8.停滞

えっ?

来てない。


雉内刑事は、雲雀運輸へ来ている。

昨日と同じく、今日も、対応に出たのが、鴉目部長だ。

鳶田が、始業になっても、会社に出て来なかった。

と云う事だ。


鳶田の上司が云うには、石鎚山市からの通勤だから、時々、遅刻する事はある。

しかし、一時間以上、遅刻する事は、無くはないが、珍しい。


もう昼前だ。

上司が、何度も連絡を入れているが、電源が入ってない。

昨夜、飲みに行くと云っていた。

どこかで飲み潰れて、寝ていると思う。


ただ、欠勤となると、ドライバーの調整が必要になる。

困ったもんだと、上司が、あたふたと、ドライバーに連絡をいれて、配送の手配をしている。


雉内刑事は困った。

しかし、来ていないのでは、仕方無い。

明日、もう一度、訪ねる旨、鴉目部長に伝えた。


雉内刑事は、朱雀製紙本社へ向かった。

次は、鴨池さんだ。


昨夜、警察署に戻って、三人の事情聴取に付いて、鴇沢課長に報告をしている。


「時鳥」で、鷹山が鷲尾の転落死の真相の話しをしようとしていた。

しかし、鷹山は、その内容は喋っていなかった。


まず、鳩井の聴き取りだ。

鳩井は、出荷プラットホームの事務室にいた。

プラットホームに、スマホを向けていた。


鳩井は、鴨池さんから「部長」の話しを聞いたのだろう。

だから、プラットホームに出入りする者を片っ端から撮っているのだろうと思った。


雉内刑事は、聴取を始めた。

しかし、鷲尾の転落死の真相らしい話しは無かった。


雉内刑事は、初めから、そのそのつもりだった。

防犯カメラの映像に着目していた。

朱雀製紙、三之洲工場の入出構記録と出荷プラットホームの防犯カメラ映像を入手した。


入出構記録データは、ずっと以前からの記録が残っている。

しかし、防犯カメラ映像は、三ヶ月以前の映像は、残っていない。


鷲尾が「部長」から声を掛けられた日、鴨池さんは、鷲尾と会っている。

その時、その「部長」の顔を見て、覚えている。


だから、鷲尾が「部長」から声を掛けられた日時を特定すれば、ある程度、人物も特定出来る。

この件は、鴨池さんに捜査協力を依頼するしかない。


次に、鳶田だ。

「時鳥」で、朱雀製紙の四人の、話しの内容は覚えていない。

他の客の話しに、関心が無かった。


ただ、気になる事がある。

聴取の前に鴉目部長と雑談した。

その時の話しと、鳶田の話しに、微妙な違いがある。

それと、鳶田が、何か隠していると感じた。


最後に、鷺岡だ。

鷲尾の転落事故については、関心を持っていた。

しかし、真相に付いての話しは、無かったと証言した。


つまり、鳩井、鳶田と鷺岡の三人とも、鷹山は、話しをしていないと証言した。


鷺岡の証言で、鳶田の行動が気になった。

事件発生時、鵙枝さんの表情に、異常を感じた。

何か、怯えているようだったそうだ。

一度、鵙枝さんに、鳶田の行動を確認してみればどうか、と云われた。


鷺岡の云った事は気になる。

鵙枝さんは、以前、聴取した際、鳶田に関する疑惑に付いて、云っていなかった。


「時鳥」の事件発生時、皆、店内に居たから、アリバイがあった。

事件発生時の状況しか、事情聴取していない。


鷺岡の云う通り、鵙枝さんに、確認する事にした。


それで、雉内刑事は、今朝一番に、石鎚山銀行本店を訪れた。

鵙枝さんに、「時鳥」の事件当時、鳶田の様子を確認するためだ。

鵙枝さんは、すぐ、聴取に応じた。


鳶田が「時鳥」で、不審な行動をしていた。

鷺岡の云った通りだった。


最初は、鵙枝さんが、鳶田に気付いた。

鳶田は「時鳥」の前で、店内を伺うようにしていた。


その時、鳶田か、スマホで通話していた。

鳶田が鵙枝さんに気付いて、「時鳥」に半ば強引に誘った。


店内でも、スマホの電話は、繋がったままのようだった。

奥のテーブル席に着いたが、スマホをすぐ横の椅子に置いていた。


