4.確執

昨日は、「時鳥」の梟旗夫婦、アルバイトの鶉野奈津が鶴見課長を探していた。

他に誰が、捜索に加わっていたのか、分からない。

鳩井は、殆んど、鶴見課長の事を知らない。


鶴見課長は、水曜日には、出社していた。

水曜日に「時鳥」で、集合する筈だった。


集合する目的は、一部の従業員が危険な状況に置かれている。

一部の従業員とは、鳩井等の事だ。

雁谷常務の意を請けて、雁矢専務の不正を阻止する役目だった。


勿論、その役目が、殺害に結び付いたのかどうかは、分からない。


しかし、これ以上、犠牲者を出してはいけない。

危険を回避するために、その役目を一旦、中止する事になった。

危険を回避?


ただ、この辺りも、雁谷や雁矢一族の傲慢さが窺えるのだが。

会社業務は、安全であるのが、当たり前だから。


鳩井は、東京本社へ戻ればどうだ、と諭された。

しかし、鳩井は石鎚山本社へ留まると応えた。


一緒に石鎚山へ登った同期四人だ。

今、文字通り生き残っているのは、鳩井一人だ。


決着がつくまで、東京本社へ戻る訳にはいかない。


今日は、鳩井も鶴見課長の捜索に加わった。

雁谷常務の許可は得ていない。


あの日。

鶴見課長の所在が不明なった夜、鳩井は、雁谷常務に鶴見課長を捜す云った。


雁谷常務は、鶉野部長と鳩井に、普段通り通常勤務するように云った。

鳩井は折れて、翌日、勤務に就いた。

しかし、鶴見課長は、見付からなかった。


鳩井は、覚悟を決めた。

鶴見課長を捜す。

入社して初めてだ。

雁谷常務の指示に従わなかった。

どうしても、鶴見課長に無事で居てほしかった。


今から十数年前、業務管理課の係長だった。

当時、雁矢専務が、関係会社何社からも、個人融資を強引に実行していた。


業務管理課係長の鶴見に関係会社からの、苦情が多く、対応に追われていた。

これは、元を絶たないと終わらないと思った。

何度か、社長に直訴した。

しかし、雁矢専務の不正に付いて、雁矢副社長に苦情を云っている。

また会社としても対処する。との回答だった。


雁矢副社長は凡庸な人物で、ほぼ、息子の雁矢専務に、関係会社の運営を任せていた。

その関係会社から苦情が噴出しているのだが。

雁矢副社長が、何を考えているか分からない。


それでも、雁矢専務は、会社の実権を握りつつあった。

雁矢専務は、雁矢一族で、朱雀製紙と関係会社を牛耳るように、画策していたようだ。


そして、定期異動で、何故か人事課の課長に昇進した。

それならと、鶴見課長は、雁矢専務に接近した。

雁矢専務は、若い頃ギャンブルに嵌っていた。

かなりな借金を抱えていたようだ。

その返済、のみならず、新たにギャンブルをするのため、子会社から個人融資を強要していた。

取締役会の承認も受けていない。

しかも、殆んど返済していない。


そして、雁矢専務の関係会社からの借入返済を目論んだ。

それこそ、あの手この手だ。

雁矢専務は、関係会社からの個人融資が、出来なくなった。

これは、雁谷社長、雁矢副社長から、強く叱責されたからだ。


ところが、どうして、あんな手口を思い付いたのか分からない。

関係会社で、業績の良かった孔雀ティッシュに、商品の新規採用手数料を導入した。


当初から、手数料の明細を改ざんして、雁矢専務が、全て手数料を受け取っていた。

つまり、孔雀ティッシュを食い物にしていた。


その後、孔雀ティッシュは、テレビコマーシャルに後押しされ、業績は更に上昇した。

実は、テレビコマーシャルを提案したのは、雁矢専務だった。


そして、露骨に孔雀ティッシュから搾取が始まった。

鶴見課長は、それを阻止しようとしていた。

しかし、元々、強引な手口で新規採用手数料を取り入れているので、少々の事では、阻止出来ない。


そんな時、梟旗課長が、役職定年して二年目、何故か孔雀ティッシュの部長として転籍した。


梟旗さんは、鶴見課長の二年先輩だ。

高校時代から、顔見知りだ。


だからなのか。

鶴見課長は、梟旗さんを巻き込もうと思ったのかもしれない。


しかし、梟旗さんは、鶴見課長が計画を打ち明ける前に断った。

梟旗さんは、鶴見課長が話しを持ち掛ける内容を察知したらしい。


愚直な梟旗さんは、戦うのであれば、正面から対決すべき。と考えたそうだ。

直接、梟旗さんから聞いた。


ただ、梟旗さんは、どうしても、やるんだったら。と一つ提案した。

孔雀ティッシュは、社名の通り、ティッシュが、主力商品だ。

だから、新規採用手数料をティッシュ以外の商品に適用する。と云った。


そうすれば、更に孔雀ティッシュは業績を上げるだろう。

更に、新規採用手数料のリスト改ざんの阻止を徹底的に実行する。

孔雀ティッシュから、手を引かざるを得なくする。

と、あくまでも、愚直な提案だった。


そして、雁谷常務が、梟旗さんから、鶴見課長の意志を聞いて接触を始めた。

梟旗さんは、直接、雁谷常務と話しをした事が無かった。

しかし、そのままでは、万一、鶴見課長に何かあった時、取り返しがつかない。

特に、何も考えずに、雁谷常務に伝えたのだ。


以来、鶴見課長と雁谷常務は、協力関係にある。


まさか、鶴見課長が、雁谷常務に着いていたとは思わなかった。

鶴見課長は、雁谷常務に協力して、雁矢副社長の秘書として、雁矢専務の動向を探っていたのだ。


と云っても、雁矢家も雁谷家も、元々は同族の筈なのだが。

本家か分家かの争いは、二百年前から続いているようだ。

古臭いというか、根深いというか、従業員としては、釈然としない。


鵜川は、雁矢専務の動向を鷹山と雁谷常務に伝えていた。

鷹山は、鶴見課長のつなぎ役だったそうだ。


おそらく、鷹山は、鶴見課長から、鷲尾の転落死の情報を得たのだろう。

鷹山が不用意に「時鳥」で、その情報を喋ろうとした。

ただ、その内容は、分からない。

鵜川は、本当に、知っていたのだろうか。


「時鳥」には、雁矢専務に通じた人間が居たのだろう。

怪しのは、雲雀運輸の鳶田くらいだ。


謎は多い。

どうやって、「時鳥」で鷹山が、喋ろうとした事を即座に知り得たのだろうか。

鵜川が殺害された後、鶴見課長は疑われたのだろうか。


鷹山も鵜川も、殺されてしまった。

後は、鶴見課長だけかもしれない。

鷲尾が、転落死した真相を知っているのは。


鳩井は、ふと思った。

鷹山も、鵜川も、知っていたのだろうか。

最初っから鳩井は、東京本社へ配属が決まっていたのか。

それとも、鷲尾の代わりだったのか。

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