9.整理
あっ!
雉内さんや。
今日は「時鳥」が開いていると思った。
水曜日が、定休日とは聞いていた。
しかし、木曜日も定休日とは、聞いていない。
可怪しい。
その時、雉内刑事が近付いて来た。
「どうかしたんですか」
雉内刑事が尋ねた。
「今日も、休みみたいやなぁ」
弘は、雉内刑事に云った。
入口の分厚い引戸は閉まっている。
「定休日」の札が掛けられたままだ。
仕方無い。
弘は、雉内刑事を誘って、飲みに行く事にした。
雉内刑事も了解した。
弘が、新聞や週刊誌の記者なら、誘いを断わられたのだろうか。
二人は、電車で石鎚山駅で、電車を降りた。
マドンナ通りを横切り、アーケード街へ向かった。
「どこへ行くんですか?」
雉内刑事が、不安そうに尋ねた。
「角水や」
弘は、馴染み深い、店の名前を云った。
場所は覚えている。
「角水」本店の場所も覚えている。
弘は、「鯛めし」の美味い食事処だと、雉内刑事に教えた。
「知ってます」
雉内刑事が、心外そうに云った。
そして、開店当初、昼間は食事処で夜は居酒屋だった。
新型コロナの影響で、昼間だけ、食事処として営業していた。
この五月から、夜の居酒屋を再開したのだ。
雉内刑事が、得意そうに云った。
「本店。行った事、あるんかな?」
弘は、ちょっと意地悪く云った。
「あります。二度くらいですけど」
雉内刑事が答えた。
「ああ。そうな。有名なんやなぁ」
弘は、そう云って、以前、勤めていた時の話しをした。
出張で、石鎚山市に来た時は、「坊っち庵」という居酒屋へ通っていた。
雉内刑事が、知っていた。
「坊っちゃん」に掛けて「坊っち庵」にしているようだと、得意そうに云った。
弘としては、負けられない。
「石寿司」も石鎚山の「石鎚」に掛けていると聞いていると云った。
そして、「知ってる?」と尋ねた。
「知ってます」
雉内刑事が、憮然として答えた。
そして、雉内刑事が、弘に尋ねた。
「それはそうと、鵙枝さんの話し。どう思いますか?」
雑談に飽きたようだ。
雉内刑事が、鵙枝さんに、聴取したのだろう。
弘には、絶対的に情報網が乏しい。
更に、平日は、八時三十分から十七時三十分まで、石鎚山市に居なければならない。
これは、事情があって、花宮水産の社長との取り決めた事だ。
事件は、石鎚山市糸瓜町「時鳥」で発生した。
店内に居た三組は、三之洲市に勤めている者がいる。
弘が三之洲市へ出掛けられるのは、土曜、日曜日だけだ。
「どう思うか、教えてほしいのは、儂の方や」
弘は、雉内刑事に云った。
「何で、事件に首を突っ込むんですか」
雉内刑事が尋ねる。
弘は、行く先々で事件に出会す。
特に、事件を求めている訳では無い。
何度も事件に遭遇しているうちに、何だか宿命を感じるようになった。
「ごめんなさい」
雉内刑事が謝った。
また、雑談になってしまった。
お詫びのようだ。
弘が、新聞や週刊誌の記者ではないから喋る。
と云った。
雉内刑事が、事件に付いて、意見を云った。
鵙枝さんの話しを信用するとしたら、と断った。
鳶田は誰かのスマホに、店内の音声を流していた。
雉内刑事は、鳶田のスマホの相手が、鶉野部長ではないかと思っている。
鷺岡は、梟旗店主に誘われて「時鳥」に行っている。
鶉野部長は、梟旗店主へ鷺岡を誘うように依頼していた。
しかも、鳩井が出張で、三之洲工場へ来ている時だけだ。
何故だか、分からない。
鳩井が東京へ戻る前日に、いつも三人で居酒屋へ出掛けている。
毎回、石鎚山市内だ。
どこの居酒屋へ出掛けるかは、分からない。