事件発生直後の、鳶田の行動は不明だ。

鵙枝さんは、店から出ていた。

事件現場を呆然と見ていた。


鳶田が路地の「時鳥」の路地の隣の角にいる。

気付いた時には、鳶田がスマホで電話していた。


「また、後で連絡します」と云って、電話を切った。

ずっと、誰かに「時鳥」の店内の音声を届けていたのではないか。

と、思ったそうだ。


つまり、鳶田が、誰かとスマホの電話を繋いだままだったようだそうだ。

鵙枝さんが、淀み無く話した。


雉内刑事は、気付いた。

「誰かに、話しましたか」

鵙枝さんに尋ねた。


「はい。秋山という人に」

鵙枝さんが、秋山に喋っていた。

話した経緯を喋った。


また、秋山か。

他に、秋山に何か話したか、尋ねた。


「はい、鶴見さんの事です」

鵙枝さんが、意外な事を云った。


鵙枝さんが、鶴見との関係を秋山に話したそうだ。


上司と衝突して退職した関係会社の従業員を鶴見が面倒をみていた。

鶴見が、その従業員の、その後の生活に付いて、調べていた。

そして、もし困っていれば、相談に乗っているようだった。


雉内刑事は、すくに、鴇沢課長に報告した。

もう一度、鳶田から事情聴取してみよう。

と、鴇沢課長が云った。

鳶田が、誰かと話しをしていた。


誰だろうという事になった。

誰と話しをしていたのか、確認する必要がある。と云った。


それで、すくに雲雀運輸を訪れたのだ。

だが、鳶田は出勤していなかった。


雉内刑事は、午後から、朱雀製紙本社を訪れた。

前回、訪問した時も、すぐに対応してもらった。

今回は、小会議室まで準備していた。

雉内刑事は、鷲尾と「止り木」で会った日時を尋ねた。


しかし、さすがに、覚えていなかった。

思い出したら、連絡をもらう事にした。


次に、防犯カメラ映像の確認を始めた。

去年の三月の映像は、残っていない。

だから、この三ヶ月余りの映像を確認してもらった。

ただ、膨大な映像データだ。

一日で終わる筈がない。


終業時間まで、映像を確認してもらったが、「部長」は、見付からなかった。

明日も、午後から付き合ってもらうように依頼した。

勿論、会社にも協力要請して、承諾をもらっている。


ただ、この三ヶ月余りの映像に、該当する「部長」が映っているかどうかは、分からない。


雉内刑事は、警察署に戻った。

鴇沢課長に報告した。

鴨池さんに、データを確認してもらうのが、早いだろう。

と云われた。


ただし、その「部長」が、事件に関わっているかどうかは、分からない。


雉内刑事は、鴇沢課長に報告を終えて、警察署を出た。

帰宅途中、ずっと考えていた。


もし、「時鳥」で、店内の音声をスマホで流していたとする。

鷹山の「鷲尾の転落死の真相」と云う言葉が聞こえたとする。

鳶田が話しをしていた相手に、それが聞こえた。


鷹山が、煙草を買いに行った鵜川を探しに店を出た。

鳶田の通話相手が、あるいは、指示された誰かが、鷹山を殺害した。


つまり、鳶田の通話相手、または、指示された者は「時鳥」の近くに居た。

鷹山が、鷲尾の転落死の真相を知ったのかどうか確認した。

スマホの音声から、鷹山が真相を知ったと確信した。

それで、鷹山を殺害した。


それでは、鵜川はどうなのか。

雉内刑事は、鵜川も知っていたと思っている。

鵜川は、同席していた鴨池さんを慮って、鷹山の話しを遮ったのではない。

鵜川の保身のためか、鷹山を案じての事かは、分からない。


しかし、結局は、鷹山も鵜川も殺害された。

つまり、鷲尾の転落死が、今回の事件に関係しているという事だ。

雉内刑事が、考えていた通りだ。


ちょっと、探りを入れてみようか。

今日は「時鳥」が開いている。

必ず、秋山は来る。

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