四章

「どこ行ったんか、分からん」

梟旗さんが、疲れた切っていた。

同じように、奥さんの梟旗小夜子さんも疲れた表情だ。

鶉野奈津さんも一緒に、探していたようだ。

鶉野部長が、職場を離れる訳にもいかない。

大体、孔雀ティッシュは、鶉野部長が、業務を回しているのだから。

それで、娘の奈津さんが、駆り出された。


もう一人、鷺岡さんの奥さん、鷺岡佳代さんも一緒だ。

こちらも、鷺岡が職場を離れる訳にはいかなかった。

何故なら、刑事が、聴取にやって来る可能性があるからだ。


鳩井も鴨池さんも、刑事から事情聴取される可能性がある。

特に、鴨池さんは、警察に協力して、映像確認をしている。


鴨池さんの場合、明日も、職場に来る予定になっている。

だから、鴨池さんは、職場に出勤している。


鳩井も同じだ。

鳩井は、四人からの情報の取りまとめと連絡を担った。


朝から、ずっと四人は、手分けして探していたそうだ。

「時鳥」の事件で、鵜川が逃走した。

その時、梟旗は鵜川が、商店街を横切り、旧住宅街へ逃げ込んだと思っていたそうだ。

もう、空家になっている住宅が多いからだ。

鵜川が行方不明になった時は、探さなかった。

いや、探せなかった。

警察の事情聴取に、応じていたからだ。

それでも、警察が、突き止める筈だと思っていた。

しかし、鵜川は死体で見付かった。

犯人に見付かると、容赦なく殺害されるのだろうか。


梟旗は、一軒一軒、空家に入り、探した。

小夜子さんは、鷺岡佳代さんと一緒に、自宅近辺を探し歩いた。

生活行動範囲を中心に探した。


自宅に、車は無かった。

特に、通勤ルートは、二往復して探した。

それこそ、一日中だ。


奈津さんは、父親の鶉野部長に、立ち寄りそうな場所を聞いて、訪ね歩いた。

高校時代の友達四人だ。

まず、一番遠い予南市へ走った。

しかし、友達は、ここ何年も会っていないと云う事だった。


次に、予南市から肱川市へ向かった。

石鎚山市へ戻る途中だ。

一ヶ月程前に会ったが、それ以降、連絡は取っていないと云う事だった。


最後に、石鎚山市へ戻った。

もう、夕方になっていた。

石鎚山市に二人、友人が居る。

一人は、二年以上、連絡を取っていないと云う事だった。


もう一人は、昨日、連絡を取っていた。

用件は、お盆休みに、同窓会をする。

その会場の件だった。


参加する人数が、決まってから会場を探す事になった。

今夜、会わないかと誘ったが、予定があるからと断わられた。

だから、昨夜「時鳥」へは、来る予定だった。


全く情報が、掴めなかった。

鵜川の場合も同じだ。


夜になって「時鳥」へ戻った。

どうするか、対策を講じるためだ。

明日も捜索するか、それとも警察へ届けるかだ。


捜索するにしても、やはり人数は、四人だ。

土、日曜日でないと、鴨池さんは、動けない。

鳩井も同様だ。

明日も同じメンバーで探す事になる。


昨夜の事だ。

その時、大事になるとは、思ってもみなかった。


「まだ、来ていないのですか」

朱雀製紙、東京本社の雁谷国秀常務が、尋ねた。


「そうですね」

孔雀ティッシュの雁谷友信社長が、不安そうだ。


昨日、雁谷常務が石鎚山市へ戻って来た。

鷹山だけでなく、鵜川も殺害されたからだ。

雁谷常務は慌てた。


鷹山久志は、朱雀製紙、三之洲工場の総務スタッフだった。

その鷹山が殺害された。


会社としては、単純に、繁華街で事件に巻き込まれた。

偶然、遭遇した事件。

そう思っていた。

いや、そう思いたかった。


欠員になった部署に、人員を補充するのは理解出来る。

ところが、鵜川まで殺害された。


欠員補充という名目で、鳩井は三之洲工場へ勤務している。

鳩井は、東京本社、経理課に所属している。

当分の間という事で、身分は東京本社、経理課所属のままだ。


鳩井は、事件発生当初、鵜川が犯人かもしれないと思っていた。

鷹山の殺害現場に鵜川が居たからだ。

状況から、そうとしか思えなかった。


鷹山が殺害されて十日後、鵜川の他殺体が発見された。

それで、雁谷常務が慌てた。


鳩井は新人の頃。と云っても、今でもまだ二年目だ。

その新人が、二ヶ月に一度、三之洲工場へ出張していた。


鷹山は三之洲工場に勤務していた。

三之洲工場で、かなり自由な業務に就いていた。


朱雀製紙の県内にある関係会社は、ほぼ、三之洲市に集中している。


鳩井も地元へ出張のたびに、三之洲工場へ詰めていた。

鳩井は、鷹山と鵜川の連絡役をしていた。


雁矢専務は個人的に、雲雀運輸から強引に融資を受けていた。

