3.相違

まだ、二年足らずだそうだ。

以前は、別の運送会社で運転手として勤めていた。

五年前、上司と衝突して退職した。


以来、個人で運送業を営んでいた。

だが、想像以上に費用が嵩み、行き詰まっていたらしい。


鴉目部長は、鳶田が以前勤めていた運送会社のドライバー時代に知り合った。

ある日、鴉目部長は、鳶田が配送している時に偶然会った。

聞けば、個人で運送業をしていた。


鴉目部長が鳶田を雲雀運輸に誘って、勤めるようになった。

鳶田は、まだ二年目だが鴉目部長もまだ六年目だそうだ。


雉内刑事は、午前中、朱雀製紙の三之洲工場で、鳩井から聴取を実施した。


雉内刑事は、昨日、鳶田に再度、聴取に応じるよう依頼をした。

午前中は、配送で外に出ている。

昼くらいに会社へ一旦戻る。

午後から荷物を積み込んで、また、配送に出る。

昼食休憩の一時間くらいなら聴取に応じる。

と云う回答だった。


それで、昼前に雲雀運輸を訪ねた。

ところが、鳶田が、まだ、会社へ戻っていない。

鳶田が、戻って来るまで、対応したのが鴉目部長だった。

正午過ぎに鳶田が戻るまで、鴉目部長の話しを聞いていたのだ。


鳶田が戻って来たので、鴉目部長は退席した。

鳶田が、昼食を食べていないと云うので、向かいの喫茶店へ誘った。


雉内刑事は、カレーを注文した。

昼食代は、雉内刑事が持つと云ったら、鳶田がA定食を注文した。

カレーの三倍近くする。

勿論、捜査費用として経費で落す。


驚いたのは、鳶田の食べる速度だ。

雉内刑事は、カレーだから五分くらいで食べ終わる。

しかし、鳶田はA定食だ。

雉内刑事が食べ終えるのと、ほぼ同じくらいに、鳶田も食べ終わっていた。


鳶田が、昼食休憩の時間だったら、聴取に応じると云った。

そんな短時間で、聴取が可能なのか不安だった。

そんな心配は、全く無かった。


食事が終わり、コーヒーを前にした。

雉内刑事は、聴取を始めた。

昼食休憩は、後四十分くらいだ。


早速、「時鳥」で鷹山と鵜川の激しい口論に付いて尋ねた。


しかし、鴨池さんと鳩井の証言した通りだった。

事件当時「時鳥」での状況だ。

鳶田のすぐ後ろの男が、何かを喋り始めた。

すぐに、もう一人の男が、話しを遮った。

特に、内容に付いては喋っていなかったようだ。


雉内刑事は、鴨池さん、鳩井と鳶田の三人に話しを聞いた。

鴨池さんと鷹山は、鷲尾の転落事故の真相を喋ろうとしていた。と証言した。

鳶田は、後ろの席の男が、何かを云ったと。と証言した。


当然だが、鳶田にとっては、鷲尾の転落死と云われても、無関心だろう。

気にもならなかったのだろう。

だから、「何か」を云った、と証言した。

これは自然な事だ。


皆、同じだ。

鷹山が内容を喋っていないと証言した。

つまり、鷹山が、喋ろうとした内容は不明だ。

聴取を始めて、十分も経っていない。


「ああ。遅くなりました。ご昇進。おめでとうごさいます」

「時鳥」で同席していた鵙枝さんの証言があった。

鵙枝さんは、鳶田に昇進祝いに誘われたと云っていた。

雉内刑事は、鳶田が昇進した事を鴉目部長からも聞いている。


「えっ。ああ、それは」

鳶田が、ちょっと驚いたようだ。

少し、言い淀んだが、すぐに説明を始めた。

勤続三年で、皆「主任」になれる。

但し、これは役職ではない。

職能級、と云うそうだ。

昇進ではなく、昇級なのだそうだ。


「主任」になると、給与に月額二千五百円の手当が加算される。

係長とか課長の役職に就けば、手当は一桁違うそうだ。


以前は、上司が優秀であると判断した場合に、「主任」に昇級していた。

当然だか、各業務によって、習熟基準が異なる。

つまり、上司の胸先一つで昇級が決定される。

しかし、上司が替われば、その判断基準が異なる場合がある。

それで、組織的に各業務毎の判断基準を定めた。


例えば、ドライバーの場合の判断基準は、一通り、得意先も配送経路も覚えれば、能力を認めると云うものだったそうだ。


しかし、近年では、著しく運送業界が変化した。

ドライバー不足のため、その確保が課題になった。

そこで、会社としては、一計を案じたらしい。


三年勤めれば、「主任」に昇級させる事にした。

従来の統計から、勤続三年が目安になった。

ここで繋ぎ留めれば、永く勤めてもらえるだろう。との思惑らしい。

当初の主旨とは、全く別物になった。


それにしても、月額二千五百円程度では、永く繋ぎ留められる訳がない。

経営者層は、どんな判断をしたのだろうか。

と鳶田が話した。


成程。

昇進と昇級は違うのだ。


それにしても、鳶田は、随分と社内情報に精通している。


「しかし、鳶田さんは、まだ二年足らずですね」

雉内刑事は、尋ねた。


「そうなんやけど」

鳶田がちょっと戸惑った。

入社して、最初の免許更新時に五年間、無事故無違反なら、翌月から「主任」に昇級するらしい。

そうでなくても、勤続三年で「主任」に昇級する。

と説明した。

鳶田も最近知ったと云った。


「鴉目さんから、会社に誘われたんですね」

雉内刑事は、そろそろ切り上げようと思った。


「そうなんや。競輪場で、よう会うてなあ」

鳶田が云った。


鴉目部長は、何度か、男と二人で、競輪場へ来ているのを見ている。


二年程前に、鴉目部長から声を掛けられた。

何度か会っているうちに、雲雀運輸へ誘われた。

鳶田は、金に困っていたので、すぐに承諾した。


妙だ。


「鴉目さんも、トラックのドライバーやったんかなぁ」

雉内刑事は尋ねた。


「それがなぁ」

鳶田が、同僚の鴎尻というドライバーの会話を聞いていた。


鴉目部長は、五年前くらいに入社した。

しかも、業務部長として入社したらしい。

トラック運転手の経験は無いそうだ。

だからなのか、よく、妙な指示を受ける事がある。

勤務中だろうが、退勤後だろうが、「今、ちょっと良えか」と云って電話が掛かってくる。


内容としては、どこそこへ立ち寄って、どこそこの店の前から写真を撮ってスマホへ送ってくれ。等が多いようだ。


理由を尋ねると、配送ルートの確認だ。との回答だ。


鴉目部長の仕事ぶりは、敏腕だという。

業務システムにも詳しいし、総務、経理の業務内容にも精通している。

だから、妙な指示を受けても、誰も逆らわない。


それでは、五年前、それ以前は何をしていたのか。

鴉目部長の経歴が気になった。


しかし、時間だ。

若干、話しの内容が異なる。

鴉目部長と鳶田の話しが、少し違っている。

鳶田の昼食休憩が終わった。

鳶田が喫茶店を出た。


雉内刑事は、孔雀ティッシュへ回った。

もう一度、鷺岡に聴取を実施する。

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