴉目が雲雀運輸の業務部長である事を教えた。

すると、秋山が、驚いている。

そんな情報を秋山に云って良いのか、と心配していた。


更に、一年前に、朱雀製紙に内定していた鷲尾が転落死した。

その前に鴉目が、鷲尾に声を掛けていた。


「ちょっと待って」

秋山が、雉内刑事の話しを遮った。

秋山が心配したのは、捜査情報を漏洩して良いのか、雉内刑事を心配しての事だった。


雉内刑事は、もう、そんな事を云っている場合では無いと思っている。

また誰か、被害者がでるかも、しれない。

それを阻止する方が、先決だと思っている。


秋山が暫く考えて云った。

秋山は、鷲尾の転落死の事は、知っていた。

ネットニュースを調べて知っていた。


ただ、雉内刑事から聞いた話しを考えていたようだ。

鷲尾の転落死も、事故ではなく、事件の可能性がある。

「時鳥」で、鷹山が、鷲尾の転落死の話しを始めた。

その後、すぐに事件が起こった。


鵙枝さんの情報から、鳶田が、店内の状況をスマホを通じて、誰かに流していた。と思われる。

秋山は、鳶田のスマホが、鶴見さんに通じていたのではないかと思っていた。


つまり、一連の事件の犯人を鶴見さんではないかと思っていた。

しかし、鵙枝さんの話から、犯人は鶴見さんではないと思った。

まず、何等かの理由で、朱雀製紙、あるいは、その関係会社を退職した者に対して、支援をしていた。


雁矢専務の横暴により、退職を余儀なくされた者だ。

例えば、退職後、自営業を始めた者について、初期投資や運転資金について、石鎚山銀行を紹介していた。

他の銀行については分からない。


石鎚山銀行の鵙枝さんの話しでは、何人かに、事業応援ローンを紹介している。

銀行からの資金調達の相談だけなのかどうかは、分からない。

すぐに転職が出来た者についても、分からない。


しかし、雁矢専務の所為で、退職した者の生活には、気遣っていたようだ。

鶴見が、策を講じて雁矢専務の横暴を阻止しよとしていたが、叶わなかった。

だから、せめてもの償いをしたかったのかもしれない。


鶴見の奥さんは、今、奥さんの実家に居る。

鵜川の事件後、鶴見から云われて、実家へ戻って居る。

奥さんは、最近、何度か連絡を入れたが、通じなかった。

何度か同じ様な事があったので、気にしていなかった。

ちゃんと、御守りを渡してあるから、大丈夫なのだそうだ。



もしかして、鶴見は、自身が危ない、と察知していたのかもしれない。

いや、察知していたのだ。

だから、奥さんを実家に返していたのだ。


その時、奥さんは、鶴見からもう一つ、御守りを頼まれた。

「ちょっと、危ない奴がいる」

と云った。


翌日、奥さんが、鶴見に御守りを準備した。

鶴見に連絡して渡した。

しかし、誰に渡すのか分からない。


「ただ、気になる事があるんや」

秋山が云った。

鵙枝さんは、昨日、融資相談に人を連れて来ると云っていた。

しかし、来なかった。


誰だったのか。

朱雀製紙か、その関係会社を退職した者だろう。

最近、退職した者を探せば、何かわかるかもしれない。


「鳶田では、ないですか」

雉内刑事はそう思っている。

鳶田も、所在が不明だ。


しかし、鳶田は一度、石鎚山銀行から融資を受けている。

鵙枝さんが、担当していた。

鶴見に相談しなくても、鵙枝さんとは顔見知りだ。

一年前、鳶田は、事業応援ローンを一括して返済している。

どこから、資金を調達したのか。


秋山が聞き取れる程度で呟いている。

疑問を整理しているようだ。


皆、どこへ行ったのか、探しようもない。

着信音。

鴇沢課長からだ。


雲雀運輸から、連絡があったそうだ。

ドライバーから、鳶田の行きそうな場所を聞き出すように依頼していた。

誰も、鳶田の行きそうな所は、知らないそうだ。


それよりも、鴉目部長を石鎚山市内で見掛けたという情報があったそうだ。

場所は、幸町だそうだ。


幸町といえば、鳶田の自宅マンションがある。

鴇沢課長か、すぐに、鳶田の自宅へ向かえとの指示した。


雉内刑事は、今、鳶田の自宅から、「時鳥」へ来たところだと伝えた。

「時鳥」は、昨日、今日と休みになっている。

梟旗店主とも連絡が取れない。

しかも、鶴見も所在不明だ。

と、鴇沢課長に報告した。


皆、一度に探す事は出来ない。

だから、一連の犯人だと思われる鴉目を追え。

との鴇沢課長の指示だ。


そんな事は、分かっている。

もし、鴉目が幸町に現れたのなら、鳶田の自宅へ行ったのかもしれない。


それにしても、所在の判明しない関係者が多すぎる。

しかし、そんな事を云っても、どうしようもない。


誰が犯人か。

雉内刑事は、鴉目が犯人だと確信している。


それは…

秋山が躊躇うように、云い淀んだ。


「勿論。刑事の勘」

雉内刑事は、誇るように云った。


雉内刑事は、ふと、思い付いた。

秋山の勘は、良く当たっていた。

鶴見を疑っていたのは、間違っていたのだが。


もう少し、秋山の話しなのか、推理なのか、を聞いておきたい。

それで、雉内刑事は、秋山を居酒屋へ誘った。


仕方なさそうに、秋山が了解した。

「何だ…」

秋山が呟いた。

何だ、今夜、雉内と男同士でデートか。


秋山が、随分、残念そうな唸り声が聞こえた。

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