5.迷路
「そうやなあ。分かるような気がします」
鶉野部長が、あくまでも想像だ。と云って話した。。
鷺岡は、係長を辞退していた。
と鶉野部長が云った。
話しの流れから、つい、何故ですか。
と尋ねてしまった。
鶉野部長は、朱雀製紙から孔雀ティッシュへ部長として転籍した。
朱雀製紙では、ほとんどの社員が、新人で配属された部署に、永く勤める事になる。
配属部署から、転属を繰り返す社員はいる。
しかし、それは、極、稀だそうだ。
勿論、孔雀ティッシュでも、配属になった部署で、定年まで勤める社員も居る。
以前は、ほぼ、そうだった。
孔雀ティッシュも、新卒採用で配属になった部署で、定年まで勤める事が多かった。
しかし、現在は変わったそうだ。
転属のない社員は、多くの場合、中途採用の社員だ。
中途採用の場合は、キャリアに応じた採用だから、当然と云えば当然だ。
鷺岡さんが、入社した頃には、まだ国立大学出身者の応募が少なかった。
勿論、朱雀製紙も孔雀ティッシュも、応募制限等はしていない。
石鎚山大学出身であれば、朱雀製紙へ就職も可能だった筈だ。
だから、鷺岡さんは、幹部候補だったようだ。
その頃、不景気だったが、孔雀ティッシュは業績を上げていた。
それで、国立大学出身者の応募が、増えていった。
その頃から、孔雀ティッシュの新卒採用では、多くの場合、二、三年毎に転属になった。
特に、幹部候補になると、四十歳近くまで、転属を繰り返していた。
そして、まず、係長に昇進する事になる。
更に、経営者会議で決定すれば、課長に昇進する。
ただ、鷺岡さんは、係長昇進の打診があった時に辞退している。
係長として配属される部署に不満があった訳でもなさそうだ。
それでは、何故、係長昇進を断ったのか。
部署の転属を繰り返すうちに、色んな噂を耳にしたのかもしれない。
鶉野部長も、永く朱雀製紙に勤めていた。
部署の転属は、一度しか無かった。
経営者層の噂を色々な部門から、耳にする事があった。
ただ、実際に経験した事は無い。
それでは、どんな噂かと云うと。
例えば、ある部門と、ある部門の処遇が違う。とか。
または、あの部署へ異動すると、業務以外に、こんな事がある。等だ。
「例えば、業務以外。って、どんな事があるんですか」
雉内刑事には、想像出来なかった。
「ちょっと、云えないような事やなあ」
鶉野部長は、苦笑いしながら、答えなかった。
しかし、そんな事が続くと、会社の業務上の指示なのか、上司の個人的都合による指示なのか、分からなくなる。
鷺岡さんは、その状況が、耐えられなかったのではないか。
と鶉野部長が云った。
「ただ、不思議なんは…」
鶉野部長が云った。
普通、昇進を断ったりする理由は、会社失望して、退職する場合が殆どだ。
しかし、鷺岡さんは、退職もせず、ずっと勤めている。
理由は分からない。
ちょっと、話しが途絶えた時だ。
鷺岡の作業の手が空いたと、伝えられた。
鷺岡を聴取するのは、これで、四度目だ。
「時鳥」で、鷹山と鵜川が、口論になった状況を確認に来た。
鳩井は朱雀製紙の三之洲工場に出勤している。
鳶田は、三之洲市の雲雀運輸に勤務している。
二人に確認したが、何も情報は得られなかった。
鳩井と鳶田は、何か隠している。
鷺岡は、何も隠す気が無いのだろう。
しかし、他の三人と同様、内容は知らなかった。
鷺岡は、「時鳥」に居た、朱雀製紙の四人と、会った事もなかった。
鷲尾の転落死から、今回の事件に繋がっている。
この想像は、間違っていないと思っている。
しかし、何等、手掛かりが得られない。
「ただ、大学生が、山で転落死した事は、知っとるよ」
鷺岡が云った。
転落事故の報道が、何日か続いた。
死亡した大学生が、鷺岡の後輩だと知った。
更に、朱雀製紙への就職が決まっていた事も分かった。
だから、「時鳥」で、鷹山が「鷲尾の転落死の真相は」と云った時に興味が湧いた。
だが、鷹山が内容を喋る前に鵜川が遮った。
何度か言い争っていたが、梟旗店主が一喝して収まった。
結局、内容は分からなかった。
「けど、あの人は、見た事がある。ちゅうて、云うとった」
鷺岡が云った。
一番奥のテーブルに居た女性の事だった。
名前は知らない。
つまり、石鎚山銀行の鵙枝日奈子の事だ。
鷺岡は、「銀行員らしいなあ」と答えた。
鷺岡は、鳶田の背中しか見てなかった。
鵙枝さんの顔は見ていたが、鵙枝さんを知らない。
雉内刑事は鵙枝さんを見た事があるのかと尋ねた。
鷺岡は首を横に振った。
鷺岡の妻、佳代さんが、見ていた。
事件が起こって、辺りが騒然となった。
その時に、鵙枝さんを見たそうだ。
ただし、その時は、見覚えがある。くらいで、どこで会ったかは、思い出せなかった。
しかし、鵙枝さんが、一緒に居た男性、に不審を抱いているように見えたそうだ。
つまり、鳶田の事だ。
何か、怯えている様子が印象的だった。
そう話したそうだ。
そして、つい、最近、また、会ったそうだ。
それで、分かったそうだ。
鷺岡の住まいは幸町だ。
鷺岡は、キャッシュレス決済を嫌っている。
クレジットカードも持っていない。
店のポイントカードも持っていない。
持っているのは、銀行のキャッシュカードだけた。
常に現金払いだ。
ただし、キャッシュカードは、佳代さんが握っている。
だから、佳代さんが、現金を引き出しに銀行へ出掛ける。
鷺岡は、佳代さんから、小遣いをもらっている。
鷺岡の自宅に一番近い銀行は、石鎚山銀行本店だ。
佳代さんが、いつも満車の駐車場で、見掛けたそうだ。
それも、極、最近の事だ。
それで、気付いたそうだ。
あの娘は、銀行の人や、と。
雉内刑事は、鷺岡の話しを辛抱強く聞いていた。
しかし、何の情報も得られなかった。
「そん時に、一緒やったそうや」
鷺岡が、意外な事をいった。
一年前、「時鳥」で見掛けた男と、鵙枝さんが一緒だった。
つまり、鵙枝さんが、鶴見課長と一緒に、銀行へ歩いて来たのだ。
佳代さんも、一年前に鷺岡と一緒に鶴見課長を見ている。
佳代さんは、鷺岡から聞いていた。
「時鳥」の女将、梟旗小夜子さんから、店主の梟旗辰夫が、会社を退職する羽目になった経緯を聞いていた。
だから、一年前「時鳥」で、あれが、鶴見課長だと聞いた時、睨みつけるように見ていたそうだ。
鶴見課長と鵙枝さんは、どんな関係なのか。
そう云えば、秋山が、鶴見課長の事を気にしていた。
どうやら、秋山の勘が当たっているのか。
明日は、鵙枝さんの聴取からだ。
夜は、「時鳥」へ寄ってみよう。
秋山は、必ず来るだろう。
秋山が、何か掴んでいる、かもしれない。
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