1.映像
えっ。
来てない?
鳶田が、今日も欠勤している。
鴉目部長に取次いでもらうように伝えた。
しかし、鴉目部長は、居なかった。
新規に、関係会社以外の集配先を開拓しているそうだ。
序に、鳶田の立ち寄りそうな場所を周ってみると云う事だ。
出掛けているのでは仕方ない。
雉内刑事は、その旨、鴇沢課長に報告して、石鎚山市へ戻った。
朱雀製紙本社で、鴨池さんに、防犯カメラ映像を確認してもらうためだ。
昨日と同じ、小会議室を用意してもらった。
鴨池さんが、パソコンで、映像の確認をしている。
黙々と画面を確認している。
雉内刑事は、声も掛けられない。
開始から、二時間経過した。
やつと、二日目の確認が終わったようだ。
「本社の経理課に異動になって…」
雉内刑事は、大変でしょうと云った。
静寂の会議室に、居心地が悪く感じたのだ。
「いえ。さほど…」
鴨池さんが応えた。
営業所といっても、同じ敷地内に本社がある。
だから、本社の人の中には、顔見知りが大勢いる。
特に不安は無かった。
現在は、まだ研修中だし、難しい処理は経験していない。
業務内容にしても、営業所の延長みたいなものだ。
もっと云うと、電話対応の件数が、ほぼ無いから、落ち着いて業務に就けそうだ。
営業所では、電話対応に追われて、自身の業務が滞るのが常態になっていた。
だから、今は、まだ余裕がある。
そう云うと、またパソコンの画面に見入っている。
また、静寂の会議室になった。
雉内刑事は、コーヒーを買いに、会議から出た。
ふと、気付いた。
苦笑いして、会議室のドアを開けた。
「飲み物、買って来ますけど、何が良いですか」
鴨池さんに、飲み物を尋ねるのを忘れていた。
鴨池さんが、余りにも、真剣に、パソコンの画面に見入っていたからだ。
と云うより、気遣いが無かったのだ。
一人だけ、コーヒーを買って来ようとしていた。
もう一度、会議室の外に立ち、今度こそ食堂へ向かった。
別棟の一階の食堂に、自動販売機がある。
雉内刑事は、コーヒー、鴨池さんが、カフェラテ。
大きなカップを両手に持って、会議室の前で困った。
「開けてください」
雉内刑事は、中に居る鴨池さんに声を掛けた。
聞こえなかったのか、返事が無かった。
「開けてください」
少し、大きな声で云った。
すると、会議室のドアが少し開いた。
隙間から、鴨池さんが覗いた。
「ああ。ごめんなさい」
「ああっと。申し訳ない」
お互いに謝った。
鴨池さんが、会議室のドアを開けた。
雉内刑事は、パソコンの横に、カフェラテのカップを置いた。
鴨池さんが、笑顔で礼を云い、席に着いた。
何を思ったのか、鴨池さんが、パソコンの画面を見ながら、話しを始めた。
「どうしても、知りたいんです」
鴨池さんが、鷲尾の転落死の真相を知りたいと云った。
事故の発生直後、鷹山から連絡があった。
鷹山、鵜川と鳩井は、警察から聴取された。
警察は、転落事故で処理した。
その後、何度か鷹山に、転落事故の話しを尋ねた。
何度か聞いているうちに、何か可怪しいと思った。
決して、鷹山、鵜川や鳩井の事では無い。
「止り木」で、男が、「部長」と呼んでいた男に、「なんとかします」と云っていた。
まず、登山道の脇道に立てられた「立入禁止」の標識が、引き抜かれていた。
あの男が、なんとかしたのだろうか。
「立入禁止」になっている脇道は、二十年くらい前まで、利用されていた。
古くは、修験者の修行や、木挽が山へ入る杣道だった。
その旧登山道の「立入禁止」の標識が、草叢に遺棄されていた。
ただ、山林管理者等、現在も森林整備のため利用はされている。
現在の登山道は、観光事業のため整備された。
旧道も、最終的には、整備された登山道と合流している。
つまり「立入禁止」の旧道も、山頂まで辿り着く事は出来るのだ。
ただ、普通に山道を登っていれば、整備された登山道を選ぶ筈だ。
たとえ、「立入禁止」の標識が無くてもだ。
それでは、何故、四人は旧道へ足を踏み入れたのか。
元々、四人は、登山客の少ない時期を選んで、計画していた。
実際に、登山客とは、出会わなかった。
登山道と旧道の分岐点までは、比較的、緩やかな坂道だ。
標識は無かった。
鷹山達四人は、分岐点まで一緒だった。
どちらの道へ進むか迷った。
「あっ。あれ!」
鵜川が右側の道を指差した。
鵜川が、右側の道を登る登山者を見付けたと云う。
鷹山が、鵜川の指差す方を見たときには、誰も見えなかった。
鵜川が先に立って、右側の道を登り始めた。
四人は、右側の道を登った。
それが、旧道だった。
鴨池さんが、パソコンの画面に見入っている。
少し、間をおいて、話し続けた。
急峻な山道で、次第に鵜川が遅れ始めた。
鷲尾が、鵜川に付いて登った。
鷹山が、それは鷲尾の性格からだろうと云っていた。
後日、鷹山は、鵜川を疑っていた。
本当に、旧道を登る登山者を見たのだろうか。
鷲尾が転落したのは岩肌が聳える崖道だ。
鵜川が、通った直後だったようだ。
だから、何か、突発的な事態が起こらない限り、転落する事はないと思うと云った。
故意か偶然か分からない。
鵜川が、この事故に、何か関わっていると思っているようだ。
鴨池さんの話しが、終わった。
「鵜川さんとは、話しをしなかったのですか」
雉内刑事が尋ねた。
しかし、殆ど、会う事が無かった。
鴨池さんは、営業所勤務とはいえ、経理を担当していた。
鵜川は、本社の経理課だ。
接点が無いとは思えない。
鷹山は、三之洲工場だから、週に一度くらいしか、本社に来ていなかったそうだ。だから、鷹山より鵜川と出会す頻度が、多かった筈だ。
鵜川が、避けていたのだろうか。
何故?
鴨池さんの話しが終わった。
同様に鳩井の事も尋ねてみた。
しかし、鳩井は、東京本社だ。
もっと、会う機会は無かった。
また、静寂の会議室に戻った。。
その時。
「この人!」
鴨池さんが見付けた。
防犯カメラ映像の確認を再開して、すぐだった。
パソコンの画面を睨んでいる。
雉内刑事は、コーヒーを置いて、画面を覗いた。
鴨池さんが、静止画面にしている。
「こいつは…」
雉内刑事は慌てた。
すぐに、鴇沢課長に連絡を入れた。
不確実な稜線 真島 タカシ @mashima-t
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