取締役会の承認を得ていない。


二十年くらい前、雲雀運輸の業績は良かった。

関係会社の集配や、大型小売店の各店舗へ配送していた。


ところが、大型小売店が流通システムの変革を推し進めた。

雲雀運輸は、対応に苦戦した。


現状は、ほぼ、関係会社の集配に頼る他無くなっている。

雲雀運輸の業績は、悪化していた。


雲雀運輸も困ったが、雁矢専務も困った。

雁矢専務の金蔓が、無くなった。

雲雀運輸は、雁矢専務に融資するだけの、余力が無くなった。


雁矢専務は、個人融資元を業績好調の孔雀ティッシュへ転換した。

まだ、孔雀ティッシュの雁谷友信社長は、経験が浅い。

当初は、雁矢専務の云われるがまま、個人融資を引き受けていた。

個人融資の残高は膨らむ一方だ。


困り果てた雁谷社長は、息子の雁谷常務に、問題の処理を丸投げした。

数年前から、孔雀ティッシュの防衛作戦が始まった。


元々は、雁谷友信社長の発案だった。

雁矢専務が、主力製品「孔雀ティッシュ」を小売店に新規採用を達成出来れば、手数料として還元すればどうか。

と提案した。


しかし、「孔雀ティッシュ」は、どこの小売店でも採用されている。

新規採用手数料は、ほぼ、発生しなかった。

それで、三年前から主力製品以外の製品の新規採用になった。


ところが、雁矢専務は、各関係会社に新規採用の実績を勝手に割り振った。

各関係会社からの個人融資の返済に充てた。


しかし、それは、全部、孔雀ティッシュの営業担当者の努力だった。

それを雁矢専務が、横取りしたのだ。


誰も雁矢専務に逆らえない。

石鎚山本社にしろ、三之洲市の工場、関係会社にしろ、誰も反発しない。

皆、多かれ少なかれ、雁矢専務の圧力を怖れていた。

雁谷友信社長は、雁谷常務に窮状を訴えた。


雁谷常務は、雁矢専務の影響を受けていない新人に期待した。

とは云っても新人だ。

面と向かって、異議を唱えるたけの実力が無い。


そこで、鳩井は、各関係会社からの新規採用の書類を確認していた。

そして、書類を改ざんしている。

これは、云って良いかどうか分からないが、本来の貢献度合に訂正している。


鵜川が、その改ざんされた実績に基づいて、各関係会社への送金を実行している。

と云っても、全部で、十数万円程度だ。

それも二ヶ月に一度だ。

つまり、雁矢専務の資金調達を妨害していた。


鷹山が、各関係会社の担当部長との連絡係を務めていた。

その鷹山も鵜川も、殺害されてしまった。

しかも、事件は解決していない。


更に、鳩井を鷹山の臨時とは云え、後任に据えてしまった。

雁矢専務の不正を阻止していた三人の内、二人が殺害された。

つまり、現在、鳩井は、一番危険な位置に置かれている。


それで、慌てた雁谷常務が地元へ戻って来た。


「鳩井君」

雁谷常務が云った。

事件が解決するまで、一旦、東京本社へ戻って来いと云う。

鳩井は、事件解決まで、東京へ逃げていれば、それで済むかもしれない。


しかし、現場はどうなるのか。

雁矢専務の云いなりになってしまう。


もっと心配なのは、鴨池さんだ。

鴨池さんは、雁矢専務の不正を阻止する作戦に関わっていない。


鴨池さんは、事件当日「時鳥」に居た。

勿論、犯人が、雁矢専務だとは限らない。

しかし、立て続けに、作戦実行者が殺害されている。

犯人が、鴨池さんも同じ一派だと思っても、不思議ではない。

だから、危険な状況にあるのは、鴨池さんも同じだ。

しかも、鴨池さんには、逃げ場所が無い。


鳩井は、覚悟を決めた。

「事件が解決するまで、こっちに居ます」

鳩井は、きっぱりと云った。


「…そうか」

雁谷常務が何か云おうとしたが、頷いただけだった。


鶉野部長が、不安そうに云った。

「電話に、出んです」

鶉野部長が焦っている。

ずっと電話を掛けているが、繋がらないと云う。


鶉野部長が昨日「時鳥」へ、十九時に集合を伝えていた。

「何かあったのか」

雁谷友信社長が、眉を顰めて云った。


「まさか、鶴見さんまで…」

雁谷常務が、また慌てている。


鳩井は、雁谷常務の言葉に驚いた。

それこそ「まさか」だった。

まだ、来ていないのが、鶴見課長か。

鶴見課長が、雁谷常務に協力者だったとは。


雁谷友信社長が、鳩井に打ち明けた。

鶴見課長は、雁矢専務の懐に飛び込んでいた。


雁矢専務の動向を鶉野部長に報告していた。

その、鶴見課長の行方が分からなくなった。

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