だから、鶉野部長は、鳶田に鳩井達三人が、来るかもしれない「時鳥」で待つように指示した。
つまり、鶉野部長は、三人が「時鳥」へ出掛けるのを待っていた。
弘は、反論した。
鶉野部長の娘が「時鳥」で働いている。
もし、鳩井達三人が「時鳥」に来たのなら、娘の奈津さんが、鶉野部長に連絡するだろう。
居酒屋だから、喧嘩でもしない限り、五分や十分で、店を出ないだろう。
「確かに、そうなんや」
雉内刑事が、自分の推理に疑問を持った。
そして「時鳥」で、鷹山が云い掛けた転落死、と鵜川がそれを遮った事を話した。
鳶田の通話相手については、後戻りだ。
「転落事故ではないと」
弘は驚いた。
更に、雉内刑事が、鷲尾と鴨池さんの「部長」の話しをした。
つまり、鷲尾が転落死したのは、事故ではないと思っている。
鷹山が、その真相を知った。
鳶田の通話相手は、鷹山が鷲尾の転落死の真相を知っているのを察した。
それで、鷹山は殺害された。
雉内刑事は、推理を続けた。
鵜川も真相を知っていた。
だから、鷹山が話そうとしたのを遮った。
決して、鴨池さんを慮っての事ではない。
もし、喋ると、鷹山が確実に襲われると分かっていたからだ。
また、鵜川も同様だ。
鵜川は、「時鳥」の脇の路地から商店街へ走って逃げた。
商店街を走って逃げたのなら、必ず防犯カメラに捉えられている筈だ。
商店街に入ると、正面は画材店だ。
もう既に、店は閉まっていた。
その画材店の脇にも、路地がある。
路地に面して、旧住宅街になっている。
その路地を抜けると、県道に出る。
県道を渡ると、新興住宅街になっている。
県道へ出る角には、防犯カメラがない。
片っ端から、商店街の防犯カメラを確認したが、どこにも、鵜川らしい映像は無かった。
何故、鵜川は、現場から逃げたのか。
犯人でなければ、現場に留まり、警察にその旨、主張すれば良い筈だ。
それでは、やはり、鵜川が鷹山を殺害したのか。
雉内刑事は、鷹山を殺害したからではないと思っている。
それは、鵜川も殺害されると思ったからだ。
鳶田と電話をしていた相手だ。
それにしても、鵜川は七日間も、どこに隠れていたのか。
あるいは、監禁されていたのか。
「時鳥」の事件から、二週間経っている。
未だに、手掛かりが無い。
どうも、雉内刑事の反省会になった。
「鮎の塩焼」が、テーブルに届いた。
これで、飲み会を終わりにする。
弘は、瓶ビールを注文した。
雉内刑事のジョッキが空になっていた。
弘は、もう一杯どうかと勧めたが、断った。
それじゃ、弘の注文した、瓶ビールを勧めた。
雉内刑事が頷いたので、コップをもらった。
雉内刑事が、今日、鳶田に通話相手の確認に行った事を云った。
「えっ。来ていない?」
弘は驚いた。
雉内刑事が、明日、もう一度、鳶田の事情聴取をすると云った。
今日は、これで散会だ。
「知ってるんかな。江戸時代には…」
弘は、また、雉内刑事に質問した。
江戸時代、石鎚山市は、石鎚藩と云っていた。
明治になって、何故「石鎚山市」になったのか。
「石鎚市」ではなく、「石鎚山市」になったのか。
「知らんです。何故ですか?」
雉内刑事が意外な程、興味を持った。
「知らない」
弘は、平然と云った。
ずっと、気になったいた。
そして、今度、調べておいてくださいと雉内刑事に頼んだ。
それにしても、鳶田が会社に来ていないのは、気になる。
何か「時鳥」の連休に関係が、あるのではないか。
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